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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.1549 まだ若いですから(2月28日)

 人間ドックで要精検があったので病院を受診した。経過観察で4か月後に再受診となったが、もし病状が進めば急激に悪化することもある病気なので油断はできない。といいながら1年間は放置していたのだが。

 親父も同じ病気が急に悪化して亡くなった。人間いつかは寿命が来るとは思っているが、その時はもう少し後にしてくれと言うのが本音だ。診察の初めに先生が、「65歳ですか」と言って、次に「もう歳ですから・・・」と言われると思っていたら、「まだ若いですから・・・」と言われて驚いた。

 確かに病院内を見渡すと(総合病院で多くの人が来られてます)年配の方が多い。そうかまだ若いのかという思いと、若いと言っても比較の問題で、若い人よりは年配だし、年配の人よりは若いというだけだ。

 病気は完治しないタイプらしいので、今後進行しないように気を付けて行くしかない。気を付けると言っても、特に何かが出来るわけではなく、よく食べよく眠ってストレスがない生活を送ることのようだ。

 とりわけ何かが変わったわけでないで、ご心配はいらないのだが。人生は永遠でないという再自覚のもと、一日一日を機嫌よく生きて行きたい。これいつもと同じですけど。

 ☆もう梅が結構膨らんでました。またシーズンが始まります。ぼちぼち行けるところまで自分らしく行くだけですね。

Dr.1548 打ち込むもの(2月27日)

 子どもたちの合唱団の発表を聞いた。小学生から中高生までの少年少女が様々なうたを披露してくれた。途中他の習い事や迷いが生じて止めようと思った時もあったけど、最後まで(小6で一区切りなようです)仲間と一緒に続けられて良かったと、卒団のメッセージを6年生が語っていた。

 それを聞いて、やっぱり一つのことに仲間と一緒に打ち込むのはいいことだと改めて思った。学生時代には、習い事や部活や勉強など打ち込むものはそこいらにあるが、成人してから、特に定年後に打ち込むものを見つけるのは難しい。

 それがなくても生きて行けるが、生きる張り合いという意味であった方が良いし、なければそれに代わるものが欲しい。それが何かは自分で考えるしかないが、無理に張り合いを出さなくても良いと思う人もいるだろうし、張り合いとか何とかでなくて、時間やエネルギーをつぎ込まなければならないことがやってくることもある。

 そこらは流れやご縁も関係してくるので、心配しすぎなくても良いと思うが、絶えずアンテナは貼っておいて、面白そうなもの、自分にあいそうなものはまずやってみるということも必要かな。やっているうちに、打ち込むものが見えてくる、そうなったらいいですね。

 ☆保護者の皆さんと一緒に子どもたちの発表を聞いて、一生懸命な発表に心を打たれる。

Dr.1547 戻るか戻らないか(2月26日)

 しばらく指導はしていないが、講師として指導するための資格を維持するための嬉野台生涯教育センター冒険教育講師登録研修会に参加した。

 久しぶりに指導者仲間に出会ったり、冒険教育フィールドに足を運んだりした。ここ2年は指導していないので、いざ再開と言っても簡単ではないけど、今ならかつての冒険教育フィールドに戻ることは可能なような気もする。

 ドクターがかつて打ち込んだ冒険教育は面白くて、学びや気付きも多く、自分に合った活動の場だと思う。しかし、参加者との年齢の差や指導者の体力的な問題もあり、いつまでも出来るわけではない。という考えも固定観念で、実はいつまでも出来るものかもしれないという思いもある。

 自分が指導する代わりに、今回の研修会にもたくさん参加していた若手の指導者を育てる方が良いのかもしれない。ポイントは面白さ、ワクワク感だと思う。自分がワクワクするフィールドは相手にもその気持ちが伝播して効果も大きい。今の自分、どちら側に立つのが自他をワクワクさせるのだろうか。

