Dr.670 一期研修会と雨中田植(5月17日)
先日二日間の市会議員一期研修会が終わった。ドクター丹後新人議員はこれまで疑問に思っていた初歩的な質問を担当部署の方々にぶつけた。「丹波篠山市の財政状況が悪いのは何故ですか」「市の水道料金が高いのは何故ですか」「兼業農家への補助制度はありませんか」「市内に空き家はどれぐらいありますか、又どのようにして把握していますか」「農地付き空き家の遊休農地の認定をもっと簡単にできませんか」「市内に子どもの遊び場を作る予定はありませんか」「高城山の整備はどうなりますか」「ざつ紙の回収は常時できませんか」等々。基本的な質問過ぎて恥ずかしいほどだが、一期生の今なら聞いても良いだろうと思いっ切って尋ねてみた。みんなそれなりの回答を頂いたが納得できるものばかりではない。かと言って市職員の皆さんを責めてばかりでも始まらない。要は協力して知恵を出し合い市の課題を一つでも良い方向にもっていくのが大切だ。この日の初心を忘れないように、疑問に対する自分なりの答えの精度をあげて、解決策を提案できるように勉強していきたい。ところで昨日の土曜日は雨天だったがこの日しかないということで、遅れていた田植えをやった。雑な田植えだがほぼ終わらせることが出来た。早く百姓仕事に区切りをつけ、市の絶こうちょう化に向けた課題の勉強・解決に時間を使って行きたい。
☆一期議員研修会会場と雨中田植え。これからも議員活動と百姓&冒険教育の両立を目指してがんばりま~す。


Dr.669 一期議員研修会(5月15日)
昨日と今日二日間にわたって一期議員の研修会が朝から夕方までびっしり開かれる。新人議員3人も大変だが、その所管事項の説明に大勢の市職員の方が次々に来てくださる。一言もしゃべらない方もいらっしゃるが、3人が何を質問するか分からないので、それに答えられるように備えて各担当の方が顔を揃えられるのだろう。前例かもしれないが、3人のために10人も20人も市幹部の方のお時間を頂くのは気が引けるし、市政に支障が出るのではないかと気が気でない。その分しっかり学んで、一日も早く一人前の議員になって市民のための政策を考えろといわれるかもしれないが、性分なのかこれまでの人生経験からなのかこのような丁寧過ぎる対応には慣れていないので落ち着かない。そういえば選挙運動でも大勢の地元の方にお世話になって申し訳ない気持ちで一杯なったが、その時選挙事務所幹部の方から「お世話になる時にはお世話になり、その分しっかり(議員活動で)恩返しをしたらいい」と諭されたが、理屈は分かるがやはり目の前で多くの皆様が自分(達)のために動いてくださるのを見るのは落ち着かない。もしかしたら自分は議員に向いてないのかもしれない。その結論を見極めるのはもう少し後にして、ともあれ今日もしっかり学びます。
☆昨日の資料を復習するドクター丹後。議員に向いているのかどうなのか天の判定が出るのが楽しみです。もちろんそれまで全力で活動します。

Dr.668 地域の実情(5月14日)
丹波篠山市議会のドクター丹後が属する会派例会の後、JR篠山口駅東口側の空き家状況を視察した。駅前の便利なところに、こんなに多くの空き家があることを知りビックリだ。空き家の対応については所有者の意向もあり簡単ではないが、窓ガラスも割れ屋根瓦もいつ落ちてくるか分からない状況は放っておけない。具体的にどのような動きをすれば状況が改善するのかは先輩議員の皆様の動きを参考に勉強させていただき少しでも状況が良くなるようにしていきたい。それにしても、駅前の一等地がこんな状況(空き家も多く壊れかけの家も数軒ある)になっているとは思いもよらなかった。地域の実情は他所から見ているだけでは分からないのだという思いを強くした。それぞれの地域には良い所もあれば課題もある。その実情はその地域に住んでいる方が一番よく知っておられる。これからも市内各地域の実情を知る方の声を丁寧に聞くとともに、自分の住む地域の実情をしっかりと届けていきたい。ここから話はいつものように人生論に脱線するが、各家庭や各個人の実情もその家庭、その本人でないと分からないことがあるということも押さえておかなければならない。傍からいくら恵まれているように見えても、内実は思いもかけないことで悩んでいるということもある。悩みの大小は一般論では片付けられない。学校時代の話だが一回のテストの赤点(例えば15点)を何とも思わない子もいれば死ぬほど悩む子もいる、そういうことが大人の世界にもいっぱいある。
☆昨日の会派議員の皆さんと行った駅前東側の空き家状況視察。今朝のわが村の堤防落水状況。各地域には各地域の素晴らしさと大変さがある。言うまでもなくドクター人生の恵まれたところと大変さもある(大変さの中には身から出た錆も多い)。







