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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.1881 日常のインパクト(2月29日)

 大阪の某市から来た職員に、丹波篠山の案内をした。観光客で賑わう篠山城跡前商店街や、美しい鳥居が並ぶ王子山まけきらい稲荷、無電柱化した河原町などを案内していた時、自転車で通りかかった高校生がドクター達に「こんにちは」と挨拶した。

 職員の一人が「お知り合いですか」と聞くので、「いいえ、知らない子どもです」と答えると、「知らない人にもあいさつするんですね、こちらでは。一番驚きました」と言われた。

 観光名所もインパクトはあるけど、一番相手の心を打ったのが、知らない人でも出会った人にあいさつするという、ここらあたりではよくある日常風景だった。

 ようく考えると、何事でも、特に目立った特別なことではなく、日常にあるいつもの事柄が大事と言うことだと思う。

 「(特に何が無くても)日々を機嫌よく暮らす」「出会った人には陽気に明るく挨拶をする」「陽気さと感謝の心を忘れないように生きる」など、こんな生き方がいつでも幾つになっても出来る、それこそ自分にとって大事な事であり、その生き方にふと触れた他人にもインパクトを与える(別にインパクトを与えるのが目的ではないので、与えようと与えまいとそこには気にする必要はないんですけど)ということですね。

 ☆街並みも良かったけど、一番心に残ったのは日常のあいさつだったようです。お二人との何気ない会話も楽しかったです。

Dr.1880 若者の意欲(2月28日)

 丹波篠山市を取材していた若い記者が本社に転勤することになった。地方の課題を取材していたが、今度は全体を見る仕事がしたいという、自分の希望によるという。

 自分がやりたい方向に向かって歩んで行く。若い時って、こんなに意欲満々で日々を送るモノかしらん。ドクターも自分の若い時を振り帰って考えて見ると、大学院進学や指導主事への転換など自分で自分の進路に挑戦したような時期もあった。

 指導主事になってからの人生行路は、流れに従ったように思うけど、これはこれでアリだと思っている。

 その後も、いくつかの分岐点で、自分の意思を活かした選択もしたように思うけど、これも大きな意思を信頼してのことで、大きな視点で言えば流れとご縁に従ったと言える。若い時の意欲溢れる選択も、それを後押しした大きな流れがあるといまでは分かる。

 ともかく、若者の意欲ある挑戦を応援したいと思います。

 ☆意欲一杯の若者の巣立ち、卒業式。

Dr.1879 早飯(2月27日)

 昨日も高校の卒業式や市議会一般質問検討会やら何やでバタバタして、お昼休みには私用もあって(定期の書き換えですけど)昼食は移動の車の中で、停車中にかき込んだ。

 早くごはんを食べる早食いは得意とするところだが、ゆっくりよく噛んで食べるのが健康にはいいので、大きな顔で自慢できることではない。昼食に限らず、食事を食べるのは早い。美味しいからつい早くなってしまう。

 そんなこんなで、一日の時間はあっと言う間に流れてしまう。もっと落ち着いて一日を送りたいという気持ちもあるが、バタバタしているのか、時間を持て余すほど予定がないのかどちらが良いと問われれば、ドクター的には性格からしてもバタバタの方が良い。

 そりゃ、適度にやることがあって、ゆったりとした時間も取ることが出来る生活が良いのは分かっているが、世の中そんなにうまくは行かないのも分かっている。無理に忙しくするのではないが、やることがあるのは有難い。ただあんまりバタバタし過ぎて、じっくり考えなければならないことを見逃さないようにはしなければならない。

 ただ、長く考えればいいということでもないので、普段から自分の考え方の方向とか信念とかはきちんと持つようにしたい。と言っても、これは結局、ドクターの場合は大きな意思を信頼して、それに感謝し、自分が出来ることを自分らしくやって行くということに尽きるのですけど。

 ☆昨日は市内高校の卒業式に出席しました。やっぱり高校・高校生っていいですね。ここに勤めていたのは天職、大きな意思のお導きだったのかな。感謝して、今の自分がやらなければならないことに早飯特技も生かしながらあたります。

Dr.1878 経年劣化(2月26日)

 何年も履いている丈夫な長靴のつま先が曲がるあたりから、長年の使用によりひび割れが出来て水が染み込んでくるようになった。いわゆる経年劣化というやつです。

 そういえば身体も、腰や足首など時に痛みを感じるようになったし、記憶力や視力なども衰えを感じる。長年使えば、劣化してきて、性能が落ちたり欠陥が出てきたりする。それはそれで分かるが、経年進化と言う面もあるのではないでしょうか。

 特に人間の身体や思考などは、長年の使用で場数を踏み、性能や耐性が増すということもあるように思う。経年劣化で問題点ばかりに目が行くと、心も落ち込んで行く。劣化で支障が大きくなったものは交換のチャンスでもある。

 新しい器具の使用でより使いやすくなるかもしれない。経年進化もあるし、身体の経年劣化でできなくなったことは無理しないで、できることのい方に目を向けたり、できないけれど時間はかかるけれど、それを楽しむというような心境も目指したい。

 体や道具の経年劣化も受け入れながら、それに応じた生き方を目指しましょう。

 ☆経年劣化した長靴。劣化するほど長く使わせて頂きました。いろんな場に一緒にいけたこと感謝しています。

Dr.1877 長く続ける(2月25日)

 このブログも気が付けば、6年ほどで1877回になる(合ってるとは思うんですけど、飛ばしたり抜けたりした回があるかも)。以前の校長ブログも6年ほどで1200~1300回はいったのではないでしょうか(推測ですけど)。スポーツセンターのトレーニング回数は28年で3000数百回になる(適当ですけど)。定年で一区切りつけた狂言のお稽古も20年ほど続いたか。

 朝のランニング(今ではウォーキング)は30年以上(もしかしたら40年以上)続いているし、朝の英会話ラジオ講座も20~30年は聞いている。飽きやすい性格もあるドクターがこんなに長く続ける傾向があるというのはどういうことだろう。中にはもう忘れてしまっているが、始めても直ぐに止めてしまったことも沢山あるとは思います(絵画など)が。

 これは継続しなくっちゃというような強い意思で続いているのではないことは確かだ。スポセントレーニングなどは、後の一杯美味しく飲むためだし、朝食時の英会話ラジオ聞き流しは何か音がないと朝食時が寂しいという感じで続けていると思う。

 何かが続くかどうかも、自分の意思と言うよりは、流れやご縁によるというのが正直なところかな。結局今回の結論もいつもと同じく、生きること全般に関わって、流れやご縁のお世話になり、大きな力を信頼して安心お気楽に生き、自分にできる貢献(人が喜ぶこと)をさせてもらう。こういうことですね。

 ☆あるお店のモーニング。モーニング好きももう何十年。カメラ復活して、こうした自撮り写真ももう10年以上になりますね。飽き性なの、一徹なの。結局適当なんですね、きっと。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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