Dr.1996 自然に(7月4日)
良いことも悪いことも、いちいち動ぜず受け入れ、自然に一日が一生と思って生きることを心掛け数日が立つが今のところ何とかいっている。
自然と言えば、先日作業用手袋を干していたら、その中にありが何百と入り込み、卵まで産んでいた。それも前日に干したものなので、半日から一日の出来事だ。こんな短い間に、多くのアリが集まるなんてことが起こるんですね。自然ってすごい。
こんなことも含めて、自然に生きるというのは何が起こるか予期できないが、それも含めて受け入れていこうということだ。一瞬先は読めないけれども、どんなことが起こるかも分からないということを覚悟して、生きて行きたい。
かと言って身構えすぎると、今度は心がもたないので、覚悟は心の底には持ちながらも、精一杯のことをやったらあとはそれ以上はどうしようもないという気持ちを持つのもありだと思う。
手袋アリ事件のように、想像を超えることが起きるけれども、生かされていることに感謝しながら、自分に出来ること、しなければならないことをやって、一日の締めを楽しみに行きたいと思います。
☆こんな自然も大事にしながら、自然に無理なく行きましょう。ボチボチ自分のペース・やり方で。

Dr.1995 教えを受ける(7月3日)
人生の先輩から、生き方や仕事の仕方に関する教えを頂いた。時にユーモアも交えながら、優しく、しかし大事なことはしっかりと思いを込めて語っていただいたので、よく身に染みた。
お話の内容は、その通りと思うことがほとんどだが、なかなか凡庸なドクターには、直ぐに同じようにできるかと言われれば自信がない。しかし、教えていただいた大切な精神は、自分なりに取り入れ、改善につなげたい。
学ばせてもらったことの大きな一つが、その語り口だ。こうせよと一方的に命じるのではなく、自分はこう考えて、こうしてきた。自分も先輩からこういう風に学んできた。あなたにもいいところがあるが、よりこうした方が良いのでは、と言うような伝え方は、聞く方に反感ではなく共感を呼び、自分もできるだけ、先輩に近づきたい、同じようにはできないかもしれないが、自分なりに改善していきたいという気持ちにさせられた。
なかなかこういう風には語れない。ドクターも含めて、夫々の人の生き方や性格もあるだろうから、みんながみんな同じようにはできないとは思うが、「生き方」に関する本を読むように、自分に取り入れられるところは取り入れ、改善とより生き易い生き方を探っていきます。
この頃、ドクターの境地にある「一日一生」「良いことも悪いことも受け入れて、自分にできる最善をやっていく。それ以上のことはできないので、後は『流れとご縁』を受け入れていく」こうした生き方をより確かなものにして行きたい。
☆雲の中に立つ高城山のように、自分の生き方を立てて行きたいです。皆様の生き方はどうですか。

Dr.1994 良いも悪いも(7月2日)
生きていると、良いことも悪いことも起こる。そして、普通なら、良いことが起こってほしい、悪いことはできるだけ起こりませんようにと思って過ごす。しかし、悪いことは起こりませんようにと祈っても、起こる時には起こり、自分にとって良いことばかりが起こるわけではない。
それならもう、良いことも悪いことも、起こるがままに受け止めて、生かされている間は前に向かって生きて行く、そんな悟りのような気持ちにちょっとなった。まだ完全に悟りきったわけではないし、なぜそういう気持ちになったのかもわからないけれど、開き直りと言うのか、どうせ良いことも悪いことも起こるのだから、みんな受け止めて、自分が出来ることをやっていく、それしかないとちょっと思っている。
いつまで、そんなきもちで行けるのか分かりませんが、みんな受け止めて、自分にできる精一杯にのところをやっていく、そんな感じで今日一日をやってみます。明日はどうなるか分かりませんが、「一日一生」先ずは、今日一日をしっかりと自分に出来ること、自分がしなければならないことをやって行きます。皆様、今日が良い日になりますように。
☆良いことも悪いことも飲み込んで、自然は悠然とそこにあります。

Dr.1993 まだいい方か(7月1日)
村の飲み会があった。黒豆の話が出て(村のほぼ全員が農家で黒豆を作っている)、「土寄せ(少し育った苗の根元に、鍬などで土を寄せて倒れにくくすると同時に、雑草を押さえる作業)してるけど時間がなくて大変です」みたいな話をすると、「土寄せするということは、豆の苗は順調に育っているということか」と言われた。
村の人の中には、発芽率が6割ほどだったり、鹿か兎にはっぱを食べられた人や、根切り虫に苗をやられたという人までいて、手でやる土寄せは大変だけれど、これは順調な作業とも言えるので、まだいい方と言うことが分かった。
人生何事においても、大変なことは起こるが、見方を変えると、「まだいい方」「(最悪でなくて)有難いこと」という見方は出来る。「まだいい方」と思ったからと言って、事態が変わるわけではないけれど、気持ちを少し奮い立たせて、またその局面に向かって行くエネルギーを得ることはできる。
事態の渦中にいると、周りが見えなくなって、「最悪」「もうだめ」と心が沈みがちになるが、そういう時こそ、周りを見て、一息ついて、エネルギーを貯めて、また前へ進んで行きたい。
☆村の人と一緒に落ち着いた時間を持って、今日も前向きに、出来ることを精一杯やって行きたいと思います。皆様ご一緒に無理し過ぎずぼちぼち頑張りましょう。


Dr.1992 若者と話す(6月30日)
中学校総体の市の予選大会を見に行って、今年から教員になったという若い先生と話した。大学は文学部だったけれど、社会科の先生になったと聞いて、ドクターも法学部だったけれど高校社会科の先生になって、教科の授業には苦労したという話をした。
特に日本史の授業が多く、専門的な勉強をしてこなかったので(後に大学院へ行って近世史を専攻しますが)、毎日教材研究に追われ、時には仏像のマネ授業(先生が仏像の格好をマネをする:例えば、椅子に添わって半分足を組んで、肘をついて首をかしげて考え込むポーズで『半か思惟像』を表す)で教室を盛り上げた話等もして、良かったらこの授業案を差し上げます等も話した。
初任での担任を心配したが、「担任は面白いです」と答えてくれたのでちょっと安心した。教員にとって授業は勿論大事だが、部活動指導でも、学級担任でも、生徒会活動でも、生徒の相談にのるなど、何でもいいので、自分の得意を活かして、子どもたちを伸ばして行ってほしいというような話しもした。
彼と話していると、若い頃の自分を思い出した。いろんなご縁や流れで教員になったが、限界も感じて教育行政の世界に入り、それからもご縁で、冒険教育指導や教頭、副所長、校長等いろんな立場を経験する中で今に至る。立場は変わっても、変わらないのは「周りの人に元気を与えて、成長を支援する」だ。そして、生かされていることへの感謝と、自分にできる貢献をやっていく、これをベースに生きている(生かされている)。
久しぶりに、若い世代と若い頃の授業などの話しをして、自分の来し方生末を再確認できた。総体の子どもたちの様子を見に行ったのが、自分の姿も見ることになった。ありがたいことです。
☆中学総体市予選を見に行って、自分の過去・現在・未来を見ることになったドクター。未来は分かりませんけど、方向は「感謝と貢献」「一日一生」「流れとご縁」かな。


