Dr.466 濃いメンバー(10月3日)
久しぶりで嬉野台生涯教育センターのHAP指導に入った。自然学校の小学5年生約60人を6人の指導者で担当した。6人のうち5人は嬉野常連組のおっさん指導者達(49~62歳まで)だ。6人目は滅多に嬉野台の指導には来ない女性だが、会うなり「今日は濃いメンバーで緊張してます。よろしくお願いします」とあいさつした。ドクターとしては自分以外のおっさん達は指導経験も人生経験も濃い人たちだが、自分は歳はいってても軽くさわやかに生きている人なので「濃いメンバー」には入っていないと思っていたので「濃いのは私以外やろ」と聞いたら、彼女に「いえ、ドクターも入ってます」と言われてちょっと心外だった。が、そんな気持ちを吹っ飛ばすような素晴らしい子どもたちだった。濃いおっさん指導者達も各自自分のこだわりの味を出して子ども達と嬉しそうに関わっていた。ドクター班で最も感動的なシーンは二日目のハイエレメントで起きた。10m位の高さに横たわる柱を渡ろうとして上に上がったけれども恐怖で膠着して動けなくなった女子児童に、班の子ども達が彼女を励ます歌を歌いだしたのだ。そしてその歌声は段々大きくなって周りで活動していた別の班の児童も加わって歌いだした。するとその歌声に励まされるように、上の児童が柱を渡り出し遂に渡り切ったのだった。そして彼女が下りてくると大きな拍手が沸き起こり、その後は何事もなかったように各班の活動が再開された。絵にかいたような感動シーンにドクターをはじめ濃い指導者仲間はみんな心を打たれた(あっどさくさに紛れて、自分も濃いメンバーであることを認めてしまった)。濃いメンバーは生き方は濃いが、みんな子どもと関わるのが好きなピュアな仲間たちだ。大切にしたい。
☆柱の上で固まってしまった仲間を励ます歌を下で支えている子ども達が歌いだした。こんな感動的なシーンは初めて見た。こんなことがあるから冒険指導はやめられない。

Dr.465 平凡な毎日(10月1日)
4月から始まる今年度も半分終わろうとしているが平凡な毎日が続いている。特別な日を「ハレ」、いつもの日を「ケ」という言い方があったと思うが、ドクターはケ・ケ・ケが続いている訳で(ケケケのドクターと読んでください)、一番最近の「ハレ」がいつだったのか思い出せないほどだ。最も何をハレと考えるかによって違うと思うが、時々ある冒険指導の日も「ハレ」と考えられないわけではないかな。ともかく昨日は「ケ」の日で、朝起きて、菓子パン食べて、走って、朝食食べて、仕事して、ジム行って、一杯飲んでエッセイ読んで寝るといういつもの日をいつもの通り送った。いつも通りなので新鮮味はないが、これも考えようによってはありがたいことだ。家族の誰かが体調不良になっても、自分が体調不良でも、自然災害でも、自損事故でも何か一つ起これば、このいつもの生活はできないわけで、一日を終えて一杯飲んですぐ寝付くという平凡な日に感謝しなければならない。というわけで今日も特に面白い所もない平凡なブログになったが、これとて書いている方も読んでくださってるみなさんもこの平凡に感謝して、決して平凡な日常を嘆かないようにしましょう。平凡な結論ですけど。
☆とか何とか書いて今日撮った写真をアップしようと思ったら、パソコンをアップデートしたのでうまくアップできない。しかたないので以前撮った写真を載せます。いつも何気なくできてることのありがたさを実感しています。それから、明日は諸事情によりブログ更新はできません。ここでもいつも通り行かない切なさを感じます。

