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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.180 ダブル行事(10月29日)

「来る者は拒まず」でいろんな役を引き受けていると、行事が重なることがある。最初から分かっているダブルブッキングはしないように心掛けているが、役を引き受けた後から判明した日程で行事が重なることがある。先日も村の祭り準備とPTA駐車場係、市長選後援会役員会とNHK大河ドラマ推進のための地元学習会が重なった。行事が重なる場合は基本的には先約優先でやっているが、その組織の「長」をやっている場合や代役が効きにくい場合はそちらを優先することになる。「長」が欠席だと格好付かないと考えたり、自分でないと代役が効かないと思ったりしているのはドクターの勝手な思い込みで、実際には「長」がいなくても誰も気にしてなかったり、自分がいなくても何とかなるのかもしれない。「自分がいなければみんなが困る」という思いは自尊感情と結びつくが、それが強すぎると自分がしんどくなるし、そんなしんどい思いを引きずったドクターが大変な顔をして参加しても、周りもしんどくするかもしれない。ここはやはりお気楽に、「この間は参加できずにごめんなさ~い」みたいな感じで適当に出たり出なかったりしながら笑顔を第一にやっていきたい。

☆ある夜の地元学習会にちょこっと顔を出した後、市長選後援会会議に参加した。こんな二股は昔から得意とするところだった。困った奴だ。「すんませ~ん」みたいな感じで行けるかな。

Dr.179 殻を破る(10月28日)

娘の中学校の文化祭に参加した。朝の駐車場誘導係から午後三時過ぎの閉会式まで、途中抜けはあるもの文化祭を堪能させていただいた。合唱コンクールあり演劇あり展示ありの空間にいると、現職時生徒達とふざけあった高校文化祭が思い出されてならなかった。オープニングの練習風景ビデオを見ていると、中学生たちに「殻を破れ」と指導されている先生がおられることが分かった。これもまたドクターが現役時代「リミッター外せ」と生徒たちに呼びかけていたことを思い出させた。その先生もドクターも生徒たちが自分の限界を早くに決めつけてしまっていることを危惧して、これらの言葉が出たのだろう。まだまだ若い子どもたちには何事にも果敢に挑戦してほしい。どんどん挑戦しているうちに、挑戦慣れして思いもしなかった能力が自分に備わっていることが(あるいは備わってきたことが)分かってくる。ただし、若者は殻を破ったりリミッターを外したりして自分の可能性を試していけばいいが、おっさん特に定年後のおっさんはそんなに無理しない方が良い。お気楽な毎日に無理は似合わない。

☆娘の中学校の文化祭。愛用カメラは修繕中のため妻のを借りたが撮り方もアップの仕方もぎこちなく殻を破っていない。でも、中学校でも幕係のような目立たない役をしっかりやっている生徒がいて彼らにはスポットをあてたいと思った。彼らの存在に目が行くとはさすがだ。中学生にこのおっさんのような自画自賛力があれば壁は破れる。

 

 

Dr.178 比べない(10月27日)

死ぬときに後悔しない生き方の本を読んでいると、①比べない、②まじめすぎない、③人生の意味を求めすぎない、・・が書かれていて、普段ドクターが他人には言っているけど自分は出来ていないことと重なる。中でも今回は比べないことをとり上げたい。何か理由があるのだとは思うが、人間という生き物は普通にしてると他人と比べてしまう傾向がある。この間も退職校長が私立学校の校長に就いた場合は1000万円を超える年収もあるという話を聞いて、自分の今の収入の少なさに愕然とした。でも比べなければ何とか生活できているし、自由もあり、それはそれなりに恵まれている点も多いのだ。1000万円越えの私立校長にしても、給料面では恵まれてるかもしれないが苦労も多いはずだ。一部だけをとりあげ、比べて落ち込んだり落ち着かない生活をするのはばかげている。第一比べたからと言って、その人になれるわけではなし、自分は自分の人生を生きるしかできない。比べた方が張り合いが出て元気が出るという人はそれでもいいかもしれないが、多くの場合比べることは害の方が多い。自分が比べべないだけでなく、周りの人を評価する場合もそれを聞いた人が比較されて落ち込むことも考えて言動には注意したい。

☆先日の市人権教育保幼部会研修会の様子。他の講師の方が面白かったとか、ドクターブログよりも他の人のブログの方が面白いなどと比べないでね。

 

 

Dr.177 余生の過ごし方(10月26日)

市の戦没者追悼式に参加したとき、かつてお世話になった元校長先生にお出会いした。この方は退職されて、4~5年になられる。そこで早速「退職後の人生(余生)の過ごし方」についてお尋ねし、ドクターは冒険指導が暇なときは時間を持て余して困っているという話をすると、「自分もそうだったが、3年もすると慣れてくる」と言われた。これは救いのある言葉だ。ドクターはまだ余生1年目で、しかも忙しくなくなってまだ2~3ケ月なので、まだまだ悩み期間と言うのか、自由時間になれる試行錯誤期間が十分でないのだ。その方は現職時代には持てなかった予定の無い毎日の有難さを感じながら、お孫さんのお世話や、ご自分の健康維持、村の役員と草刈り等で毎日が過ぎていくと健康的な笑顔でおっしゃった。その後お会いした先輩退職校長たちにお聞きしても、この健康維持と孫の世話と農作業がポイントのような気がする。でもこれらなら、ドクターは孫の世話を除いて既にやっている。気付かない間に正統派退職後余生生活を送っていたのだ。後は慣れの問題かもしれない。

☆これまで使っていた愛用カメラが故障して修理中のため、先日の冒険指導の様子を担当の先生に撮っていただいた写真を、カメラが復帰するまで掲載させていただきます。本文とは関係なく、同じ場面ばかりで飽きてこられるかもしれませんが、後は慣れの問題です。

Dr176 じゃんけん禁止(10月25日)

自然学校(小学校5年生)の冒険指導を嬉野台生涯教育センターで行った。1日のプログラムの終わりの方にハイエレメント(高い所での活動)を実施したいという学校側の要望で、この時間枠では全員のチャレンジ時間は取れないので、各班から1名のチャレンジする人を選ばなければならなくなった。もちろん選ぶのは子どもたちに任せるが、チャレンジしたい人が多く、最初子どもたちはじゃんけんで決めようとした。じゃんけんは遊びとしては面白いし、深いものがあると思っているが、意思決定の仕方としては安易な面がある。同様に話し合いもしない多数決も意思決定の仕方としては安易な面を含んでいる。冒険指導者としては、話し合いで、譲ったり、対立したり、葛藤したりしながら決定し、自分たちで決めた人はみんなでその人を応援する経験をしてほしいので、チャレンジをする人を選ぶ際のじゃんけんを禁止した。すると子どもたちは話し合いをはじめ、ある班などは、自分がなぜチャレンジしたいのかを各候補者が述べ、それを聞いた上でメンバー全員で判断するということをやっていた。やればできるのだ。子ども達に(じゃんけんを禁止したうえで)任せて良かった。このようなやり方は普段学校ではあまりやらないのかもしれない。もちろんこうしたやり方は学ぶ点も多いが、すべてではないことを私達冒険指導者も心得ておかなければならない。生きていく上では時間的制約や諸事情によりじゃんけんで意思決定するのが必要な場合もある。誰でも自分のやり方がいつも正しいと思ってはいけない。特に自信過剰のドクターは自分に謙虚になる必要がある。

☆自然学校の冒険教育開会式と活動の様子。

 

☆じゃんけん禁止で仕方なく熱心に話し合いをする子ども達。

 

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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