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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.1497 今年も良い年に(1月2日)

 今年も良い年になりますように。一般的なあいさつだが、本当にそう思っている。中には、「なりますように」というのが、人任せで主体性がないという人もいるかもしれないが、「流れやご縁」を大事に思い、昨日は「運命」という言葉を使う方にも出会ったドクターとしては、神か仏かサムシンググレイトか呼び名はともかくとして、人知を超えた大きな存在を大切に思うし、その大きな存在に「よろしくお願いします」と願うのは自然な気持ちだと思う。

 逆に「自分が頑張る」」というのか、「その時点で出来ることに精一杯取り組む」というのは当然のことだと思うから、自分が出来るだけがんばった上に、人知を超えた存在によろしくとお願いして、その流れを信頼して、今年のやるべき道を歩んで行くことが大事だと思っている。

 長く生きてくると、一年の出来事はあんまり変わり映えもしないように思うけど、それでもその年ならではのことはいくつか起こる。昨年は母が86歳で死去したので、今年の正月は祝い事・賀状等なしで過ごしている。

 1月1日は今田元旦マラソンに参加した後、元旦からいきなり田んぼを鋤こうしたら、トラクターがにえこんで動けなくなり近所の方に助けてもらって、その後鋤けるところだけ鋤いたので辺りは暗くなってしまった。

 新年早々トラクターがにえこむとはついてないように思われるかもしれないけど、救出してくださるご近所の方がおられたり、元旦マラソンでも良いことがあったし、流れに凸凹はあるけど、総じて元気で生きていられることは、大きな祝福を頂いていると思う。

 今後(今日から早速)その頂いている祝福を自分だけに留めず周囲の方にも広げて行きたい。笑顔でボチボチですけど。皆様ご一緒に上機嫌な一日を歩んで参りましょう。

 ☆今田元旦マラソンでは、最後尾ランナーの大役果たしました。いろんな方にも出会えました。有難いことです。

Dr.1496 開運(1月1日)

 明けましておめでとうございます。

 本年も皆様によって良いご縁・良い流れの年になりますように。

 「人生は運である」ある将棋の名人がおっしゃっていました。比べるのもおこがましいですが、ドクター流に言うところの「人生は流れとご縁である」というのと、似ていると思います。

 「日々是好日」これもよく使われる言葉ですけど、人生で出会ういろいろなことを好日にして行きたいものですね。生かされているだけでもありがたい。いつまで生きられるかは分かりませんが、最後の日まで明るく、日々を機嫌よく生きたいものです。

 日々を機嫌よく生きる、言うは易く行うは難しですけど、物事の良い面を見て、明るくたんたんとあゆんで行きましょう。

 これも今年も多用すると思いますけど、こういうことは分かっていても、なかなか日々思い通りにはいかないものなので、焦らず腐らず「ボチボチ行きましょう」。

 少しでも生き易くなる考え方、生き方、いろいろと探求、試していきたいと思います。先ずは今日一日を機嫌よく、その積み重ねで参りましょう。

 ☆一日前のですけど、ご来光です。テキトーですみません。こんな感じですけど、今年もお付き合いの程よろしくお願いいたします。

Dr.1495 あと二日(12月30日)

 令和4年の終わりまで後2日となった。年末年始と気忙しいが、どの一日もいつもの1日と同じく大切なもの、365分の一の重みは一緒と言うことを、昔の青春ドラマ(さらば青春やったかな)から学んで、今も大事にしている。

 確かあのドラマは大晦日でも普段通り練習していて、「今日ぐらいは休もう」という生徒に監督やったかコーチやったかの主人公が、先のセリフ「どの日も365分の一」を言うシーンがありました。

 そやからという訳ではないけど、ドクターの年末はいつもと同じようにバタバタしている。昨日は、家にあった古い布団をゴミ処理場に持って行って、お墓掃除して、田んぼ鋤いて、夜は帰省中の子どもたちと回転ずしを食べに行った。

 出勤はしないし、子どもたちもいるので、普段の日とは違う行事も入っているが、基本的にはしなければならないことを出来る範囲で精一杯、でも頑張り過ぎずに自分らしくやってバタバタと一日を過ごし、一杯飲んでバタンキュー。

