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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.758 比べない(8月31日)

機嫌よく暮らすためには「他人と自分を比べない」のが良いと経験では分かっているが、放っておくと人はつい周りが気になり他人と比べてしまう存在であることも経験から分かっている。周りと比べて順位付けするのは人間だけでないことを昨日のテレビで知った。テレビではアメリカやカナダの寒い地域に住むヒツジの一種の「ビッグホーン」の大きな角をぶち当てての戦いを放映していた。見た目の角の立派さで群れの順位を決め、見た目で分からない場合は角をぶつけた戦いになるという。厳しい自然環境では繁殖の順位付けが必要だということだ。自分の順位を探るために周りを気にするのは、動物としての人間の習性らしい。周りや過去の自分と比べず、今の自分の状態で流れに従って生きるのが良さそうと言うのが、今のところのドクター流絶こうちょうの極意だが、それを阻む順位付けが動物の本性由来のものだとすれば、これを脱却するのはなかなかやっかいだ。だが、やっかいでも現在の私たちの生存環境で快調な生き方・考え方をさぐらないと生きづらい。原因を見極めて、対処法を考える。原因も対処法も多様で個人差もあると思うが、できるだけ汎用性のある方法を見つけて提案していきたい。今回はビッグホーンというヒツジさんの生き方から少し学んだが、まだまだ修行は続く。これからもドクターの学びを紹介します。

 ☆この間の派閥視察研修で地元材を使った和風の特別養護老人ホームを見せてもらったが、こんな細かいところまで配慮した施設が県内や西日本で他にもあるのか、やはり他や順位が気になってしまった。

Dr.757 移住連鎖(8月30日)

ドクターの所属する議会会派の視察研修で丹波篠山市の東の玄関口と言われる福住地区へ行った。ここは古い町並みが重要伝統的建造物群保存地区に選定され、多くの古民家が回収されてお店や宿泊施設に生まれ変わっている。それらの施設の多くが都会からの移住者が経営されている。話を聞いてみると、最初に一人の人が田舎に興味があって移住し、その人の紹介でコーヒー屋さんがやってきて、その人の紹介でパン屋さんが移住開業している実態が分かった。移住は連鎖するのだ。もちろん、本市に都会にはない魅力があるから連鎖の波が途切れないのだとは思うが。連鎖は移住に限らずいろんな場面で起こるし、負の連鎖もある。連鎖を起こす人も意識的な場合もあれば、無意識のこともある。連鎖に関する要因は複雑で一筋縄ではいかないが、果たして自分はどうすれば正の連鎖に関われるだろうか。ここはやはり自然体で流れに任せて、自分が面白いと思うこと、やらなければならないと思うことに笑顔で取り組むのが一番だろう。本市の大きな課題の一つ「移住定住促進」にも、自然体の流れ重視というのが自分のスタンスと言う結論だ。やはりこの「自然体の流れ重視」は、重要施策にも定年後生き方にもあらゆる場面に適用できそうだ。

 ☆重伝建視察で分かった移住者の連鎖。移住連鎖に関わる自分のスタンスから分かった「何事も自然体、流れ重視」のドクター流生き方。

Dr.756 最悪を想定する(8月29日)

熱い夏が続いている。こうなるともう1日を生き抜くだけで精一杯、アップアップの状態が続いている。こんな時、現役でその日に必ずやらなければならない(出勤しなければならない)ことがあれば、身体のしんどさはあっても1日の過ごし方としては迷いはないかもしれない。退職世代では、仕事に1日の過ごし方の助けを求めるわけにはいかない。熱さや持病と相談しながら、より快調に1日を過ごす方法を模索しなければならない。ドクターとしては暑さで頭があまり回転しないながらも、懸案の「絶こうちょうに生きる方法・考え方」について書いてみたい。今、ボーっとした頭に浮かんでいるのは常に「最悪を想定」し、覚悟しながら、「現状はそれよりは幾分マシと思うやり方」だ。例えば、今ドクター田畑では稲刈りも近いのに水が抜けずに水田が乾かず、逆に豆畑には水が入らず黒豆が枯れかけているという不安を抱えているが、それも「今年は選挙や議員活動があるので、百姓仕事は完全にできなくても仕方がない、苗を植えることもできず収穫0の状態から考えると、幾分でも収穫があれば儲けもの」と考えることによって、不安をまぎらそうというやり方だ。あまり建設的ではない気もするが、ちょっとは効果があるかもしれない。「最悪想定法」一度試してみませんか?

