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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.1973 かつかつです(6月11日)

 幸せが持続する考え方で過ごして、どれだけ幸せな状態が続くかと言う実験レポートの続きです。昨日から今まではかつかつの状態で、もう元気を無くしそうです。生きて仕事していると、いろんな事が起こり、いろんな人がいろんなことを言ってきます。

 でも、いろんなことがあるのが人生。どこでもだれにでも起こるいろんなしんどいことがあっても、機嫌よく幸せに生きられなければ本物とは言えないですよね。

 でも考え方によれば、しんどいことはあっても、食べれてるし、寝られてるし、一杯も美味しく頂けてる。寝込んでもいない。これって幸せですね。

 気分は重いので、「今もう既に幸せ。あとはそれに気づき感謝するだけ」思想だけでは、3日ぐらいしか持ちませんでした。でも機嫌よく生きる考え方探索はやめるわけにはいかないので、これに前からやっていた「先ずは今日一日を過ごすのを目標にする」という短絡思考と組み合わせて、何とか乗り切りたいと思います。

 これから先のことをずっと考えるとしんどくなるので、何やかやで今日一日を乗り切って、一日の終わりの晩酌を楽しむのを目標に過ごす。ともかく今日はこれでやってみたいと思います。あんまり人様に話せるような、立派な思考ではないですが、きれいごとだけでは日々を乗り切れないので、きれいごともその場しのぎも、何でも総動員して、かつかつでも何とか幸せに時間を過ごせる生き方、模索していきたいと思います。

 ☆日常の端々で見る奇麗な景色、これに目をとめることはできてるみたいです。みなさん、かつかつでも何とか乗り切るドクターとご一緒に元気が出る生き方・考え方考えて行きましょう。

Dr.1972 そこそこの幸福感(6月10日)

 一昨日あたりからつかんだ人生を幸せに生きる考え方「もうすでに幸せである」をベースに昨日も生きた。農作業(畑の畔上げ・トラクター洗車・草刈り・黒大豆の箱「セル」播き等)や職場出勤、トレーニングに村の会議等いつものようにバタバタ過ごしたが、そこそこの幸福感は感じながら一日中過ごすことができた。

 「そこそこの幸福感」で良しとするのが良い(何事も求めすぎない:足るを知る)のだから、3日も幸福感が続くとは、今回のさとり結構いいかもしれない。

 こんなんでは物足りないと思われる方もあるかもしれないが、「人と比べない」「人の評価を気にしない」等のこれまでの幸せに生きる知見から言っても、人はどうであれ自分が納得で、幸福感を持って日々を上機嫌に生きられるのなら、それで良しとしたい。

 村の集会で、「この前の自治会総会で…」と言われて、「すみません欠席してましたもので・・・」と言ったら、「議長をしてもらったので議事録に署名してください・・・」と言われて、「議長をしていたのに出席したことを忘れるとは」というショックはあるものの、今日も「既に幸せ」の悟りで、そこそこの幸福感を持って一日が終えたいと思います。皆様、ドクター幸福感もう少し続いたら、この考え方お試しあれ。人は人ですけどね。

 ☆昨日そこそこの幸福感で過ごして出来上がった、黒豆の箱播きに太陽シートを被せたところ。

Dr.1971 続けるのが難しい(6月9日)

 昨日覚醒した「幸せを求めない(特に何かを求めない)状態が幸せ」というさとりは、「もう自分は幸せである」ことに気付くということで、「幸せはなるものではなく、ある(ことに気付く)ものである」ということだ。

 これ、なかなかよろしい気付きで、昨日は一日結構この考え方で幸せに暮らせたが、今日はもはや効果の持続が怪しい状況だ。別に何か大きなことがあったわけではなく、「何事も続けるのは難しい」という法則に従って、効果が薄れかけているのかもしれない。

 でもせっかくつかんだ、久しぶりに効果的な気付き・学び・教訓なのだから、幸せな効果は続くようにして行きたい。「もう自分は今、幸せな状態にある」と思うことで得られる、幸せ感、良い精神の状態は、良いものだ。

 今日の課題は、せっかっくつかんだ日々を幸せ感を持って陽気に暮らす考え方を、持続させることだ。いろいろ試しながら、今日もハッピーな気分の一日が続くように、ボチボチがんばります。

 ☆「幸せを求めないのが幸せ」「幸せはなるのではなくあることに気付く」このさとり、結構いいかもしれません。より本物にしていきたいと思います。ボチボチですけど。またその成果はお伝えいたします。お楽しみに。

Sr.1970 幸せを求めない(6月8日)

 「幸せとは幸せを求めないこと」みたいな言葉を知った。特に何も考えず、その日にしなければならないことに追われながら一日を終えて、美味しく遅めの夕飯を頂き一杯飲んで即寝するドクターのこの頃。これって幸せな生き方(状態)かもしれない。

 「その日任せで、何も考えなくていいのか」という疑念もあがるが、考えたり悩んだりしたら事態が好転するわけでもないことは、だいたい気付いてきた。とすれば、その日暮らし(その日の流れに従ってたんたんと生きるという意味です)で、あれこれ長く悩む間がないというのは、実は幸せな生き方かもしれない。

 「何がしたいの」(私生活で)って時々聞かれるが、特に絶対したいことがあるわけではない。日々を機嫌よく(特に身体の痛みや精神的な落ち込みの継続もない状態のことです。日々日替わりでいろんなトラブル苦情はやってきますけど)生きられていて、もっと幸せな生活(別の生活)がしたいと強く思う訳でもない現状、これってきっと幸せなことですね。ちょっと分かってきたように思います。

 まだまだ「何も考えずに生きている日々(特に別の幸せを追い続けていることが無いという意味です)が幸せ」という考え方、完全には自分のモノになってませんが、こう考えるだけで、ちょっと元気が出て来るような気はしてきました。

 皆さま、ご一緒に、幸せな生き方探って行きましょう。こんな何気ない日常風景、それを何気なく写真におさめる日々、これって幸せですね。十分に。

Dr.1969 理念と実務と(6月7日)

 職場の朝の朝礼で、本日の各自の予定などを共有する所は多いが、我々の目指すべき方向の理念を語る方がいて(ドクターのことではありません)、それが素晴らしいという声を聞いた。日々の仕事は具体的な細目に及ぶことが多いが、それを何のためにやっているのかを押さえておくことは大事だ。

 ドクターも時折、我々が目指すべき方向を話すことはあるが、具体的な取組にそれほど絡むことはないというより、それだけの実務能力がないと言った方が良い。

 理念も語れるし、実務も出来る人は素晴らしいが、そんなに何人もいるわけではない。こうありたいという理念は持っているし、時に語りもするが、実務と言うのか、実際にやることは、自分にできる範囲のことが多いというのが、ドクターのやり方と言うのか生き方だ。

 自分の能力も含めて、何でもできるわけではない。自分のやり方ややれることの特徴は押さえながら、自分にできる最善のやり方をやっていくしかない。

 理念と実務、どちらも出来た方が良いし、出来る人もいるけれど、自分は自分のやり方を探るしかない。自分のやり方でやって、回ってくる役割を精一杯やって行く、そんな感じでしょうか。今日も皆さん、元気を忘れず、笑顔で今日やるべきことを精一杯、でも無理し過ぎずやって行きましょう。

 ☆ドクターが通る裏道にこんな蔓が伸びてました。自分の良さを伸ばして、明るく陽気に行きたいですね。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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