Dr.464 営業に来たんですか(9月30日)
県の人権教育研究大会の分科会で発表をした。分科会のテーマは「人権文化の創造」でドクターの発表要旨は、冒険教育でもなんでも自分の特技や地域の課題に前向きに取り組みそれで地域を元気にし交流を盛んにすることが、地域の人に元気と自信を与え、引いては差別の解消につながるというもので、各地域で実践されているホタルの再生や祭りの継続、地域カフェや寺子屋学習塾などと同じく、自分は冒険教育で地域づくりに貢献したいというものだった。パワーポイントで冒険指導風景を見てもらった後、いくつかの実践(ジャンケン叩き・イースター島モアイ等)をやってもらって、いつもの研修会と同じ感じで報告した。後の質問では人権に関するというよりは、「写真のあの人たちは何故あんな格好をしているのか」「人権研修会などの最初にアイスブレークをしたいが良いネタはないか」「あのフライングチキンはどう使うのか」「あなたは本当に定年したてか」等の冒険ネタに関するものが多く、ドクターとしては得意分野なので勇んで回答し、「自分の指導範囲は0歳から高齢者までなので、ここにいる人は全て対象者です、いつでもどこでも指導に行きますよ」と調子に乗ってしゃべった。会の終了後にその会に出ていた知人が「今日は営業で来られたんですか」と言うので、「役員の方から頼まれたから来たんですよ」と否定したが、こんなことならもっと名刺を持ってくればよかった。
☆豊岡市で行われた県人権研究大会の様子と去年の村祭りの様子。どこでもなんでも自分らしく行きたい。




Dr.463 日々の変化(9月29日)
ご近所の法要と村のお葬式に出た。出席者の中には日々お会いする方もあれば、何年かぶりでお会いする人もあった。親しくお会いしている方はそんなに変わった気はしないが、久しぶりでお会いする方の変わりようには驚く。人間は日々変化しているが、その変化は小さく連続的なのでいつも会っているとその変化に気付かないが、久しぶりだとその小さな変化の積み重ねが大きくなった結果を見るので、前に会った時との落差に驚くことになるのだろう。特に80歳を超えてからの変化(老化)が急に早まるような気がしている。日々変化するのはしかたのないことだし、嘆くことばかりでもないと思うが、この人は変化するということ(人だけでなく万物は流転するという言葉もある)を忘れないようにしたい。そしてできればその変化を受け入れ、変化した状態に慣れ、変化を肯定的にとらえられるようにしたいものだ。
☆黒豆畑を見て回っていると、表面からは変わらないように見える畑も、葉っぱの下を覗いてみると結構豆が膨らんできたことに気付く。ドクターの自撮り写真もいつも変わらないように見えるが、1年前と比べると結構くたびれてきている。いや成熟してきているでした。



Dr.462 農業がしたい(9月28日)
丹波篠山で農業がしたいという40代の男性二人にあった。彼らは都会(大阪)でそこそこ収入がある定職についていながら、子どもが卒業し家のローンが終わったら篠山に来て農業をするのが夢だという。耕作放棄地を耕して地域に貢献したいともいう。さらに入植地は田舎の付き合いが濃いど田舎の村が良いという。今時こんな人がいるのだ。しかも二人も。少し前までは3人だったらしいが、一人は仕事が忙しくなり休暇をやりくりしての篠山通い(農業スクール出席など)がむつかしくなったらしい。昔から篠山の田舎村に住み、兼業農家のドクターとしてはびっくりすると同時に、この機会に自分の村や農業について考えて見た。三方を山に囲まれた自宅は自然が近いと言えば近い。農業は自然相手でやってみないと分からないところもあり不安定だが、自然の中で自分のペースで仕事が出来、自分で仕事の量を調節すると適度な運動にもなり健康にも良い。何より定年がなく、農作業がある時期は毎日用事や行くところ(田んぼ)があり、「きょうよう」「きょういく」を実行しやすい。こう考えると自分が田舎に生まれ自然の中で農業に従事できるのがありがたいことだと分かった。今まであんまり考えたことのなかった自分の恵まれた点に気付いた。どの土地でどの仕事をしていても恵まれたところはあると思うが、要は何かのきっかけで自分の恵まれている点に気付くことだ。不平や不満な点は放っておいても直ぐに気付くが、自分が恵まれたところや感謝すべき点は見落としがちだ。お二人の農業愛好者にお出会い出来て、いろんなことを考えるきっかけを頂けた。ありがとうございました、そして今後お二人の夢が叶いますように。
☆前に行かせていただいた小学校での冒険指導の様子を撮った写真を送っていただいた。指導の機会を頂けたことも指導の様子の写真を送っていただけたのも当たり前のことではない。感謝いたします、ありがとうございました。




