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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.862 がんばらなくて良い(12月26日)

何人かの方にこの一年のお礼と議員活動の報告をさせて頂いた。その中のお一人に、これまでからドクターの心の支えでありいつも適切なアドバイスをくださる方がおられる。いろんなお話をした最後に「これからも自分の出来ることをがんばります」と話したら、「頑張らなくても良い。あなたは頑張りすぎるとしんどくなるので、いつもの自然体でいればよい」みたいなことを言っていただいた。この言葉を聞いて心がずいぶん心が楽になったのと、自分は自然にやっていても人の役に立っているんだという安堵感をいただいた。心配性のドクターに過度なストレスを与えないようにとの配慮から出た言葉であろうから、この言葉で慢心しないようにしないといけないとは思うが、「がんばらなくて良い」という言葉は不安症の人には元気を与える。要は自然体で元気を持って自分のペースで事に当たれということだ。頑張り過ぎたり、心配し過ぎたりすれば、本来のその人の良さが出ない。決してさぼれということではないと思うから、自分の出来る範囲で、ほどほどにしっかり自分の役割(流れでやるようになったこと)をやって行きたい。アドバイスありがとうございました。

 ☆妻から頼まれた息子の机の組み立て、ほどほどにがんばって何とか出来た。

Dr.861 おっさん体育(12月25日)

齢を取ると体力が無くなると嘆く人が多いが、若い時ほど体を動かしているのかと尋ねたい。年齢が行くと生物学的に身体能力は衰えるとは思うが、それに加えて身体を動かす(鍛える)時間の不足もあるのではないか。小中高(大学時代も含んで)の時には1週間に3~4時間の体育の時間があったはずだし、運動部ならほぼ毎日激しく身体を動かしていた。それに比べて歳が行くと、特に定年後に継続的な働き口がなくなると、意識的に身体を動かそうとしない限り、運動する時間は少なくなっているのではないか。これでは体力低下するのは当たり前だ。定年後元気でいるためには、週に3~4日、あるいはそれ以上に身体を動かす時間を学校時代の体育の時間(いわば「おっさんおばさん体育」)と思って設定するようにしたい。時間があるのだから、そして放っておくと体力が低下するのだから、若い時よりも体育の時間は多く取りたい。ドクターはほぼ毎日トレーニングか農作業で汗を流すようにしているが、それでも少しずつ体力が衰えてきているのは感じる。これで運動時間がなくなれば、その低下度は怖ろしいほどだ。トレーニング仲間も、「少し(トレーニングを)休むと、今まで出来ていたことが出来なくなる」という人は多い。「体育の時間」以外にも、国語(読書)や芸術(音楽等)、英語(ラジオ英会話)などの時間も一週間の時間割の中に入れるようにしたい。若い時より多く時間をとらないと衰えていくのは当たり前なのだからがんばって時間割を充実したものにしたいが、若い時ほど能力が伸びなくても良いという気もするので、時間割を詰めすぎるのも考え物か。でもやっぱりそこそこの時間割はあった方が良い。

 ☆昨日で議会が終わって議場がある市役所4階の掃除を同僚と共にしたが、定年後時間割には「掃除の時間」も入れる必要があった。

Dr.860 お手本(12月24日)

校区まち協の青パトに参加した。自動車に青色回転灯とスピーカ―をつけて防犯や交通安全の呼びかけを行う活動だ。昨夜は3人で回ったが、そのうちの1人が間もなく80歳になるTさんで、自動車提供も運転もかって出てくださった。Tさんは自治会長をはじめ、いろんな地域・市内の役を長年にわたって務めておられる。普段は農業を中心に元気で活動され、地域の顔として立ち寄る人も多い。ドクターも長年にわたってお付き合いをさせて頂き、その人柄や人のために労を惜しまない姿勢は、人生の先輩としてお手本にしたいと思っている。特に定年後に自分のペースで、流れでやってくるいろんな役を引き受けながら、楽し気に生きられる姿は参考になるし、自分もこうやって生きられるとすれば安心だと思わせてくれる。こういうお手本が身近にあるということは幸いなことで、これからの人生に安堵感を与えてくれる。このお手本Tさんを参考に、自分流の流れ成り行き人生をつくっていきたい。

