Dr.2487 主張がない(1月7日)
ある新年会で順番に話をすることになった。何を話してもいいが、これまでの失敗とか今年の抱負とか、会場の皆さんに喜んでいただけるようなことを話さなければならない。
ドクターに順番が来て、何を話そうかと考えたときに、特に言うべきことがないので、その日にあったことで印象に残っていることにしようかと思っていたが、その前の人が「今年も特に特別のことをするのではなく、いつもやっていることに感謝しながら普通にやっていければよしと思っている」みたいな話をされたので、とっさに変えて「人間は進化の過程で、未来を心配する遺伝子を持ったものが生き延びてきたのだから、将来に不安を持つのはだれでも当たり前のことですから、不安や心配があっても心配しないで行きましょう。私も不安はありますが、それはそれとしていつも元気出していく盛り上げ役をやってます。今年も元気出していきましょう。『オー』」みたいな話をしたら、最後の『オー』だけよかったと感想を頂いた。
今回会場で、「今回何を話そうか」と考えたとき、頭の中に何も浮かばない自分に唖然とした。「無理せずボツボツ行きましょう」と言えたらよかったと、今になっては思うが、その時思い浮かばなかっということは、普段から本当に自分のものになっていないということか。
ブログに書くことはあっても、普段は特にこれといった主張がないという自分に気づいて、これでいいのか、改善すべきかも含めて、いま考え中です。皆さんは急に何か(何でもいいから)しゃべれと言われたらどうしますか。
いつもは特に主張なく、流れに従ってたんたんと生きるというのもいいようにも思うし、何かしたいこと、いいたいことがあって、それを大事に生きるのもありなようにも思うし、どうなんでしょう。結局それも含めて、流れに任せるというのは、ちょと自分がなさすぎでしょうか。
ともかく、日々を機嫌よく生きられるよう、自分も周りの人も元気でいられるよう、何かの役に立ちながら生きていきたいと思います。
まずは今日一日を機嫌よくボチボチ行きましょう。いつもこんなこと言っている(書いている)から主張がなくなるのでしょうか。まあいいか。
☆いつもの堀のカモたちです。無心なように思うんですけど。