 自分が指導できる環境になった時に、冒険教育指導講師に戻るのか、若手養成役になるのか、ここには戻らず新たな活動の場を求めるのか、今はまだ迷い中だし、最終的な方向付けは自分の意思だけでなく、流れとご縁だと思っている。

 いつ方向が決まるのか、決まらないのかも含めて、大きな力・大きな存在に託したいと思う。どうなっても大事なのは、自分がワクワクしながら生きる営みを続けることだと思っている。皆様も、自分の人生ワクワクしながら先の展開を楽しみに、今やることを機嫌よく取り組んで行きましょう。

 ☆ この冒険フィールドに戻るのか戻らないのかは神のみぞ知る。お前がしっかり考えろという声も聞こえてきそうですが、ドクターの考えは自分の行く先は大きな存在にお任せしますということです。

Dr.1546 自分の生き方(2月25日)

 どう生きて行くのか、普段はいろんな案件でバタバタしていてじっくり考える時間はあんまりないけど、絶えず頭の奥にはある。

 ふと時間が空いた時に頭の前面に出て来る。基本は大きな流れ(ご縁)に任せて、やることになったことを自分らしくやって行く。いままでこれでやって来て悔いはないのだから、これからもこれでやっていけば大丈夫だとは思うが、これまでもそうだったが、流れを信頼してやっていても新しい流れの潮目が近づいてきたと思う時には不安にかられる。

 新しい流れでは上手くやって行けるだろうか。時間を持て余すことはないのか。大事なのは今と未来であり、人生の最後の方でもそこが充実していなければトータルとして悔いを残すことになりはしないか。そんな不安が頭をよぎる。心配性、不安症傾向だとは思うが、なかなか生来の気質は変えにくい。

 心配性だからこそ、どう考えたら納得感・充実感・元気いっぱい・お気楽に生きられるかと言う心の整え方、考え方(哲学)に関心がある。それをずっと探求してきたが、お陰様で日々やる事があってなかなか生き方探求研究は進んでいないし、そればっかりになってもしんどいような気もする。

 やはりドクターの場合はバタバタやる事があった方がいいのかと思うが、いつまでもやる事があるのか、バタバタでなくても心落ち着いて暮らせる秘訣がつかめればそれでもいいではないかという迷いもあったり、考えや悩みの方もバタバタで忙しい。結局、バタバタして人生のエンドを迎えそうな気もするが、それが「ハッピーエンド」になるような生き方、心の整え方を探していきたい。結局こういうところに落ち着くのですね。

 ☆今月もいろいろありましたが、今のところ元気です。まあ何とかなるのでしょう。お気楽な生き方道これからも探求していきます。よろしければ皆様ご一緒に。

Dr.1545 変わった変わらない(2月24日)

 奥様の友人夫妻が丹波篠山へお越しになって、一緒にお茶をした。もう何十年のお付き合いだが、奥様方は「男は齢を取ると頑固になる」とおっしゃる。ウチもそうだという。自分の自覚としては全く逆で、年齢を重ねて人に優しく柔軟に接せられるようになったと自負していたのだが。

 明日から嬉野台生涯教育センターの冒険教育講師登録のための研修を受けるので、これまでの冒険教育研修受講修了書を見返していると、20年前の冒険教育に対する初々しい気持ちを思い出した。こちらの方は、しばらく冒険教育指導現場にも言っていないので、少し熱気は下がって来たのかと自省する。

 でも、冒険教育から学んだことは多く、楽しさ、仲間、挑戦、自分(達)で考える、個性を活かす等、いまでも自分の芯となっているものが多い。

 人は変わらない部分と変わる部分、変えられる部分があると思う。自分らしさの原点は変えずに、より良い方向に変えられるところは柔軟に変えて行きたい。かたよらず、こだわらず、とらわれず、この人生を生きる指針は変わっていないのですが。

 ☆奥様の友達夫婦を案内した河原町と20年ほど前の冒険教育研修修了書。こだわらない生き方にはこだわっているのかな。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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