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ドクターのお気楽な毎日ブログ

Dr.219 滅多にない経験(12月13日)

コンビニでトイレから出ると(トイレ我慢筋のゆるんだドクターはしょっちゅうコンビニトイレのお世話になり、その度に菓子パンを買うのでまた菓子パン生活がエスカレートしている)急に店内の電灯が消えた。何かをやらかしてしまったのではないかと(何かハプニングが起こると自分が原因のことが多いので、何かあるたびにオドオドするのが習性となっている)オドオドしているドクターに店員さんが「ご迷惑をおかけします。店内の電気設備の点検のための停電です」と声をかけてくれた。「いやー、また何か自分がやらかしたかと思いましたよ」というドクターに、「お客様のせいではありません。でも、こんな経験滅多にできないことですよ」と言われた。「そ、そ、そうですね。人生で初の経験です」と答えたが、本当にモノは言いよう、考えようで変わる。停電の薄暗いコンビニで買い物をするなどそう簡単にできる経験ではないと思うと、何かワクワク感が増してきた。調子に乗って「停電ですけど電子マネーは使えますか?ホットコーヒーはどうですか?」とこの停電コンビニを堪能しようというノリになってきた。結果的には電子マネーは使え、コーヒーメーカーは作動しなかったが、貴重な経験と教訓を得た。

☆訳あって早朝薄暗い中を最後の黒豆乾燥の状態をチェックしに作業小屋へ行った。滅多にない経験だ。滅多にないことは心に残る。

 

Dr.218 「きょうよう」「きょういく」(12月12日)

定年退職者の毎日には「きょうよう」「きょういく」が大切であるとは多くの人や書籍が言っている。勿論、それらは「教養」「教育」ではなく、「今日用(がある)」「今日行く(ところがある)」ということだ。定年後生活初心者のドクターの実感としても、「今日やることがある」ことはとても大事だ。「自分の人生はこれでいいのか」「今後自分はどうなっていくのか」「在職中はあんなに活き活き人と一杯話したのに、今のこの孤独は何だ」とかいらないことを考えないためにも空き時間を作らないことは大切である。ところが昨日午後3時から7時までの4時間この魔の空白時間を作ってしまうところだった。もともとこの時間は残っている黒豆を乾燥機に入れようと考えていたのだが、もう少し後から降るはずだった雨が午後三時頃から降り始めたため出来なくなった。事前の計画ではこのことも予想してそういう場合は室内で出来る「米つき(玄米の精米)」をしようと思っていたが、それを忘れて一時「どうしよう、どうしよう」と慌てた。それほど空白の時間には懲りている。まあ今回はその後何とか「米つき」を思い出し事なきを得たが、これほど認知力が弱ってくるとは。定年後の生活には「きょうよう」「きょういく」も大事だが、それもある程度認知能力が残っている間だということも分かった。認知症が進めばまた別の世界が待っているのだろう。それもレポートしたいが、その時自分にそんなことができるかどうかは分からない。ともかく、未来の事や分からないことをあれこれ心配するのは快適定年後生活には適さないことは分かっている。

☆ドクタートラクターで「黒豆どうですか」という記事を載せようと写真撮影している間に、今日(の)用「米つき」を思い出した。ふー。

 

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