ささやま冒険教育

お問い合わせ

Sasayama Adventure Project

丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.2531 日々変更(2月20日)

 毎日を上機嫌に、落ち込まないで生きる生き方・考え方を試行していて、いいなと思った考え方などをヒントとして紹介している。昨日の「打たれ覚悟」等も有効なのは間違いないが、有効な考え方でも毎日それでやっていると、少し効力が落ちるような気もする。

 「日々新た」というのか、日々新たな変更を加えていくのも必要なことかもしれない。しかし、そんなにどんどん有効な考え方のヒントが見つかるわけではないので、ここが難しい。

 昨日は新たにというのか、前から有効だと思っていたけど、最近としては久方振りに光が当たったのが「自己肯定感」だった。「愛着形成」によって、自己肯定感が養われるという話の中で、ドクターも厳しい状況があっても何とか乗り越えるというのか、潜り抜けていけているのは、幼少期に愛情いっぱいに育てられたおかげで、「自己肯定感」があるからだと思っている。

 昨日のお話は、愛着形成に臨界期はないので、幼少期に形成されていなくても、青年期・成人期になってもまだ間に合うというお話から出てきたものだった。なんにしても、自己肯定感があるのが生きやすさ、チャレンジできる体質と大いに関係があるので、愛着形成をしっかりやっていこうという話だった。

 昨日は自分でつかんだ「打たれ覚悟」と、急に出てきた(しってることはしってましたけど)「自己肯定感」の二つで何とか、一日を送ることができた。今日も、重点は微妙に変えながらも、一日をそこそこの上機嫌で生き続けられる策を考えていきたいと思います。

 ☆皆様、今日も良い日になりますように。自分の生きるヒントをいろいろ使いながらいきましょう。ボチボチいきましょうは、日々有効だと思います。

Dr.2530 打たれ覚悟(2月19日)

 日々を落ち込まないで生きる試行の一つで、効果があるのかなと思うのに、絶えず「打たれる(厳しいことを言われる)覚悟を持つ」というのがある。あんまりポジティブでないので、大きな声で言うのもどうかと思われるが、昨日はこれで効果があったので、いくつかあるヒントのうちの一つとして紹介します。

 絶えず、「打たれると覚悟して生きる」というのは、メンタル的にしんどいようにも思われるが、最悪を覚悟しておくと、それよりマシならすべてプラスととらえることもできる。実際に打たれてても(厳しいことを言われても)覚悟をしていると、ダメージは何とか食い止められる。

 スマートなやり方ではないが、メンタル弱ってるときは、そんなことは言ってられない。何としても日々の生活を営むためにも、落ち込み過ぎない策を考えなければならない。

 そんなことで、今日も「打たれ覚悟」を持ちながら、やらなければならないことを、進めていきたい。ひょっとしたら、この策は結構有効かもしれないと思う、お気楽さも、いいですかね。

 ☆もう梅が咲いています。いろんな策(アイディア)を試しながら、日々を何とか乗り越えましょう。もちろん、ボチボチですけど、春も近いです。

Dr.2529 いろんな方が(2月18日)

 このドクターブログを思いがけない方が見ていただいていることが分かった。公開のブログなので誰にでも見ていただくことは本望で有難いことだが、いろんな方に見ていただいていることを今一度再認識して、内容に粗相がないように気を付けなければならないと気が引き締まりました。

 しかし、毎日やっていることなので、自ずと地が出るというのか、自分の本来の姿が出てくると思う。最近は、「高齢期(今の自分くらいの年齢の方)の機嫌よい生き方は」みたいな、生き方ヒント探索が大きなテーマで、ブログというのか日記の一般的なイメージとは離れているような気もしますが。ブログにもいろいろあって、生き方について書いたものもあるようではあります。

 昨日はある会合で和尚さんのお話を聞く機会があった。「死ぬまで、死(やあの世)の世界など意識せず、今をどう生きるかを考えた方が良い。誰もがあの世へ行くのは間違いないが、行ってしまえばそれまでなので、後のことは心配することではない」というようなお話だったと思う。