 ☆青パト時のベストを着けて、昨夜の先輩Tさんの言動を思い出し、やっぱり人生のお手本にすべきと確信するドクター。お手本があると安心して、それをもとに自分流が摸索できる、頼りになる大先輩だ。

Dr.859 関わり(12月23日)  

午前中かかって苦手な事務作業(書類作成、宛名書き等)をして、午後からその書類を配って回った。一連の業務は流れで引き受ける羽目になった事務局の仕事で、苦手なことをするのはストレスもあるが、引き受けた手前途中で止めるわけにも行かず、一心不乱に取り組んだ。昼からの関係者回りは結構面白く、こんなことでもないと話さないような方々と会ったり、話をしたりするのは貴重な機会になった。お会いする方々とは狭い市内ということもあって、何らかの関りがあったり共通の話題があったりする。そしてやはり人と関わることは面白く、定年後に決まった組織で働かない者にとっては、元気に生きるためにも必要なことだ。定年後にうつ病になったり元気を無くす大きな要因は、心理的な不安だということを読んだ。成り行きで時間は過ぎていき、年金等で最低限の生活は保障されるとすれば、気持ち的に「これでいいんだ」とさへ思えれば、物理的生活的には生きるのに困らない。ところが「生きがい」や「孤独感」や「将来(死も含めて)への不安」などの心理的な差し障りが大きいと元気に生きていけないという。その点から言うと、不得意な業務をしなければならなくなった成り行き事務局だが、やる事は多くあっという間に時間は過ぎ、心理的な不安を感じている暇はないとい一利はあるということか。でも、やっぱり関りは面白いけど苦手な作業は御免こうむりたいと思ってしまう。ここでも一つ良ければ一つ厄介なこともあるという人生に共通の法則が当てはまる。

 ☆成り行きで引き受けることになった役のお陰で、いろんな関りの場所を訪問し、多くの人と関りは持てた。苦手な作業は嫌だが、関わりは面白い。世の中何でも一長一短。

Dr.858 助け合い(12月22日)

少し前から夜寝るときに口が空かないようにシールを貼って寝ている。これを貼る前は口で息をしていたようだ(自分では分からんけど)。ドクター鼻の穴は細く、以前には胃カメラを鼻から入れようとしてダメだったので、再度口から入れたほどだ(それ以来胃カメラはしていない)。そのせいかどうか、横になると鼻が詰まることが多く、寝る時口を開けることが多いようだ。このシールを貼ると口呼吸は出来ないので、強制的に鼻から息をするしかない。そうなると鼻が危機感からか、どちらかの穴は詰まらなくなった。通常は左穴が通っていて、右が詰まってることが多いが、時に左が詰まると右穴が通るようになる。両方通ることもたまにはあるが、一方が詰まればもう一方が通る左右鼻の穴の助け合いで今のところ両方とも詰まることはなく、息苦しくてテープを外すということはない。口にテープを貼るという(鼻で息をするしかないという)差し迫った状況を無理とにでもつくったので、それまでは口に頼りがちだった就寝時の呼吸において、左右の鼻の助け合いが起こったということだ。おかげで寝る時の呼吸が楽になったし、この「厳しい状況が助け合いを生む」という教訓を得ることが出来た。この教訓は他の人生場面にも当てはまるし、市政の課題の地域づくりにも当てはまる。ただ助け合いを得るために厳しい状況を作るというのは筋が違うし、この教訓をどう生かすかをあまり考えすぎると寝られなくなり、折角左右鼻の助け合いで得た熟睡の恩恵を無駄にすることになる。

 ☆お見苦しい寝姿をお見せして申し訳ありません。このスヤスヤテープのお陰で「助け合い」の教訓をつかむことが出来ました。下はお目直しの冬風景です。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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