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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.517 人生の正解は?(11月27日)

今日の新聞に「人生の正解」を求める若者の投稿に多くの人が答えるというコーナーがあった。この若者は学校にいる間に出会う問いには必ず正解があったが、社会に出てからは誰も人生の正解について教えてくれないという悩みを綴っていた。その悩みに対して「自分のやりたいことをやって幸せに暮らすのが正解では」「私も人生の正解(幸せ)について探し続けている」「人を幸せにしたり、自分の出来る社会貢献をすることで幸せになれる」みたいなことをいろんな年齢のいろんな人が答えていた。多くの方が人生の正解を「幸せ」と考え、どうしたら幸せになれるのかについて自分の経験を踏まえて答えられていた。それだけこの問いに多くの人が関心を持っているということだろう。ドクターも勿論関心があり、絶えず問い続けているが、今のところの答えは「人生に唯一絶対の正解はない」「人生の意味とか幸せの答えはこちらから問うものではなく、既に与えられている。後はそれに気付けるかどうか」「当たり前・普通のこと(日常)が当たり前でない有難いことだと気づけば幸せを感じることが出来る」みたいな感じだが、これとて正解と言うわけではなく、こう考えれば自分は心穏やかに生きられるという自分の納得で、また変わるかもしれないし、人に押し付けるつもりはありませんが、結構気に入っています。これって押し付け?
 ☆いつものように冒険指導がある日は、その日にやるネタをネタ本などでチェックし付け焼刃の指導を全力でやる。こんなドクターの指導でも講師として呼んでくださる人がいて、喜んでくださる受講者がいる。この日常に感謝しないでどうするって感じです。

Dr.516 カメムシの恩返し(11月26日)

「人間長い間生きてりゃいろんなことがあるさ」と誰かが言ってたが、今朝はカメムシに起こされた。明け方(と言ってもドクターの場合は3時台)頭の辺りがもぞもぞすると思って(思ったころに起きたか)髪の毛をかきあげたらカメムシが逃げていった。昨夜(と言ってもドクターの場合は6時台)家の中でカメムシを見つけたが、つぶしたり家の外に追い出したりせず「お前もがんばっているな」とそのままにしておいた。そのことに感謝したのか未明にドクターを起こしにやってきたのだろう。どうせ恩返しに来てくれるなら美女の姿でお願いしたかったが(カメムシ似の美女って想像しにくいが)、ともかくカメムシに起こされたのでいつもなら忘れてしまっているはずの夢の内容がはっきりと残っている。夢の中身はそれこそここに書くのもはばかられるような(といって別に違法と言うわけではないが)夢のような話だが、これも何かのご縁なので夢に向かってやってみるか。「長い人生いろいろやってみるのも悪くない」特にドクターのような飽き性の人は、同じことを同じように長くやるのには向いてない。いろいろ工夫しながらいろんなことがやれたらいいなとは思うが、ここもドクター流は無理はしないで流れとご縁を大事に自然体でだ。カメムシに起こされるのがご縁かどうかは分かりませんが。
 ☆ドクター流は農作業も自然体だ。朝小雨が降る前は畑に出て、小雨が降り出したら別のことをして、止んだらまた農作業に戻って日が暮れたらこの日の作業はおしまい。一杯飲んで熟睡してカメムシに起こされる。こんな感じです。

Dr.515 鯛のお面(11月25日)

