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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.1991 いろいろあるけど(6月29日)

 毎日いろんなことが起きている。前からそうだと思うが、この頃は特に多いように感じる。良いこともあるのだけれど(子どもたちの笑顔、美味しい夕食等)、多く意識に上るのは、課題と言うのか、事案と言うのか、対応を考えなければならない案件のことだ。

 誠意をもって精一杯対応する。それしかできないのだが、どうなるかは常に気になるし、心は中々休まらない。

 対応しなければならない案件は多いが、多くの方に助けられたりしながら、何とかここまで来ている。お陰様で、まだご飯は美味しく頂けるし、よく眠れる(睡眠時間はあんまりとれてませんけど)。

 そして、よく見ると、大変なことに隠れて、嬉しいコト。ありがたいこともいっぱいある。今日も、前を向いて、出会うであろういろんな案件に自分なりに精一杯当たって行きたい。先ずは今日一日、元気に行きましょう。

 ☆今朝うちの窓の外にやってきて、美しい鳴き声を聞かせてくれた鳥たち。良いこともありますね。今日の良いコト、探して元気出してボツボツ行きましょう。

Dr.1990 初めてのこと(6月28日)

 今朝やかんでお湯を沸かしていて、止めるのを忘れて新聞を読んでいて、急に「長時間スイッチが入りっぱなしですので電源を切ります」というような音声と共に、スイッチが切れた。

 「こんなことは初めてだ」ということが増えて来ている。認知機能の衰えなのか、何か別のことを始めると前のことを忘れてしまうということが増えてきた。「こんなことは初めてだ」と言うこと自体、以前に同じことをやったのを忘れているかもしれない。

 いくつになっても物覚えの良い方はおられるが、一般的には歳をとるとともに、記憶力が衰え新しく覚えるのが出来にくくなる。できるだけメモなどをとるようにしているが、メモをどこへやったのかを忘れることもある。

 嘆いてばかりいても始まらないので、残存機能でがんばって行くしかない。生き方自体も、自分に出来ることを精一杯やっていくとしている。自分なりに全力で立ち向かい、自分に与えられる道を歩んで行く。先ずは今日一日を自分らしく全力で。今日を迎えられ、今を生きていることに感謝しながら、自分に出来ることをやって行きたいと思います。

 ☆今朝の自分の部屋の窓から見るいつもの景色です。今朝は雨が激しく降ってます。雨の日もあれば、晴の日もある。人生も一緒ですね。落ち込み過ぎないで、できるだけ元気を出して行きたいと思います。皆様もお元気で、前向きの一日を。

Dr.1989 悩みの合間(6月27日)

 梅雨の合間という言葉があるように、「悩みの合間」もあるのだろう。悩みや問題は日々起こるし、解決しないものも多い。それでも、最も最近の悩みの山場と次の気になっている悩みに直面する日まで数日あるという状況はある。この間も、これまでの悩みは解決していないし、予期せぬ問題がいつ起こらないとも言えないので、合間とはいえないかもしれない。

 それでも緊張の連続から、少し緊張が和らぐという状況はある。にも拘わらず、心が完全に元気ならない。悩みの渦中の時には、これが過ぎれば少しは楽になるだろうかとも思えたが、いざ最渦中がすぎても心はどんよりしたまま。「人生は苦である」という教えから言えば、いつも生には苦しみが付いて回るので、苦がない時、悩みがない時などないということか。

 平時も常に苦の連続と考えると、未来が重たくなるが、苦でも悩みを抱えながらでも生かされていることに感謝し、自分のやるべきことに取り組んで行くしかない。そしてできればその取り組みは、元気に陽気に行きたい。それが自分の役割(持ち味)だと思うから。皆様も、悩み中でも、悩みの合間でも、自分の持ち味を活かして、今を生きて行きましょう。生きている限り、いろんな悩みや問題はやってきます。それと対応しながらも、歩み続ける道を探っていきましょう。

Dr.1988 一日一日新しい人生(6月26日)

「一日一生」で、先ずは一日を全力でと言うのか、自分が出来ることをやっていって、一日の終わりにホッとするというので生きて行こうというのを言って来たが、『一日一生』を書かれた雄哉大阿闍梨も、「一日一日新しい人生を生きていけばいいんだよ。無理せず、急がず、はみださず、力まず、ひがまず、いばらない、穏やかな気持ちでもってな」みたいなことを書かれている。

 いろいろ心配や不安や反省もあるけれど、生きて行くなら前を向いて、プラスの方向で歩んで行くのが良いのは分かっている。問題は、そうは分かっていても、何かあるとそれが気になって、元気いっぱいとはいかないということだ。

 そういう状態になるのも分かるけど、やはりできることしかできない。結局はできることを、精一杯たんたんとやって行って、一日を生ききる。そしてそれを、続く限り続ける、それしかない。それしかできないのは間違いない。

 だとすれば、いろいろあるけれど、できるだけ笑顔で明るく上機嫌で、今日も一日生ききりましょう。

 ☆5年前シリーズです。今と同じ様な美しい景色撮ってたんですね。人ってあんまり変わりませんね。

Dr.1987 ぼちぼちの真意(6月25日)

 「ぼちぼち行きましょう」ってよく使うし、本当にそう思っているけれど、本当に大変な人や沢山のやらなければならない仕事がある人には、軽々には使ってはいけないと思っていたが、本当に大変な状況にある人から、ドクターの「ぼちぼち」で救われたという言葉を頂いた。

 事態や状況に急いで全力で対応して何とかなるなら、ぼちぼちではなく「できるだけ必死で」ということになるだろうが、そうしたくてもできなかったり、やったからと言って事態の好転に結びつかず、いっぱいいっぱいの対応の時に、「ボチボチ行きましょう」でホット一息重荷を下ろして、また事態と向き合うエネルギーを貯めるということは「あり」の対応だと思っている。

 「ぼちぼち」の真意は、「ぼちぼちで(できなくても)、後は他人や何かのせいにする」ということではなく、「(放っておくと頑張り過ぎる人に)あせらず自分のペースで最善のパーフォーマンスを」ということだ。でも、後者をあまり強調すると、肩の力を抜いて、できるだけ上機嫌で、陽気にと言う真意が隠れてしまうので、一見普通に何気なく「ぼちぼち行きましょう」となる。

 この言葉を使わなくても良い人には必要ない言葉かもしれないが、「ボチボチ行きましょう」が必要な人も多いと思う。皆様ご一緒に、それぞれのペース、それぞれのやり方で、人生で出会う様々な課題に向き合って生きましょう。前へ進んで、自他の幸せにつながりますように。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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