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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.710 儲かる農業(6月28日)

テレビで「儲かる農業」をやっている人たちが紹介されていた。見た後の感想は一言で言うと「皆さん熱心でマメやなあ。自分には無理やけど」だ。もう少し正確に言うと「『なんでも直ぐに無理っていうな』と冒険教育で指導しているくせに、自分では簡単に無理っていうのは可笑しいから、少し言い訳するとドクター農業の一番の目的は農作業で汗かいて後のビールを美味しく飲むためだからそんなに儲けに拘らなくても良いけど、だからと言って少しは収入がないと持ち出しが多くなりすぎて健康農業も続けられなくなるのである程度の収入は確保したい、だがそのためには農業用機械や資材の上手な活用が必要だが、機械に弱く適当な性格なので緻密で丁寧な作業が出来ない、まあこのテレビは面白くはあるが自分は自分らしくこれまでのやり方で農業続けられるところまでやるしかない」って感じだ。そんな訳で今日も雨が止んだら、黒豆畑に出て健康汗かき農業にいそしむとしよう、市民のためには儲かる農業を考えながら。

 ☆健康汗かき農業では一日の作業時間が長くなりすぎてはいけない。午前中は図書館へ行ったりする余裕が必要だ、こんな甘い考えでいいのでしょうか。

Dr.709 毎日をどう生きる(6月27日)

本市の6月議会が終わったので、お隣の丹波市議会を傍聴に行った。先日同級生の丹波市議が本市の議会を傍聴に来てくれた返礼と他所の議会を見ることで何か自分の市の参考にできるヒントを得ることが目的だったが、さらに根底には特に用事のない一日をどう充実(面白く)させるかという問題意識がある。結局人生は過去でも未来でもなく今をどう生きるかが最重要テーマだと思うが、瞬間の「今」を繋げたのが「今日」だから、このテーマは言い換えると「今日をどう(充実して・面白く)生きるか」、さらにはその「今日」が毎日続くのだから「毎日をどう生きるか」ということになる。最後の今日が終わるまで(寿命が尽きるまで)、「今日一日を充実して生きる」ことができるようにしたい。決められた用事がある日は、それを中心に他の用事を絡めて組み立てていけばいいが、特に何も予定のない日の過ごし方が難しい。昨日はその難しい日の一日だったが、幸い丹波市議会の日だったので、その傍聴や友達議員との会談を軸に、近くにある先輩が園長をしている公園訪問や人間ドック受診ができる医療施設訪問などを絡めて一日の過ごし方を決めた。丹波市議会傍聴は役に立ったし、久しぶりの人間ドック予約も何とか申し込みがとれた。何より良かったのは、芝生やグランド・レストラン・木工施設などもある大きな公園の園長をしている先輩とお会いしお話しが出来たことだった。この先輩はドクターと同じく県立高校の校長を退職後、週3日の大学広報担当をやられた後、ポストが開いたので今の公園で週5日勤務の園長をされているとのことだった。週5日勤務は忙しくないですかと尋ねたところ、校長退職後2年間週3日勤務をさせてもらったので休憩は十分だ。人間はやはりやること(仕事)がある方が良いとのお話しだった。特に予定がない日の過ごし方に悩んだドクターとしては、先輩の気持ちがよく分かる。責任がありすぎ、忙しすぎる役職は長くはできないが、ほどほどに使命感や達成感がある用事や仕事を持つことは、毎日を(充実して)生きる上でとても良い。

 ☆丹波市役所を訪れ市議会傍聴や市内公園訪問、近隣医療施設訪問などで充実した時間が過ごせた。昨日は良かったが、今日はどうして過ごそう。この課題が死ぬまで続く。

Dr.708 明日は分からない(6月25日)

中高の同級生が急死された。お母さんのお話しでは、その日のお昼までは普通で夜に見に行ったら亡くなっていたということだ。友のご冥福をお祈りするとともに、「誰でも明日は分からない」という厳しい事実を思い起こさせてもらった。だが、ここからが重要で「明日が分からない、だから今を大事にするのか」「明日が分からない、だから今無茶苦茶するのか」の違いは大きい。できれば明日が分からないかと言って、今を傍若無人に無茶な言動をするのではなく、いつもと変わらず丁寧に生きて行きたい。「人はいつまでも生きられるものではない」という事実を教えてもらった以上、いつもより心を込めてより丁寧に生きて行こう。自分のしなければならないこと、する流れになったこと、ご縁を大切にしながら歩んで行きたい。合掌