かつて勤めていた高校の職員同窓会があって久しぶりに神戸で泊った。会はお昼からだったが、阪神間で飲み会の時には泊まるというこれまでの行動パターンで宿を取っておいたのだが、2次会3次会とあって結局終わったのが夜だったので泊ったのは正解だった。その当時一緒だった人たちは自分も含めてみんな齢を取っていたが、相対的な年齢差は変わらないし皆さん面影もあって直ぐに当時の世界に戻った。「あんたあの頃阿修羅のお面付けて授業していたな」(当時歴史の専門でもないのに日本史を教えていたドクターが、苦し紛れに編み出した仏像のマネ授業)と言われたが、これは自分の青春時代の思い出として今も大事にしているので、すぐに「その通り」と返答できたが、「あんた鯛のお面被って、対面たいめん式の司会してたな」(当時生徒会顧問だったドクターが、新入生と在校生の対面式の司会進行をする時、ダジャレで鯛の面を被ってやったらしい)と何人かの先生に言われた時には、自分では覚えていなかったので「そんなことやりましたか」と答えるしかなかったが、すぐに自分のやりそうなことなのでそれは事実だと思った。記憶力低下の激しいドクターは昔のことを覚えていないことも多いが、人から聞いて直ぐそれは自分のことだということは分かる。いかにも自分ならやりそうなのだ。それだけ人間の本性って変わらないということだ。さらに「あの時熱心に率先して掃除してましたよね」とも言われ、これも覚えていなかったが、率先掃除が自分の本性だとすれば自分も捨てたものでないことが分かって嬉しかった。今後自分が忘れている非人間的な言動が昔の人の話から出てこないことを祈る。
 ☆最後は校歌で締めくくられた職員同窓会。ここで語られた昔話に今も変わらない自分の人間性がある。久しぶりに夜の神戸をウロウロするドクター。酔った後の本性が善性なることを祈りたい。

Dr.514 手帳交代(11月23日)

いよいよ来年の手帳に交代する時期となった。新手帳は以前に買ってあったが、旧年の日付が11月の最終週からしかないので持ち替えがこの時期になる。手帳交代に合わせて、この1年の出来事や巻末メモに書き残した1年の学びの言葉を見返した。ドクター手帳の巻末には、本や新聞に載っていた気になる語句や自分の学びが書き綴られている。この1年使っていた手帳には、「群れで暮らす動物である人間は本来その集団での相対的位置が気になり周りの人と比較する本性がある。それは自分の子孫を残すためや生存競争のためである」「自然界で生き延びるためには、最悪の事態を想定してそれに備えておかなければならないので、人間は本性的にはマイナス思考と言うのか悲観的である」「笑いは弛緩なので無防備で危険な状態なので、動物(人間も)は基本的には笑わない」など、「他と比べる」「マイナス思考」「無笑顔」が人間の本来的な傾向であることを明らかにし、でもそれらを「他と比べない」「プラス思考」「常笑顔」にしないと生きにくいので、それに向けての工夫と努力の必要と、そうはいっても本性だからそう簡単には行かないから、上手く行かなかっても落ち込まないということを書き記している。これらの言葉は結構気に入ったので、新手帳にも書き写すことにした。これまでは旧手帳の内容は書き写さなかったが、今回のようにどんどん書き写して、最後まで残った言葉が自分の一生の学びとなる。この作業も良いと思うので毎年するようメモしておこう。
 ☆旧手帳の学びの言葉から特に気に入ったものを新手帳に書き写して、最後(臨終の年)まで残った言葉がドクターの遺言だ。「人生なるようにしかならない」「まあいいか」辺りになりそうな気もするが、どうでしょうか。

Dr.513 冬支度(11月22日)

だいぶ寒くなってきて、季節は間違いなく冬に向かっている。物忘れや体力の低下など自分も確実に人生の冬に向かっているように思う。最近のニュースで芸能人でも60代後半での死去ニュースが目に留まり、60代後半で冬が終わるとすると、自分は最早人生春夏秋冬の冬に入っているのかもしれない。自然界でも人生でも季節が進むのは仕方のないことで、仕方のないことは受け入れるドクター哲学から言えば、季節の流れは「しょうがない」「まあいいか」と受け入れ、春夏秋冬に応じた楽しみを味わっていくだけと言うことだが、問題は自然界の冬はそれが終わればまた春がやってくるのに対して、人生の冬はそれでお仕舞いと言うことだ。魂の流転・輪廻転生を唱える宗教もあるが、ドクターはまだその域には達していない。ともかく、終わるものは終わるし、その後のことは考えても分からないのでどうしようもない、どうしようもないことはあまりしつこく考えないドクター哲学によって、どうしようもない冬の終わりのことは流れに任せ、今は冬支度と冬の楽しみ探しにがんばりたい。冬の楽しみも結構あるようには思うし・・・
 ☆ドクターの家の庭から見る近くの山も晩秋から冬へ、ドクター机上の桜の鉢植えも冬支度が進み、こうなったら自分も冬支度してやる。そして冬を楽しんでやるぞ。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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