 ご自身も、元はホテル業界で働いておられ、お家の都合で想定よりも若くしてお寺を継がれることになったが、自分の人生設計と違う出来事も悪いことばかりではない。自分はもともと、人と話すのが好きだったので、今の仕事(というのか住職という立場)は人と話す機会が多いので自分に合っていると思うというようなお話だった。

 ここでも、「ものは見方」(物事のプラス面を見ていく)ということかなと思ったが、これが頭ではわかっていてもそれがなかなか思うようにはいかない。そこで、また新たな対応策が必要になってくる。きれいごとばかりにはいかないけれども、何とか一日を生ききる策も模索していきたいと思います。

 ☆このブログを訪問していただいているいろんな皆様、ご一緒に何とか日々を陽気に生きる道をさぐっていきましょう。このトリックアートの道と同じく、簡単ではないと思いますが。今日は絵と文章、なかなかマッチしましたね。些細なことで喜ぶ、これも一つかもしれません。

 皆様、「一日を機嫌よく」はそう簡単ではないと思いますが、ボチボチ進んでいきましょう。

Dr.2528 普通(2月17日)

 いいことも悪いことも起こる普通の日だった。それが日常というものだとも思う。一喜一憂しないで、心を保ちながら、やらなければならないことをやっていくしかない。

 一喜一憂の中でも、どれがこれからの大変になことにつながる一憂なのか、将来の喜びにつながる一喜なのかは、簡単には分からない。だから、それこそ一喜一憂せず、たんたん(丹後)と、日々の暮らしを続けるしかない。

 昨夜から今朝にかけては、奥様が留守で、息子と家事などを分け合いながら、何とか暮らしているが、これもちょっとしんどいところもあるが貴重な体験かもしれない。

 というわけで、今日はブログはここまでにして、これから洗濯干して出勤します。何が、良いことになるか大変なことになるか分からない日常ですが、こういう普通の生活が続けられていることに感謝して、今日一日を何とか過ごしていきたいと思います。

 皆様も、ご無理されずに、今日をお過ごしください。もちろんボツボツですけど。

 ☆これはこの間の映画祭でしし汁をいただいているところ。この日も一喜一憂だったと思います。

Dr.2527 気のゆるみに(2月16日)

 気になっていることが一つ終わり、ホッとして気が緩んでいるところに、思いもかけない懸案事項が入ると、気が緩んでいるがゆえに一段とこたえる。

 ホッとする時間も必要といったばかりなのに、ホッとすると油断ができて、そこに衝撃が入ると一段とダメージが大きい。でも、ホッとする時間も必要で、それがいい安らぎを与えてくれるのも間違いない。

 ここでもバランス感覚が大事ということだろうか。ホッとしても気を緩め過ぎない。しかし、気を緩めないホッとする時間って何なのだろう。難しいバランスだが、ホッとする時間がもたらす安らぎの気持ちと、無防備なところで出会う打撃の大きさと、トータルで考えて、何とか暮らしが進んでいく道を探っていくしかない。

 ホントに簡単に行かない、心平穏な生き方。もうこの前から続いていた比較的安定していた試行が続いているかどうかも分からない。でも、まだ完全に破られたわけではないので、気を緩め過ぎないように気を付けながら、ホッとする時間も大事にしながら、ボチボチ行きたいと思います。

 で、結局どうするねんって感じでしょうが、心安穏な日々の過ごし方、一筋縄にはいかないってことを踏まえたうえで、自分に合った道を探っていくのはあきらめないってことですね。

 ☆昨日はこんなトリックアートも体験しながら、上がり下がりの一日でしたが、今日も何とかボチボチ頑張りたいと思います。皆様も何とか良い一日を、ボチボチに。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

  • アーカイブ

  • New

    2026年2月20日
    Dr.2531 日々変更(2月20日)
    2026年2月19日
    Dr.2530 打たれ覚悟(2月19日)
    2026年2月18日
    Dr.2529 いろんな方が(2月18日)
  • ページのトップへ戻る