 ☆昨夜市民センターで行われた体育振興会、行事のほとんどは中止になりましたが、強行してコロナクラスター招くよりは良かったかも。

Dr.755 再び流れ重視の生き方(8月28日)

相変わらず定年後(一仕事終えた後)の生きがいづくりについて考えている。昨今では定年が伸びたり、一旦定年後も引き続き同じ仕事や関係団体の仕事を続ける人は多いが、そうした職場もやがていつかは終わりの日がやってくる。そういう職場が終わった後、日々を活き活き絶こうちょうに生きる方法について考えることは多くの人にとっても有意義なはずだ。中には仕事が終わっても、家事や農業や趣味などやることは一杯あるという人や何も考えなくても毎日を機嫌よく暮らせるという人はいる。ただ、中にはドクターのように定年までの仕事が充実していて、それが急になくなった後、何を目指して生きたらよいのか道に迷っている人も一定数はいるのではないか。そういう人達と自分のために定年後の快調な生き方に向けての考え方や方法を探求している。これまでのところ最終的な結論(悟り)は得ていないが、一つは「流れに任せてやる(羽目になった)ことを精一杯やっていく」だ。この流れは比較的大きな流れ(ドクターの場合でいうと、定年後のメイン仕事は県教委が紹介してくれた仕事ではなく、自宅を事務所とする「ささやま冒険教育」であり、今年からは市議会議員ということになる)から、その日一日の過ごし方(今日は特に予定がなく比較的気温が高くなさそうなので、農作業をメインに夜の会合に出るのが1日のメイン過ごし方になりそう)という小さなものまでを含む。この流れの中に若干自分の意思を入れることはできそうだが、あまり意思を入れ過ぎると、日々や行く末の全てを自分で決めなければならず、しんどさや心配・不安がやってくる。ここは大きな流れや自分を信頼して、「流れ」(自分の意思にとらわれない)に任すのが良い。問題はこの原則だけでは生ききれなさそうというところだが、その解決には今後取り組んでいきたい。乞うご期待。

 ☆昨日も流れに任せて黒豆にジョウロで水をやるという無茶な作業をしたが、大きな意志(神・宇宙等が流れを送ってくれる)の計らいか、素敵な夕景色と小雨がプレゼントされた。そしておいしく晩御飯の一杯を頂き即寝できた。

Dr.754 比べる案じる(8月27日)

定年後(定年後でなくても)絶こうちょう人生を邪魔する不安・心配・苛立ちなどは、「他人や過去と今の自分を比べる」「未来をあれこれ思案する」ことから来ているように思う。「人と比べず今の起こった事に集中してできることをやっていればそれで良い」と考えられるなら、毎日を機嫌よく生きられるはずだ。そうは言っても、人間という生き物は群れで暮らしていた名残から他が気になり、未来を想像する頭脳を有する故に生存には有利でも不安を感じるようになった。この部分はドクターの試論だが、ともかく(上手く行っている)他人や(いろんなことが出来ていた)過去の自分と今の自分を比べず、まだ起きてもいないしどうなるかも分からない未来の悪い部分ばかりを想定することをやめれば随分楽に生きて行けるはずだ。問題はどうやったら、他人や過去や未来から自由になれるかだが、その方法を見つけるのが今の自分のやるべきことだ。今までのところでは「酔っぱらう」「(悪い思念が起きて来ても)流れに任せる」「(用事を詰め込んで)暇をつくらない」など大したものは見つかっていないが、これからも探し続けたい。自分を実験台にしながら。

 ☆いろんな不安(黒豆が水不足で枯れてしまわないか、害虫に食べられてしまわないか等)はあっても、今できること(消毒)をやって、汗かいて一杯飲んで寝てしまいました。あんまり建設的ではないように思いますが、今はこんな感じで何とかやってます。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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