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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.1081 全ては人間関係(10月12日)

 「人生のほとんど全ての問題は人間関係」という、心理学者アドラーの言葉がある。

 そりゃ他にも、健康問題や金銭問題など人間関係以外にもあるとは思うが、どこかの過程で人間関係が絡むことは多く(人間関係のストレスから病気になったり、人間関係がうまく行かず仕事が続けられない等)、悩みの多くには人間関係が絡んでいるのは間違いない。

 そうだとすれば、人間関係を良好に保つことは非常に重要と言うことになる。

 そして、人間関係改善の要諦はは「相手を変えようとしたり、相手のせいにしないということ」だと思う。これは人生哲学者ドクターの言葉。

 「他人と過去は変えられない。変えられるのは自分と未来」「どうしようもない(変えられない)ものはどうしようもないので、こだわらない」というのも、これまで生きて来ての人生訓だ。

 これらのことから、人間関係に不調を感じたら、自分の行動か考え方を変えるしかない。自分が変われば相手も変わる可能性はある。変わらないとしても、自分が落ち着く考え方(それがドクターの場合は、流れや成り行き、ご縁に任す)が出来れば、悩みも落ち着くのではないでしょうか。

 言うほど簡単ではないとは思いますが、何もしないよりはずっといいので、やってみる価値はあると思います。さあ皆さんも、流れ派にご参加くださって残りの人生を楽しみましょう。

 ☆毎日の天気のように、どうしようもないことには拘らず、それを受け入れた上で、出来ることをやって行く。そんな感じでしょうか。

Dr.1080 世間遺産(10月11日)

 丹波篠山市はユネスコの世界遺産に登録されている。他にも日本遺産や日本農業遺産など沢山の遺産に登録されている。

 世界遺産のパロディーだと思われる世間遺産をテーマに若者の力をアップする講座が開かれ覗いてきた。

 世間遺産とは、そこらにあるもの、あるいはあったモノだが、何時のまにか見過ごし、忘れかけられているもので、しかし懐かしく大切なモノっていうコンセプト。

 これを探すことで、日常で見逃してしまいそうな大切なものを再認識するという面で意味があると思う。

 誰もがやがて年老いて若さや生命を無くしていくのだから、残されたものは遺産になるわけだが、出来れば命ある間にその大切さに気付き、生きてる間に大事に扱ったり味わったりできたら良いのにと思う。

 これに参加したのを機に自分もつい見逃していたり、(いっぱい)ある間はそのものの価値にきづかなかったりすることに気付き、感謝して大事に味わい深く味わって生きたい。

 もしかしたら、仕事帰りによく行くトレーニングジム何かも、体調崩したり、高齢になり過ぎたり、施設が無くなってしまったりすれば味わえないものだ。ドクターにとっては、スポーツセンター(トレーニング室)が世間遺産かもしれない。

 ☆こんな古看板が世間遺産か、下のような風景も写っている人も含めて世間遺産かもしれない。大事にしたい。

Dr.1079 変わらない(10月10日)

 昨日の休日は天候にも恵まれ、いろんなことを経験させてもらった。

 その中に高校時代剣道部仲間との、黒豆収穫パーティーというのもあったが、遅れて駆け付けたドクターが、「こっちの人にこう言われればそれはそうだと思い、また別の人にああいわれればその通りだと思ってしまい、結局揺れ動くというのか優柔不断のようになってしまう」と悩みを打ち明けると、

 「それは前からや」と言われてしまった。

 結局、人ってあんまり変わらないということか。そういえば、高校時代以来の仲間もそんなに変わらないように思う。

 もちろん、仕事やこれまでの人生体験によって変わった部分もあるだろうが、人間の本質と言うのか、根っこの傾向は変わらないっていうことだろうか。

 そうなら、一層開き直って、地で行くしかない。どこまでいっても、「優柔不断」「中途半端」「適当」「

いい加減」「大体」「まあまあ」な自分なら、それを悔いてばかりでなく、活かしていく方向を考えるしかない。

 まあ、ボチボチ取り組みたいと思います。きっとこの傾向を活かす道があると、これは珍しく結構しっかりと信じています。

 ☆剣道部仲間との集まり。みんな変わっているようで変わっていない部分も多いです。

Dr.1078 多様な仕事(10月9日)

 生涯一つの仕事に打ち込む「その道一筋」という生き方もあれば、多様な仕事に関わっていくという生き方もある。

 どちらがどうとは言えず、人それぞれ、自分の思いや偶然、巡り合わせ、ご縁、それこそ流れで決まっていくのだろう。

 教職員には多くが就職から定年まで、あるいは定年後も、教育畑一筋と言う人が多いように思う。

 その点、市役所職員の中には全く違った分野を経験される方がおられる。ある人などは、高齢者相手の部署から幼児相手の部署に異動になった。もちろん、同じ部署で最後まで行く人もいる。

 ドクターの場合は教員から指導主事になったので、不登校施設や野外教育施設でも働いた。その後は教育事務所や管理職も経験した。定年後はまた変化に富んでいる。とは言っても、多くは教育分野であり、同じ分野と言えば言えなくもない。完全に違う職種を経験される人とその道一筋の人との間と言うことになるだろうか。中途半端と言えば言えなくもなく、性格と相まって自分らしい。

 完全に同じ仕事ならマンネリや飽きを感じるだろうし、完全に別の職種に飛び込むほどの勇気はない。ほどほどの変化があって、しかも何とかついていける範囲。自分の意思を発揮した時もあるが、今から思えばそれも含めて大きな流れ、宇宙の意志のなせる技ではないかと合点している。

 この先も大いなる意志に従い、それを信頼して、流れに任せて、やる流れになったことを、ボチボチ(自分らしくという意味です)やって行こう。

 ☆いろんなご縁でいろんな業務をやらせて頂いています。幅が広いのか狭いのかは分かりませんけど。

  

Dr.1077 新たな出会い(10月7日)

再開される高齢者大学のあいさつを考えるため、有名作家Mさんの「老いる意味」という本を読んだ。

  誰しも齢を取ると病気にもなるし、悩みや支障も出てくる、でも、諦めないで病や老化と上手く付き合いながら(例えば老眼になればメガネ、聞こえにくくなれば補聴器、糖尿ならばインシュリン注射等)生活の質をボチボチ保ちながら(若い時と同じような生活が出来るとは考えない方が良い)、生きて行く。

 希望(良いことが)がないように思っていても、新たな出会いによって、新たな希望(生きがい・面白いコト)が見つかる場合もある。

 出会いには、①人 ②文化 ③場所があって、それらの出会いによって、新たなこれからを生きて行く希望が見つかるかもしれない、と言われる。

 この三つの出会いに最適なのが、高齢者大学や文化講座ではないかと思った。

 世の中には、定年後もいろんな分野で、現役時代とはまた違った活躍をされている人もいる。それらの人から刺激をもらいながら、新たな出会いにも期待しながら、各自の道を進んで行きましょう。ドクター自身にも言ってます。

 ☆多くの田んぼは稲刈り終えてますが、まだこれからのところもあって、圃場によって品種によって都合によって刈り取り時期はいろいろです。定年後、高齢者と言ってもいろんな生き方があるんじゃないでしょうか。

 

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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