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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.2425 余裕(11月5日)

 昨夜の会合で、急に来週予定のイベントに出席できない人が出て、誰か代わりに言ってくれませんかというお尋ねがあった時、「誰々さん行けるんちゃうん」と振りがあって、降られた人は「その日空いてますけど」と答えて、結局その方が代わりに行くことになった。

 その方はバリバリの現役だし、普段からいろんな行事にも出られている方で、忙しそうに見えたのだが、振る方も振る方だが、平然と「空いてますよ」と答える姿に余裕というのか、「いい生き方をしてはるな」と思った。

 こちらは余裕なくバタバタ生活だし、万が一空きがあったとしても、急に予定が入るのはよほど覚悟しないと簡単には受けられないタイプ。生き方の違いを感じる。

 どちらも自分の生き方があるので、どちらがいいとかいう問題ではないけれど、ドクターとしては、急に振られても、「それは可能ですよ」と答えられる生きたというのは余裕があるようでかっこよく思える。

 兎年生まれのバタバタ人生は急には変えられないと思うし、バタバタで用事が入っている方が生き方・時間の使い方に悩まなくていいので性に合っているように思うところもあるが、少しは余裕を持って、人からの依頼を余裕を持って受けられるような面も作れればと思いました。

 どうなるかは分かりませんが、自分がやる事やらなければならない事を余裕も入れながら、たんたんと出来れば陽気にやっていきたいですね。無理せずボチボチでいいですけど。

 ☆この前に乗ってみたデマンドバス『のりーな』。今月からうちの近くも通るようになったので、使ってみました。ちょっと余裕みせてますかね。大したものではありませんが、少しでも日々の人生面白くしていきたいですね。

Dr.2424 好きな事(11月4日)

 各地の文化祭があって舞台発表や作品展示を見て回った。特に舞台発表で舞ったり、歌った、たり演奏したりする人の姿は生き生きしている。一緒に活動する人もいる。こうした趣味というのか、好きなことを持つことは、高齢期を活き活き生きる大事な要素だと思う。

 ドクターもこれまで、いくつかのことに打ち込んできたが、今も続いているのはウオーキングみたいなランニングとちょっとやった後の一杯楽しみのトレーニングぐらいだ。どちらも基本的には一人でやるので友達の輪が出来たと言うことでもない。

 この間の高齢者大学の受講生が、受講の感想とそれまで別の高齢者大学へ行っていた話をしてくださった。いろんな所へ足を運ぶ人は関心も広く、やることも多いようだ。

 ということで、好きなことややる流れになったことを大事にしながら、自分の心身の状況にあった機嫌のよい生き方を探っていきたいと思います。出会いとボチボチの精神を大事にしながらですけど。

Dr.2423 一人の時間(11月3日)

 昨日も朝早くから何やかやと行事が続き、いろんな会に出席して、いろんな人と話をしてあっという間に一日が過ぎたが、夕方ポツンと一人になる時間があった。結局その時間はトレーニングに行って、常連の人や久しぶりに会う人達と挨拶をして、帰って夕食、即寝となったのだが、トレーニング以外に行くところや趣味がないのが心配される。

 誰にも会わなかったり、言葉も交わすことなく、もっと長い時間があったらどうしようかしらんと心配になった。もちろん、病気でもなく我が家と言う居場所もあることへの感謝は忘れてはいけないが、何もすることが無い誰とも会わないという時間は短くしたい。

 何か趣味を持つようにすればいいと思うのだが、こうしたものは義務でやるものではないので、自分の内側からやる気が出てこないと。

 結局、これも流れとご縁で、自分のやりたいものに出会うのを期待している。こんなにも流れとご縁頼みでいいのかとも思うが、ここまで生かされてきたご縁を信頼して任せることにします。今日もいろいろあると思いますが(何もない、一人の時間がやってくというのも、いろいろなことの一つです)、出来ることを出来る範囲でやりながら、出来れば上機嫌で生きましょう。

 ☆今回も公開直前で、写真も公開も出来なくなりました。いろいろあるのが人生ですね。公開できなかったらすみません。

 

Dr.2422 精一杯生きて来たか(11月1日)

 一昨日聞いた三千院門主のご高話の中で、「あなたはこれまでの人生を精一杯生きて来ましたか」という質問があって、周りの人を見ないようにして「精一杯生きて来たか、そうでなかったか」どちらかに手を揚げるというのがあった。

 ドクターは「精一杯生きてきた」という方に手を揚げて、それを選んだ人の方が多かったと後で聞いたが、一部の人は「そうでなかった」を選んだということだった。

 「精一杯・全力で」と言っても、後から考えればもっと他のやり方やもっとできた部分もあったかもしれないが、その時の自分としてはその時の状況(流れ)で出来ることをやって来たと思うので、後悔があるところもあるが、十分やらせて頂け有難かったというのが今の思いだ。

 今の時点(人生の後半の方)で、こういう思いが抱けるということは有難いことだと思うが、ポイントは人生の最晩年でもこのように思えるかどうかと言うこと。ただ、最晩年がいつかということは分からないので、いつ終わりが来てもそう思えるように、毎日をできるだけのことをやりながら生きると言うのが大事ということになるのだろう。

 でも、いつ終わりが来ても後悔しないように、日々を精一杯全エネルギーを注いで、というのは力が入り過ぎているように思う。ボチボチやったり、一息ついたり、脱力したりも自分らしさなので、結局は日々を自分らしくと言うことになるのかな。門主のお話を聞きながらそんなことを考えました。

 ☆生きてると本当にいろんなことがありますが、その時自分ができること(いつもベストとはいかないとは思いますし、いろんな事情があるのでその時自分が選んだことを肯定したいですね)をやりながら、ボツボツ行きたいと思います。その時できることをやって、後からもできるだけ自分を肯定できればいいですね。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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