Dr.1074 秋晴れ(10月4日)
秋晴れの週末、行事やら研修会やら参加しながら合間を縫って農作業をした。
秋晴れの気持ちの良い天候を活かしたレジャーとはいかなかったが、何をするにも気持ちの良い天気だ。
自分のペースでする農作業もいいもんだが、ドクター的には週2日、週末農業で十分って感じ。これが毎日なら堪能してしまうような気がする。
とすれば、今の週5日は農業以外でするべきことがあって、週末農業のライフスタイルは悪くないということか。それに、農業でも農業以外でもそれが出来る健康というのか、身体が動くことの有難さを感じる。
年々体力の衰えは感じるが、それは仕方ないことだし、落ちた体力でも日常生活が滞りなく送れるというのは、有難いことだ。
今日も、これからも自分に出来ることややらなければならないことをやりながら、身体と心の健康を保ちながらボチボチやっていきたい。そうしてると、時々ちょっとした嬉しいことがある。
小市民的プチ幸せの日々の過ごし方かもしれないが、これ以上の欲には気を付けたい。
☆池の測量から始まったこの週末、いろんな行事や研修に元気に参加できました。これって幸せなことですね。退屈する間もなく週末が過ぎる、有難いことです。




Dr.1073 本を買う(10月3日)
あんまり本を買う方ではないが、それでも年間何冊かは購入する。
これまでは、「生き方」や「定年後」に関するものが多かったが、今回『うまいこと老いる生き方』という高齢期の生き方にに関する本を買った。
やはり、定職を退いた後の生き方が気になる。書かれていることは、
「こだわりを捨てボチボチで」
「人生は終わってみないと分からない。だから(結果を気にせず)目の前のことをせっせとやる」等
ドクターが普段このブログで自他に言っていることとそう変わらない。
「まあいいか」「しゃあない(仕方ない)」「機嫌よく」などの言葉も、自分も使うしこの本でも使われている。
ということは、ドクターの生き方・考え方はこの本を書かれた精神科医お二人とそんなに違わないということか。
ドクターもこれまでいろんな本や話を聞いて今の自分の考えがあるので、どこからがオリジナルでどこまでが受け売りか分からないけど、今では「大雑把、大体で生きる」というのが自分の生き方になっている。
性格もあるので、このざっとした生き方の勧めがどこまで通用するかは分からないけど、多くの人にはヒントになったりするのではないだろうか。少なくとも、未だに生き方摸索中の自分を落ち着かせるには役に立っている。
これからも、時々本を読んだりしながら、楽に生きられる考え方やヒントをこのブログで発信して、自他を励ましていきたい。
☆久しぶりに購入した高齢期の生き方に関する本。ドクターもいつかは自分の考えを本にまとめてみたいが、「こだわってはいけない」という考え方と、「やりたいことはできるうちにやっておこう」という二つの教えがせめぎ合う。結局は流れに任せよう。

Dr.1072 首長の器(10月1日)
県立高校の存続を要望する市町の市町や町長のオンライン会議に立ち会わせてもらった。
この日のオンライン会議に出席したのは、うちの市長も含めて5名。皆さん自分の主張を明確に話され、リーダーシップを感じた。何とも言えない首長の器というのか存在感があった。
前に教育長の会議や集まりに参加した時にはそれほど自分と違和感を感じなかったが、やっぱり市長や町長と言う自治体のトップをやろうという人にはオーラがある。
夫々の役割なので、どちらがどうとか言うのではなく、各自の特色が生かせる立場に立つのが良い。自分の器や色にあった役割が良いと思うが、なかなか自分だけでは決められず、自分で自分のことが完全に分かっているかと言えばそうでもない。
ここはやはり、人の目や流れやご縁で務めることになった役割をやらせてもらうのがいい。ドクターの今の役割が自分に合ってるのかどうかは分からないし自信はないが、やる流れの間は精一杯やらせていただき、違う流れになればそれに従うだけだ。
かたよらず、こだわらず、流れに従い、流れを信頼して、自分の生を行けるところまで行きたい。
☆関係市長・町長のオンライン会議。やっぱり首長の皆さんの器は大きい。


Dr.1071 若者の力(9月30日)
母校の高校で行われた「地元で働く先輩の話を聞こう」講座を覗いてきた。
全体の進行をする人も含めて、40代までの若者が高校生に、地元就職や大学受験、仕事を決める、人生を生きるヒントを熱く語っていた。
ドクターもこれまで高校生に参考になればと、「夢や目標は無くても何とかなる」「今を機嫌よく生きのが大事」みたいなことを話してきたが、年齢の差が広がるに従って、そういう役はより年代の近い若者に任せた方が良いように感じた。
感性が近いし、話題も共通性がある。これからは何でも自分が自分がと出しゃばるのではなく、後進に道を譲ることもありだと思わされた。
何でもかんでも道を譲ってすることがなくなったら寂しい気もするが、どうせ最後は体力的にも能力的にもできることはそんなに多くはないだろう。
それよりも、世代交代、文化の継承を考えたら、やはり若い人がやる方が良いことは若い人に任すのが良いように思う。
自分の年齢の役割や自分の適性・個性を考えて、やらなければならない役割、やるように頼まれた役割を果たしていきたい。
年齢と共に役割が変わっていくのは、自然なことだ。こだわらず展開を楽しむぐらいの気持ちで行きたい。
☆母校の体育館から見た光景。10代で見た景色と60代で見る景色は同じようで同じでない。年齢と共に変わっていく心情や役割を楽しみながら、若い世代に任すところは任せたい。

Dr.1070 パフォーマンス力(9月29日)
昨日のパラリンピック柔道選手(プエルトリコ 視覚障害)とホストタウン丹波篠山市の篠山小学校6年生とのオンライン交流会冒頭あいさつで、中学校時代にやっていた柔道の技「内また」を見せたドクターに、その小学校の校長先生から褒めていただいたのがこの「パフォーマンス力」だった。
この頃滅多に褒められることが無いので、人から褒められると嬉しいし元気が出る。
でもこの「パフォーマンス力」って何だろう。人前で物おじせず何でも恥ずかしげもなくやってしまう力のことだろうか。これが力量に当たるのかどうかは分からないが、確かにドクターは人前が好きと言うのか動じない所はある。
よく人前で緊張していつもの力が発揮できない人がいることを思うと、人前で緊張はするが(結果を気にせず、どうにでもなれと思うからか)やりたいことはやり、言いたいことは言える。
誰にも得意な分野や秀でたところはあると思うが、ドクターの場合はこの「人前力」(パフォーマンス力よりこっちの方が自分には合ってるように思うんですが)だろうか。
この力が何の役に立つのか分からないが、これまでを考えると、校長の時の自校のプレゼンを中学生や保護者の方にした時、市議会選挙時の市内地域のあちこちでやった辻立演説の時などは楽しくできたのを思い出す。
欲を言えば、市長のような論理性や説得力、突破力、それを支える記憶力や熱い思いなどに魅力を感じるが、「人には人の思いや理由があるだろうから無理は言えない」「人生なるようにしかならない」「まあいいか」「仕方ない」「ぼちぼちいきましょう」みたいな生き方のドクターには望むべくもない力量のような気もする。
こんな大体で生きる人間には過ぎた「人前力」。折角の力なので大事にしながらボツボツいきたい。
☆この前、篠山城跡前で見かけた実証実験車。こんなん直ぐに撮る「カメラ持ち歩き力」もあるんですけど。何の役に立つんでしょう。


