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ドクターのお気楽な毎日ブログ

Dr.324 受け身と流れ(4月21日)

引き続きS高校のHAP指導を受け持った。お昼の休憩中にファシリテーター仲間や見学に来ていた冒険指導に興味を持つ若者たちと話をしていて、ドクター以外のベテランファシリテーターは自分でこの生活を選んでいるので、自分のしたいことが出来ているので活き活きとしていて充実しているという話になった。それはその通りだと思うし異論はないが、そのうちの一人が「受け身ではいけない」みたいな話をしたとき、ドクターのアンテナにピピっつと来た。受け身を一方的に責められたような気がして、「積極的に自分の生きたいように人生を歩んで行ける人はそれでいいが、中には受け身が性に合っているという人もいる、そんな人の生き方まで否定しないでほしい」みたいな反論をしてしまった。反論するということは自分自身が引っかかっている痛い所をつかれたからだ。ドクターとしても積極的に自分の生きたいことを自分で選び取って生きる人生は良いなと一部あこがれるが、自分にはできないし、受け身の人生も悪くないと思っている。というか人生は自分の思い通りに行くほど甘いものではないと思うし、思い通りいかないところが人生の面白い所でもあると思う。自分の力を超えた大きな流れの中で人生が進んで行く。その大きな流れに身を任せて、自分に与えられたなすべきことを笑顔で楽しみながらお気楽に歩んで行くというのが、今ドクターが考える人生論だ。これは基本的には受け身だが、よくよく考えて見ると流れに乗って生きるということは、受け身か積極的かなどということも超えているような気がする。自分の人生を振り返ってみても流れで積極的になった時もあるし(数は少ないが)、やる流れになったことをやってきただけと言えることも多かったが結構面白かった。結局言えることは、人それぞれということか。

☆この日もかつて流れで勤務した嬉野台生涯教育センターでライフワークとなった冒険教育の指導に、流れで自分が初めて校長を勤めた学校の指導を担当させてもらって、流れで一緒になったファシリテーター仲間とワイワイ人生を語りながら、たまたまドクター班に入った生徒達と楽しい時間を過ごした。受け身の人生万歳。

Dr.323 深い話ができるセンス(4月13日)

 先日買った『絶望名言』には深い話がたくさん載っている。どれかを紹介したいと思っているが選ぶのに苦労するほどだ。要するに人間って、生きるってそう単純ではないということがいろんな人の名言を基に語られている。順風満帆思い通りの人生のように見てても実は成り行きでそうなってしまっただけ、しかも裏には人に言えない悩みを抱えているということは古今東西、著名人一般人、老人若者に限らずある。その深さに気付くのは人生経験にもよるがセンスにもよる。そんなセンスなどない方が良いという人もいるかもしれない。ない方が良いと言っても、持って生まれてしまった以上何とかしなけれ
ればならないし、使い方によってはそんなに悪いセンスでもない。S高校の冒険指導をしていてドクターが話の展開から持論である「にもかかわらず笑顔」が大事だよと言う話をしたとき、ある生徒は「それもわかりますが、友達が深刻な相談をしてきた時に笑顔でいるとその友達を傷つけてしまうこともあるから、いつも笑顔というのは悩みます」と言う。深い。この生徒は深い話が出来るセンスを持つ高校生だ。この生徒の人間的な深さを嬉しく思うのと同時に今後の彼の健やかな成長を願いながら、とりあえずドクターは「にもかかわらず笑顔だとは思うし、君の相手を思う気持ちがあれば君が深刻な話を聞いた時に笑顔でいても理解してくれるとは思うが、誤解を与える恐れがある時は笑顔の量を調節してみよう」みたいな話をした。軽い。ドクターの言っていることは「信念はともかく、その場の状況に応じて無難な態度でトラブルをさけよ」ということであり、ご都合主義で生きろみたいな大人のセコイ処世術のにおいがプンプンだ。勢いで言っておきながら今は、こんな雑駁な答えをしてしまった自分はこれでいいのだろうかと悩んでいる。ドクターも深い話が出来るセンスを持っている。
 ☆深い話ができるセンスを持つ高校生の初日の指導を終え、味わい深く嬉野台生涯教育センターを後にする深い話のできるセンスを持つドクター。これからもこのセンスを持つ人の快適な生き方を探っていきます。

Dr.322 ついてる ついてる(4月18日)

