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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.2077 老年期成熟(9月29日)

 高齢期うつとかフレイルとか、齢を取るとマイナスばかりが言われる中、「老齢期成熟」という言葉があるのを知った。老年期において、人生を回顧して受け入れ、知恵を得ること、また、さまざまな発達課題に適応すること等を言うようだが、この考え方で行くと死期もそんなに怖くなるようだ。

 ドクターはまだ修行が足りないのか、年齢が足りないのか、その域までは達していないが、老年期になると人生が達観できる域に達する(人が多い)という知見は希望になる。齢を取ると、体力や記憶力等退化するものは多いし、精神的にも不安が増えると言うのか充実感が減って来ているようには思うが、そこを超えると満たされた世界が待っているというのは本当に嬉しい情報だ。

 その老年期に(老年期だけでもないようですが)充実を感じるポイントに「感謝」があるとも言っていたように思う。「感謝」の大事さについては、ドクターも日頃から思っていることなので、さらにこの感謝感度を高めて、感謝深度を深めて行きたい。

 どう考え、どう行動する、どう暮らすのが、人生の充実に繋がるのかは大きな課題でもあり、自分にも適応されるので、やりがいも研究のしがいもある。これからも、いろんな知見をつなげて、自他の元気が出る生き方を探っていきまう。

 ☆昨日は池の水位を計る日でした。そこから出発していろんなことをしましたが、老年期成熟を忘れないように考え方の修正、充実に繋げて行きたいと思います。先ずは感謝の心で。

Dr.2076 自分らしくはいらないか(9月28日)

 ドクターはよくこのブログなどでも、「自分らしくいきましょう」と言っている(書いている)。それは、周りにはいろいろ言う人があるかもしれないが、そんなことは気にし過ぎず、自分の価値観を大事に自分のやり方でやったらいいんだという意味があって、自分を応援する、自分のやり方でやったらいいんだという気持ちがこもっている。

 ところが、今回本を読んでいると、「与えられた状況に最適化することが大事で、『自分らしさ』とか『自分のこだわり』とかいうものはあってはならない」ということが書いてあった。自分の欲望とか執着を捨て、与えられた状況に感謝し、足るを知る方が心安らかに暮らせるということらしい。

 これは衝撃だった。言われることは分かるし、常から与えられた状況に感謝し、自分にできる貢献をしていくことの大事さは思っているので、後半部分には異論はない。前半部分の自分らしさ、自分の思いを捨てる、こだわりを無くすということにはまだ迷いがある。

 そんなに、自分らしさにこだわっている訳ではないと思っているが、自分の価値観と言うのか、自分の考えは大事にして行きたいという思いはまだ結構強くある。だからと言って、自分の思いを押し通すということではなく、いろんな考え方があるので、自分と違う考え方があることも認めて、それも尊重しながら落としどころを見つけていく。でも内心の自分の思いは大事にしたい。でも、それにこだわり過ぎない、ってそんな感じでしょうか、今のところ。

 これからもこのことについて考えて、より良い生き方考え方を見つけて行きたいと思います。

 ☆自然の中で自分らしく。でもこだわりは静かに。どっちやねん。この中途半端が自分らしいというのかな。

Dr.2075 ボトムアップ型(9月27日)

 リーダー像として、トップダウン型かボトムアップ型かが言われる。ドクターとしては、トップダウン型のような強いリーダーシップはないように思う。そもそも人に強く指示するというのは性に合わない。

 もともと教育(人の成長)には、感化・触発・あこがれが効くと思っているので、自分の生き方や持っているものが人に感化を与えるほどであれば嬉しくは思うが、こればかりはねらっていても始まらない。自分が活き活きと生きて、活動することで、もしかしたらそれに感化を受けてくれる人がいるかもしれない。いれば嬉しいし、いなかったとしても、それはそれで仕方がないって感じだ。

 そういう感じで生きているので、どちらかというとボトムアップ型に近いようには思うが、それを特に意識している訳でもない。人の意見や提案は大事にしたいとは思っているが。

 あえていうななら、自然体型、流れとご縁重視型だろうか。大きな思い(みんなが幸せになりますように)は持っているが、後は流れに任せて、やるべきことをやっていくって感じで生きている。

 ☆車を停めるところの後ろにある引っ付きむし。どこにでも引っ付いてきます。いろんな生き方があります。型にとらわれず、自然体で行きましょう。皆さん、今日も良き日になりますように。

Dr.2074 自分の思いプラス(9月26日)

 職場の会議で、来年度や今後の人生設計を考えることもあるだろうが、子どもたちには「夢と希望」を大切に自分の思いに向かって進むように言うが、大人になってくると自分の思いプラス、ご縁や流れ、いろんな絡みで人生の方向が決まっていくということも理解してほしいと話した。

 自分の思いややりたいことを大事にするのは勿論いいことだが、それが叶わなかったら絶望したり、やる気を無くすというのも違うように思う。いろんなしがらみと言うのかいきさつが絡んでくるのが人事なので、自分の思いとは少し違っても、その時回って来た(やってほしいと頼まれた)役割を自分らしく果たしていくことも大事な生き方であると思うと話した。

 人から頼まれる、その役割が回ってくるということは、自分の力や個性を期待されてのことなのだから、それを受けて自分らしくやって行くというのも、大事な貢献、生かされている理由と考える。

 勿論、そんな受け身の姿勢だけでなく、自分から積極的にやりたいことに向かって進んで行くというのも、ありの生き方だとは思う。自分の思いで行くのか、任された思いを引き受けて行くのか、どちらの要素をより大きく膨らませるのかも、ドクター流に言うと、「流れとご縁である」。

 ドクター人生振り帰ると、「自分の意思」だったことも(教員から指導主事になるコト、市会議員に立候補したこと等)、自分以外の意志に従ったことも(教頭になったり、独立校の校長になったり)、流れと意思が入り混じったことも(法学部から教員を選んだこと、現在の役職等)あったように振り帰る。

 どの要素が強い選択をする(選択になる)のかどうかも、大きな意思のお導きであるように、今では思っている。

 ☆昨日見た美しい景色。自分の意思を大事に、それ以外の要素もあるということも理解して、今日も一日元気に行きましょう。

 

Dr.2073 幸福は「ある」もの(9月25日)

 幸福は「なる」ものではなく、幸福は「ある」ものということを本で読んで学んだ。これは時々自分でも大事にしたい考え方だと思っていたことだ。今生きて、生活できている、このことが既に幸せな事で、全てはそこから出発するということ。

 「幸せ」だから、上機嫌で笑顔でいられ、人や社会にも貢献できる。生かされて居場所が与えられていること自体、大きな幸せである。加齢とともに老化や役割の変化はあるが、「ちょうどいい老化」と思って、人生や体力の変化を受け入れ、それに応じた生活を機嫌よく送る。

 そういう意味でも、自分が既に「幸福」であることに気付くことは大切な事。幸せはどこか他所にあるのではなく、今のこの生活の中にある。今の生を大事にして、そこにある幸せを味わって生きる。

 人を羨ましがるのではなく、自分に出来ること、やらなければならないこと、今ある幸せ(今の季節なら、野に咲くススキの穂の美しさを愛でることが出来る等)に気付きながら、じぶんおやれることをボチボチ楽しみながらやって行きましょう。

 ☆昨日は丹波篠山市であった、「水曜どうでしょうキャラバン」にこんな格好で出演しました。こんなことが出来るのも、多くの皆様のお陰とご縁です。幸せなことです。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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