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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.1233 置かれた場所で咲きなさい(3月31日)

 この言葉は何回か引用したことがあるし、これまでの人生で実感としてその通りだと確信している。どこに置かれるか、どういう役割が回ってくるかは自分の意思だけでない何か大きな存在(渡辺和子さんんに言わせると神の思し召し)に導かれているように思う。

 自分の意思とは違っても、そこで精一杯咲く(出来ることを充実感をもってやる)と大きな気付きや学びが得られ、それが自分を形作っていく。そんな実感がある。自分がそうだった。

 例えば、初めての校長が東雲高校だったことが、今の仕事につながっている。他の学校ではそうなっていなかっただろう。良いことも悪いことも含めて、導かれていく(置かれる場所が変わっていく)。

 これを主体性がないと思う人があるかもしれないが、そうではない。置かれた場所で咲く人生哲学を主体的に選んだ(納得した)、と思っている。

 この人生観が学びが多いし、自分を楽にするし、つぎの役割(場所)がワクワクする。もちろん自分のやりたいことも大事にすればいいが、願ったからと言ってそれが実現するかどうかは、やはり何か大きなものの力によっている。結局、これドクターの流れ哲学と同じです。さあみなさん安心して流れを信頼して生きて行きましょう。

 ☆城下町で行われている「ひなまつり」。これを見に行けたのも流れの中でです。

Dr.1232 変わらない自分(3月30日)

 何十年ぶり、何年ぶりにあった人でも、顔かたちはともかく、その人の喋り方やしゃべる内容など変わらない部分は多い。その人のコアな部分が変わらないとすれば、その変わらない部分を前提として、どう考えれば楽になるか、機嫌よく生きられるかを考えることが得策だと思う。

 心配性の人間が急に超プラス思考の人間にはなれない。どの性格でもプラスマイナスはあると思うので、自分の特質を前提として、ではどうすればいいか。どういう風に考えればいいかを考えるのが良い。

 ドクターの場合はお気楽な面もあるが、人に言われると落ち込みやすい面もある、だから人に弱点を指摘された場合は「そういう意見もあるのは分かるし、そこは自分の弱い点だとは思う。しかし自分にも良さはあるし、それを好んでくれる人もいる。だから、ご指摘は大事にしながら、最後は自分らしくやらせていただく」みたいなことになるだろうか。

 自分の良さを活かして、自分らしく、人を変えようとするのではなく、最終的に人を変えるのは感化しかない、そのためには自分が自分らしく活き活き生きるのが一番。そんなことをこれまでの人生でつかんできた。

 これを自分にも他の人にも伝えながら、機嫌よく日々を送る考え方をさらに磨いていきたい。

 ☆どこで咲いても自分らしく咲く野の花。自分らしく、自分らしく、それしかできないしそれでいい。改善は忘れないでやっていきますけど、ボチボチ。

Dr.1231 お気楽の芽(3月29日)

 知り合いの今年で退職する校長に電話した。彼の何とも言えずお気楽と言うのか大らかな応対に心が和む。聞けば退職後の進路も無理なく勤められそうな、お気楽(と言えば怒られそうだが)な印象のあるポストだ。

 こういう人と話をすると何か心が和む。妻に話したら「あんたも一緒(お気楽)や」と言われた。四六時中一緒にいる奥様なので、ドクターが時にナーバスというのか落ち込むときがあるのは承知の上だと思うが、どこかお気楽な面もあるのだろう。

 ともかく、この「お気楽さ」は大事にしたい。接する人に安心感を与える。人生はもちろん、お気楽だけではいかないだろうが、そういうこともああいうことも飲み込んだうえでの醸し出すお気楽さが素敵だと思うし、そこを目指したい。

 人生どうせ最後は亡くなる。「どうせ」というのは捨て鉢でいうのではなく、人間の性というのか事実を言っている。そうであるなら、大概のことは大したことではない。そう腹をくくって、笑って大らかにお気楽に機嫌よく生きたい。そうありたいと思うが時々これに釘を指す弱さがある。そこも含めた自分が好きだ。こんなこと言うのはやっぱりお気楽か。

 ☆机上の鉢植え桜の葉が出て来た。冬の間少しも変化はなかったけど、内部ではやっぱり生きていた。ドクターお気楽の芽も生き続けさせたい。

Dr.1230 準備(3月28日)

 年度替わりに向け、いろんな準備がいる時期になった。準備と言うのは、先を見越して手を打っておくということで、知能の発達した人間だからできることだと思うが、動物は本能的に季節を感じて準備をするのかもしれない。

 いずれにしても、準備は思い通りには行かない。いろんな不確定要素が入る。全部読み切れたら素晴らしいとは思うが、それが完璧にできると人生を生きる意味がないのかもしれない。いろんなハプニングと言うのか予期せぬ事態に対応しながら、予期せぬ事態が起こるのも想定しながら準備をするところに難しさと醍醐味がある。

 農業仕事で言うと、5月の田植えに向かって田んぼの準備をしなければならない。水を入れて鋤くという代掻きの準備をしなければならないが、天候や近所の人との加減もあって予定通りには行かない。ここでは余裕をもって準備を始めるのと、予定通り行かなくてもイライラせず、その時点で出来ることをする。時には息抜きも出来る時にしておくという柔軟さが必要だ。

 そして、この備え・考え方は、他の準備や大きく言えば人生の生き方そのものにも通じる。

 将来に備えながらも、その日の加減で出来ることをしていく。そんな感じでボチボチ行きましょう。

 ☆村の水利委員会。予定通り進みましたが、これからどうなることやら。でも出来ることをやって行くだけです。ここでもボチボチ行きましょう。

Dr.1229 定年後の生き方(3月27日)

 久しぶりに定年後生き方に関する本を読んだ。校長退職前後は随分と読んだものだったが、最近はちょっと遠ざかっていた。

 今回の本では著者は高齢期医療の医者なのだが、定年後の不安は1に健康問題で、2が金銭面、その後に生きがいや人間関係などが続くが、1については機能の低下や認知症などがあってもそれなりに生きていけるし、2についても老後生活費は減るし最悪の意場合は生活保護も堂々と使えばいいのであって老後資金2000万円必要報道を真に受ける必要はないと言っている。

 それより老後は世間体にとらわれることなく、やりたいことをやればいいし、それが出来る恵まれた時期であることを知ってほしいと力説していた。

 どれも一理はあるが、「やりたいことをやればいい」が曲者だ。「やりたいこと」が特にない人はどうすればいいのだろう。無理に見つけるのも違うように思うし、なければ無くても良いといってしまえるかどうかについては自信が持てない。

 ドクターも一時、やりたいことが何もないよりはなんかあった方が良いだろうとそれなりに探したが、上手く進まなかった。やりたいことが特になくても、毎日の生活や日常的にやらなければならないことはそれなりにはあるが、定年前と比べると圧倒的に時間がある。定年延長も進んでるし、非常勤のアルバイトのような仕事は結構長く需要があるようになった。それらをしながら年齢を重ねるのがいいのか、趣味がいいのか、読書がいいのか、このあたりの実践研究を重ねて、少しは同様の悩みを持つ人の助けになるようなことを発見し発信したい。もしかしたら、ドクターの場合はそれが生きがいになるかもしれない、なんちゃって。

 ☆3月25日から配信された「丹波篠山まるいのTV」の『世間遺産』。世の中にはいろんな才能の人がいる。得意なことや好きなことが充実人生の鍵になるのは確かだともうが、特に無くても満足感をもって生きられるようなヒントを探って発信したい。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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