 これが一日を大事にしてるかどうかは分からないし、もっといろいろできそうにも思うが、理想通り行かないのが人生、できるだけのことをやったらあとは「まあいいか」「ボチボチ行きましょう」で心を落ち着かせる。こんな感じで今年も暮れようとしています。皆様お元気で良い年の瀬を。いつもと変わらない一日ですけど、時期が年末なのでこの時期に言う特別なあいさつですけど、思いは変わりません。「流れとご縁に任せてボチボチ行きましょう」です。

 ☆バタバタの年の瀬の隙をついて田を耕しました。時間切れで途中になりましたけど、出来ることはできる範囲で精一杯がんばりました。皆様良いお年を。来年もよろしくお願いします。

Dr.1494 仕事納め(12月29日)

 昨日仕事場の仕事納めの会があった。いろいろあったけど、何とか仕事納めまでこれたことを感謝しています。毎日が出来事の連続で、気の休まる日はなかったように思い出すが、それでも東京行ったり山口行ったりと出張にも行けたし、時間を見つけては現場へも足を運べた。

 現場に行くと、子どもたちや利用者の方がおられ、そこでは活き活きとした姿が見られ、自分も元気をもらっているように思う。その現場へ何度か足を運べるということは、時には気の休まる時もあったということか。

 それでも総じて思い出すのは、次々と案件が出て来る毎日で、その日一日を終えるのを目標に日々を過ごした姿だ。何とか一日を終えて、トレーニングで汗を流して一杯やって寝る、その時を楽しみに一日を何とかやりくりする、そんな日が多かったように思い出す。

 仕事納めまでたどり着いた今、思うのは、大変なことも多いけど、ストレスも多いけど、それがなくなれば平安な日々が続くとは限らないのではないかということ。何もこれと言ってする予定がない日々と言うのは、今度は毎日何をして過ごそうかと考えることにエネルギーを使い、小人閑居して不善をなすの言葉通り、よろしくない思いが渦巻きそれはそれでしんどいのではないかということだ。

 どちらにしても心配の種は尽きないか。心配しても仕方のないことの心配はしばらく置いて、まあ束の間の休みで英気を養います。皆様も良い年末を。

 

Dr.1493 黄金律(12月28日)

 「ブログ見てます」や「この間のあいさつは良かったです」なんて言われたら嬉しくなる。いろいろ心労もある日常だけど、一気に吹き飛ぶほどの元気を頂く。

 「自分がしてもらって嬉しかったことは、人にもしてあげたい」、これ誰でもどこでも通用する黄金律の一つの様です。教えてもらったのですけど。

 自分がしてもらって嬉しかったこと、元気をもらったことや、人の役に立つだろうと思うことや、言葉かけは努めてやっていきたいとは、以前から思っていた。

 はじめは意識して、ちょっと無理があってもやるようにしていれば、それが習い性になって、自然とあるいは無意識にできるようになるかもしれない。なんせ無意識の域まで達すれば、やったかどうかも覚えていないようになるのだから、後は自分を信頼するしかない。

 自分を信頼していても、思いがけず意図でもなく相手に悪く取られる時がある。これも出来るだけ用心して防ぐようにしなければならないと思うが、これも無意識のことなのでなかなか改善が難しい。

 自分を信頼して、無意識で自然体に行動しても、人を傷つけず、逆に人に元気を与える、そんな人間性を目指していきたい。本当にそう思うが、なんせ到達地点は無意識の境地なので、なかなか達成度を図るのが難しいとは思うが、ボチボチやって行きます。

 ☆人にしてもらって嬉しいかったことをする黄金律を心に夕陽を見る。昨日の写真を覚えていなかったなどが溶けました、2年ほど前の写真フォルダを今年のと勘違いしてました。などは溶けて良かったけど、つかんだ黄金律は溶けないようにがんばります。ボチボチですけど。皆さんご一緒に良い年末を。まだ明日も書きますけど、こちらのブログは。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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