Dr.667 固定観念を疑おう(5月13日)
人口減少は全国的な傾向なので、自分の市町の人口減も止めることはできないと考えるのは固定観念にとらわれている。市の絶こうちょう化でも人生の生き方にしても固定観念にとらわれずに柔軟に考えた方が発想も広がり解決策も見つけやすいし、生きやすくもなる。唐突な話だが、先日ふとしたことから「顎髭は剃らない方が清潔だ」という話を知った。何でもその研究によると医療従事者などが毎日顎髭を剃るとその切口から細菌が侵入するので、衛生的には顎髭を剃らない方が清潔ということだ。一般的には顎髭は剃っている方が清潔感があるように思われているが、それは固定観念と言うのか通常の見方で、一歩進んでその考えを疑えば、髭を剃らない方が衛生的と言う合理的かつ一般論とは正反対の結論が得られる。顎髭の話から市政の革新や絶こうちょうの人生論まで話を持っていくのは行きすぎなような気もするが、何事も一般常識や世間の見方にとらわれない柔軟な思考(固定観念を疑うこと)が思わぬ解決策や生き易さにつながるというのは言えるのではないでしょうか。
☆昨日は議会広報委員会が早めに終わったので昼から田植え機を移動していたら、(選挙があったのに)もう田植えが出来るのかというお声を聞いたが、田植え機を動かしたからと言って田植えが直ぐにできる状態にあるというのは固定観念です。時間がある時に移動させただけで、田植えはまだ先です。ドクター丹後の微妙に伸びた顎髭、顎髭は伸ばした方が衛生的であるとか何とか言ってますが、単に剃るのが無精なだけかもしれません。何でも言説は鵜呑みにしてはいけないってことですかね。


Dr.666 不要不急の人生論(5月12日)
本日の新聞でYさんが「自分の人生は不要不急みたいなものだ」というようなことを書かれていた。新型コロナウィルス感染拡大とともに言われだした「不要不急の外出は控えて家にいてください」という言葉に触発されて書かれた文章だとは思うが、眼下のコロナ問題を離れて哲学と言うのか人生論としての色合いが濃いい。ドクター丹後としても、現実生活では特にこの5月から始まった市会議員としては、その案件が必要なのか不要なのか急ぐのか急がないのかの判断は必要だが、自分の生き方と言うのか人生論としては不要不急の判断は急がない方が良いと思っている。そもそも自分の人生の意味(何のために生きるのか)が分かってはじめて、それに照らしてこの出来事は必要なのかそれほど必要でないのか是非とも急ぐのか何時でも良いのか等の答えが出てくると思うが、その根本の人生の意味論にはあまり踏み込まない方が自分の生き方として良いと思っているからだ。勿論生き方は人それぞれで、自分の人生の意味を追い求めて果敢に生きる人生を選ぶ人があってもいいが、ドクターの性格やこれまでの人生経験からは、「人生はただ生まれ、運命や様々なご縁に導かれて自分にやれることをやれる範囲で精一杯やって、お迎えが来たら終わる」それ以上でもそれ以下でもない。人生を粗末にするつもりはないが、あまり大層に考えすぎると却って息苦しく折角の人生をしくじるように思う。自分には流れにお任せして、たんたんと朗らかに上機嫌に絶こうちょうに生きるのがあっている。
☆自分の家から見える山の中の藤が奇麗だ。たまたま丹波篠山市のこの田舎にこの家系の中に生まれこの時代を生きている。昨日のような晴天もあれば雨の日もある。人生論としては「不要不急」にとらわれない方が性に合っている。





