ささやま冒険教育

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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.184 すぐやる(11月2日)

忘れ頻度が多くなってきたので、できるだけ用事はすぐやるようにしている。手紙を出さなければいけない時は一つ目のポストで必ず出す。また後で出そうと思って持っていると必ず出し忘れる。出し忘れることに関しては絶対的な自信があるぐらいだ。そんなに自信があるなら忘れず出せと言いたいぐらいだ。電話やメールでお礼を言おう、このことを連絡しようと思いついても直ぐやらないと、これも絶対に忘れて、気が付いた時には時を逸しているということが多々ある。こうした痛い経験から学んだことが、用事ややらなければならないことは直ぐにやるということだ。決して勤勉だとかきっちりした性格だからと言うことではない。問題は直ぐやらなければならないことが複数ある場合だ。物理的にどれかから一つずつこなしていかなければならず、一つこなしてホッとしたら2番目のやることを忘れている。困ったことだが、そのうちに困ったということも忘れるかもしれない。そうなると何もストレスがない気持ちの良い世界が待っているような気もするが、初めての世界なので心配な気もする。これもそのうちにあれこれ考えることも忘れるかもしれない。そうなったらどうしようもないけど、仕方がない。

☆このS小学校長先生とのツーショットも随分前に撮っておきながら、この日の別の写真をアップして、この秘蔵の写真は後で使わせていただこうと思っていたら秘蔵のままになってしまっていました。F校長先生、誠にすみませんでした。でもとっても嬉しそうです。ただ何故こんなに嬉しそうなのかが思い出せないのが残念です。

Dr.183 氷が解ける(11月1日)

人生を氷に例える話を知った。生まれたばかりの赤ん坊は氷100%で、それが年齢と共に氷が溶けだし、全部解けたらあの世へ行くという。人間は生まれてから死へ向かっているという現実を、氷と水に例え、氷が生で水が死ということで、生死の境は点ではないということを言っている。今の自分がどれくらいの割合で氷と水があるのかは気になるところだが、この例えの肝はそこを気にするのではなく、今持っている割合で出来ることを精一杯やって行こう、日々の時間を大切に生きようというところにある。ドクターなどは加齢とともにできないことや物忘れなどもひどくなり、結構自分の氷が溶けてきたなとは思うが、水が多くなった分柔軟性が出てきたり、これだけの水があるからこそ気付いたりすることもあると感じている。例えば空や雲や自然の美しさなどは氷が多い時に比べて格段に沁みる。ともかく氷が溶けるのはどうしもない、どうしようもないことに気を病むのは馬鹿げている。どうしようもないことは受け入れ、ここは一つこれまでの人生で味わったことのない割合の氷水カクテルを味わいながらすべてが水になるまでお気楽に楽しみたい。

☆愛用のカメラ(黒)が故障したので、妻のカメラ(白)でしばらくやっていたが、黒が修理されて復活してきた。氷が全部解けたと思っていたら、また氷を注入されて生きだしたという感じだ。人間の氷の復活もあってほしいが、それだと次のカメラ(白)の出番がないし、複雑な心境で二つのカメラをじっと見つめる。

 

Dr.182 ウオンツとニーズ(10月31日)

生涯学習NPO等が運営する三田アウトドアビレッジTEMILのオープン記念セレモニーに参加した。1講座を担当したり、パネルディスカッションのパネラーの一人でもあったが、多くの時間は参加者の一人として講演や出会いや食事を楽しませてもらった。多くの自然活動団体やよくわからない団体や個人、アクの強いおっさん(ドクター含む)らが参加していた。若者も多く、多くの若者と話したが(ドクターはおっさんよりも若者と話すのを好む。若者の男性よりも女性と話すのを好む)、彼らの意欲(大学生たちを組織して小学生の学びをサポートするとか地域課題を解決するとか、淡路の高校生を繋ぎたいとか・・)に感心し応援したいと思った。『自然体験と地域の未来』という講演の中で講師の方が「ウオンツ(自分のやりたいこと)よりも(地域の)ニーズ(地域が必要としていること)を大事にして活動してほしい」というようなことを話され、ほとんどウオンツ(自分がしたいから、やってて面白いから冒険教育をやる)だけで行動していたドクターとしては衝撃を受けた。今後はもっと地域のニーズを意識しなければならないと振り返ったり感想に書いたりした。まんざら嘘ではないが、本音としては「ウオンツでもいいやろ」「ウオンツが大事やろ」と思っている。何度か言うように、人はその人が生き生き(楽しそうに)活動しているのに感化を受けて「自分もそうなりたい」「自分もあんなことがやりたい」とあこがれる。そのあこがれこそが最も人を動かす(成長させる)と思っている。地域の課題解決という崇高な目的のためであっても、義務感に駆られた眉間にしわを寄せての活動では人は付いてこない。意欲溢れる若者たちには、自分も楽しみながら、それが地域のためににもなっているという活動を目指してほしい。ドクターとしては自分も楽しみながら参加者に感化を与えたい。感化者が育って地域を支えてくれるだろうと勝手に楽観しているお気楽なドクターでした。