昨日の朝、駐車場のトイレで用を足して車道に出て赤信号で止まっていると、一台の軽自動車がさっきまでドクターがいた駐車場に、入り口ではないところから入ろうとして1m位の車止めに衝突してバンパーとナンバープレートをへこました。どうするのかなと思って見ていると、何んとその車はバックで戻って方向を変えて今度は反対側の壁にぶつかった。そんなことはあまりないだろうけど、もしかしたら平らな壁にぶつけてさっき曲がったバンパーを元に戻そうとしたのかな等と思いながらなお見ていると、またバックして方向を変えて今度はドクターの後方から迫ってきた。まさかそんなことはないだろうけど念のために用心しておこうとバックミラーで警戒していると、何とその車はどんどんドクターカーの後ろに近づいてきたので、このままではやばいと車を少し前に出して難を逃れたが、そのまま止まっていたら間違いなく後ろに衝突していた。もしそうなっていたら、あちこちにぶつける危ない人だからとても冷静な話し合いはできなかっただろう。普段はそこまで警戒しないのに何故だかこの日は後ろが気になり警戒してたので、何とか難を逃れることが出来た。これはついてたとしか言いようがない。その後その車は右折して商店街に入っていった。その車の行方や、商店街の被害が気になったが急用があったのでその場を立ち去った。夕方時間が出来たので気になっていた商店街を通ってみたが、事故の跡らしきものはなかったので一安心だった。でも折角商店街に入ったのだからと、いつものまちの本屋さんに行くと、前から欲しかったKKさんの本と以前に注文していた本が今届いたということで2冊揃って買うことが出来た。この本たちの内容もすばらしいがそれについてはまた明日にでも。ともかく朝の危ない出来事が無かったらこの本たちともその日に出会うことはできていなかった。これもついていた。
 ☆「ついてる ついてる」と言っていると良いことが起こると読んだことがある。この日は間一髪で衝突事故を逃れられ、近くの「よし池公園」の葦を見ながら「良し。自分はついてるついてる」と喜びを表すドクター。その後立ち寄ったまちの本屋さんで気になっていた本を2冊同時にゲットでき、やっぱり「ついてる ついてる」。さあ皆さんもご一緒に。「ついてる ついてる」で今日もボチボチ行きましょう。

Dr.321 いつかは寿命が(4月17日)

長年使っていた給油ポンプ(通称パフパフ)が使えなくなった。いくら頭の部分を指でつかんでパフパフやっても軽油が上がってこないのだ。使い方を間違えているのか(棒状の硬いパイプの方とくねくねしたパイプの方を反対に入れるなど)、指の握力が弱ったのか、パフパフ回数が少ないのか、菓子パンの食べ方が足りないのか等色々と検討した結果、経年劣化によるパイプの寿命と判断し、新しいパイプを買いに行った。その日の帰りに定期健診で歯医者に行ったら、前にインプラントを入れた奥歯と反対側の奥歯(臼歯)が「揺れてますね」と言われた。インプラント臼歯が入るまで、正確には入ってからも使い慣れるまで、今揺れていると言われた臼歯だけが頼りだった。この臼歯と上の奥歯のコンビでドクターの咀嚼の大部分を担当してくれていた。ポンプと言い、奥歯と言い何事にも寿命があって、いつまでも使い続けることはできないのだという現実をつきつけられた感じだ。人間の命にしても、身体にしても、仕事にしても、いつかは寿命が来る。これは事実だが、だからといってまだ寿命でもないうちから心配しても仕方がない。できればポンプのように、前に使った時は問題なかったのに今回急に全くダメになったという感じ、人間で言えば「ピンピンコロリ」という感じで行きたい。そのためには終わり「コロリ」のことは気にせず、今日一日を「ピンピン」で行こう。
 ☆トラクターに給油ポンプで軽油を入れようとして、この前まで何ともなかったポンプが急に使えなくなっている(寿命が来た)のが分かって驚き、自分の人生に思いをはせるドクター。何事からも教訓を引き出すタイプです。

Dr.320 潜る覚悟(4月16日)

前日に続いて田植えの準備の農作業を行った。今回は前日と一変して好天気で、田んぼにいても気持ちの良い気候だった。こんな好天の日に生徒の心配や職員の苦情、10時頃に食べる菓子パンの心配などの気がかりもなく、心置きなく田んぼで仕事が出来る幸せを噛みしめながら、総菜パンに缶チューハイを飲みながら上機嫌で作業をしていた。しかし世の中そんなにうまくばかりは回らない。夕方そろそろ終い支度かと思っている時、池の水が止まらないことが分かった。それまではチョロチョロと畔練り作業に丁度良いくらいの水があたっていたので、「これぐらいの水量で蓋の閉じ加減が調整できたとはラッキー」と思ってやっていたが、よく見てみると池の水量を調整する水中にある蓋に小石か藻がからみついて完全に閉まらなくなっていることが分かった。このまま水が出続けると、いかにチョロチョロでも2~3日で池は空になってしまう。この池の水を使うのはドクター田だけとはいっても、これから田植えまで水が要るのは必定なので、自分が困るのは目に見えている。そこでドクターは最悪の場合は水深1~2mのところにある蓋まで潜って詰まりモノを取り除くことを覚悟して、念入りなシュミレーションを行った。手順はこうだ。①長い棒で蓋の周りを掃除する、②濡れても良い靴・服などに着替え、腰辺りまで水につかって蓋の周りを掃除する、③いよいよ潜る覚悟を決めるが、もう一度だけ祈りを捧げる、④潜る、⑤着替える、⑥水が止まればそれを祝して一杯やる。結果は想定の通り進み、③の祈りが通じたのか、④は実施しないで済んだ。⑤と⑥は予定通りに実施した。今考えると、良い天気ではあったとはいえ、②のように腰まで水に入っただけでも山際にある水は相当冷たく、④は余程な覚悟と危険を伴うから普通では考えられないことだが、その時は火事場のクソ力というのか本当に潜る勢いだった。「好事魔多し」これからも油断しないように気を付けたい。とはいっても現実にはいろんな魔に遭遇するだろうという予感はする。
 ☆潜る覚悟をする前は、村の水利委員として用水路の点検などもし、その様子を写真に撮る余裕もあって絶好調だったが、夕方自体が急悪化し悲惨な事態を迎えそうだったが、いつものように祈り(神頼み)が功を奏し潜らなくてよくなり一杯で一日を終えることが出来た。こんな調子だから人生を甘く見るんですね。

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