 ☆母校の小学校に今もある二宮金次郎像。明日は分からないけど、この像のように今日出来ることをやって行こう。

Dr.707 即決派?優柔不断派?(6月24日)

先日ラジオで「あなたは即決派ですか、それとも優柔不断派ですか」というテーマでメッセージを募集していた。自分はどちらだろうかと考えてみると、即決する時もあるし、なかなか決められない時もあるので、敢えて言えばどちっかなとさらに考え込んでしまった。この時点で最早即決派でないことは明らかなような気もするが、優柔不断派だとしても状況や流れによっては簡単に結論を出すこともあるので「流れ派」というのを是非作って頂きたい。このブログでも何度か表明しているように、ドクターはこれまでの人生経験から「自分は一度決めた夢や目標に向かって人生を切り開いていくタイプではなく(そうできる人はすごいとは思うが、自分には荷が重い)、ご縁や流れや天の意志(神の声)に従って自分がやる羽目になったことを粛々とやって行く」派だ。こう言うと受け身で投げやりのように聞こえるかもしれないが、ドクターとしては「覚悟を持った上での受け身」というのか、「どうせ人間は受け身で生まれて来て、自分が生かされた時代を自分に与えられた条件の中で与えられた期間、その時の自分に出来る範囲でやって行くしかない」という思いがあり、その思いで生きて来て結構満足している。これからもこの生き方で行こうと思うし、生き方に悩んでいる方にはこのドクター流の流れ重視の覚悟を持った受け身人生をお勧めしたい。何より悩みが少なくなって良いですよ。

 ☆昨日は地元小学校の学校運営協議会で、授業参観と学校教育についての協議をしてきました。この委員は前からやってみたかった役だが、今年実現したのは、自分が夢に向かってがんばったというよりはいろんな流れ(ご縁)による。この委員をクビになったとしても、それはそれで流れによるので仕方がなくそれほど悩まなくても良い。こんな感じです「流れ派」は。

Dr.706 特異日(6月23日)

昨日はいろんな人から電話がかかってくる特異な日だった。いつもはあっても1~2件なのだが、昨日は5~6件もあった。毎年6月22日がそういう日だということではなくて、時々日常とは違う特別なことが重ねて起こる日がある。人生や世の中って科学や理屈通りではない不思議なことが一杯あって、だから面白い。それはともかく、そのうちの一つの電話が40年ほど前にドクター丹後が参加していた学生キャンプ団体「神戸市ジュニアリーダー」の後輩という方からだった。その方は今は徳島にお住まいだが、娘さんが現在丹波篠山市に勤めていて、この間の選挙で市会議員になった人の中にこんな(変な)人がいると娘から報告を受けて、それが丹後(当時のキャンプネームは確か『笑顔の使者』だった)先輩ではないかと思って電話をくれたらしい。約40年ぶりの電話で懐かしく嬉しかったが、ご本人自身の記憶は思い出したような出さないような曖昧なままで、申し訳ない感じだ。ただ自分の記憶力は退化中で過去だけでなく現在も危ない状態なので許してください(今の自分が「ドクター」なのか、「笑顔の使者」なのか「絶こうちょう」なのかも定かでなくなってきた)。

 ☆昨日は初代校長を勤めた(多分)篠山東雲高校の振興会の会議に出たが、発言中一つの事(積極的な新入生勧誘策で入学者を増やしてほしい)を言っている間に、もう一つの言いたかった事(卒業生に市内企業の素晴らしさを紹介できるように、教職員が市内企業を知るツアーに参加してほしい)を忘れてしまうほど忘却力は進んでしまっていた。昨日の電話が5件だったのか6件だったのかも曖昧になってきたが、会議中の写真を撮ることとブログ内容を「得意日」にすることは忘れていない。勝手もの忘れかもしれない。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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