☆一泊二日を過ごした部屋の快適さや食事の美味しさ、スタッフの心配りに感激するドクターといろいろおこなわれたオープンセミナー。

 

☆いろんなセッションが行われた中ドクターが行ったいつものティッシュ吹き講座。

 

Dr.181 はっけよい(10月30日)

村の神社の秋祭りがあり、子ども奉納相撲の行司役で参加した。小学生男子のちびっこ相撲は祭りのハイライトでもあり、ドクター達もやってきた伝統行事だ。もう何十年も続いているが今年の奉納相撲参加男子は1年生3人、5年生1人、6年生1人の5人だ。来年は6年生が引退するので存続の危機だ。今年も東西に分かれると東二人に西三人で東同士、西同士、6年対1年、5年対1年の取り組みもやって何とか成立した。しかし取り組みはどれも力が入った見ごたえのあるもので中には負けて悔し泣きする子まで出るほど熱いものだった。特に6年生体5年生の千秋楽の一番は大変な熱戦、大一番だった。対戦中ずっと行司役のドクターは「はっけよい のこったっー のこったー」と叫び続けた。この「はっけよい のこったー」の詳しい意味は省くが(知らないだけだが)、これを連呼していると何だか元気が湧いてくる。人生の応援歌にも聞こえた。何事にも人生の生きるヒントをつかみ取りたがるドクターとしては、負けて泣くちびっこ力士にも「人生に勝ち負けは付き物。大事なことは負けを次に生かすことだよ」と呼びかけた。泣いてる1年生には通じなかったようでその子は泣き続けていたが、いつかこの日のことを懐かしく思い出すことがあるだろう。その時にはこの経験を是非生かした人生を送っていてほしい。

☆秋晴れの中行われた村の神社の秋祭り。

 

☆盛り上がるお餅撒きと奉納相撲ちびっこ力士と人生訓好き行司ドクター。

 

Dr.180 ダブル行事(10月29日)

「来る者は拒まず」でいろんな役を引き受けていると、行事が重なることがある。最初から分かっているダブルブッキングはしないように心掛けているが、役を引き受けた後から判明した日程で行事が重なることがある。先日も村の祭り準備とPTA駐車場係、市長選後援会役員会とNHK大河ドラマ推進のための地元学習会が重なった。行事が重なる場合は基本的には先約優先でやっているが、その組織の「長」をやっている場合や代役が効きにくい場合はそちらを優先することになる。「長」が欠席だと格好付かないと考えたり、自分でないと代役が効かないと思ったりしているのはドクターの勝手な思い込みで、実際には「長」がいなくても誰も気にしてなかったり、自分がいなくても何とかなるのかもしれない。「自分がいなければみんなが困る」という思いは自尊感情と結びつくが、それが強すぎると自分がしんどくなるし、そんなしんどい思いを引きずったドクターが大変な顔をして参加しても、周りもしんどくするかもしれない。ここはやはりお気楽に、「この間は参加できずにごめんなさ~い」みたいな感じで適当に出たり出なかったりしながら笑顔を第一にやっていきたい。

☆ある夜の地元学習会にちょこっと顔を出した後、市長選後援会会議に参加した。こんな二股は昔から得意とするところだった。困った奴だ。「すんませ~ん」みたいな感じで行けるかな。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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