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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.639 普通の生活の有難さ(4月12日)

日当たりはあっても寒さを感じる屋外で市内のおじさんが「この頃、長雨や熱い日が続いたりするかと思えば、今日みたいに寒い日があったり。新型コロナウィルスの拡大やら異常な気象や事態ばっかりですなあ」と話しかけてこられた。「異常事態といっても、異常に悪いだけでなく、異常に良いこともあってもいいですのにね」とドクター。そういえば「異常に良いことってありませんなあ」とその人。「もしかしたら何も起こらない普通の日が、普通ではなく、有難いことかもしれませんね」「そうですね、こう異常事態が続くと普通の日の有難さに気付きますよね」と二人の意見は「普通の生活が送れることが有難い(言い換えれば異常に恵まれたこと)」ということで一致した。何にもストレスのないお気楽な毎日の有難さは、お気楽な日々を送っていた時には分からなかったが、最近、市の絶こうちょう(超元気)化に向けて考えたり、やることが多すぎて疲れ気味のドクターにとって、一つ良かったことがあるとしたら、「お気楽な普段の生活の有難さが分かった」ことだ。

 ☆妻のお義母さんの法事でお世話になったお寺。ご住職をはじめお寺関係のみなさんや親せきの暖かい心を感じた。この暖かさが普通でなく異常に有難いことだと今なら分かる。物忘れが激しい昨今だが。この大事な教訓は忘れないようにしたい。

Dr.638 久しぶりの絶こうちょうブログ(4月11日)

市の絶こうちょう(超元気)化には、ドクター(丹後の冒険ネーム)の考えをもっと多くの人に知ってもらう必要があると、このブログをフェイスブックでも見られるようにしたら、知人約2名から「いいね」と「コメント」を頂いた。そのうちの1名の方は「久しぶりに『絶こうちょうブログ』見ました」とコメントされていたが、これらの事から次のことが判明した。①現在のブログ名は『ドクターのお気楽な毎日』だが、それを以前のブログ名『校長先生絶こうちょう』と間違われるほど内容にほとんど変化がない、②「久しぶりに見た」とはコメント頂いたが、その後「やっぱり面白いね」とか「相変わらず感動するね」とか続かないのを見ると、ブログ内容は相変わらず「面白さ」や「感動」に欠ける、③反応して頂いたのが2名、しかも旧知の方ばかりということは折角フェイスブックで見られるようにしても、内容がこのようにショボくては一挙に拡散しない、と、ここまで書いて根本の疑問が生じた。そもそもこのブログを拡散したからと言ってそれがどうして市の絶こうちょう化になるのかということだ。市の絶こうちょう化については考えなければならないことが多いが、ここにもう一つ考えなければならないことが増えた。

 ☆散る桜を見ながら、新型コロナでマスクをつけるのは自分が感染しないためではなく、もし自分が感染していた時他人にうつさない為の配慮のためだった。ドクターブログをもっと多くの方に見てもらえれば市が絶こうちょうになると思ったが、マスク着用と同じくそれが何のためなのかという根本を考えなくてはならないということが分かった。「何事も根本を考えることを忘れてはいけない」これは間違いなく絶こうちょう化には必要なことだ。

Dr.637 おざ~す(4月10日)

ドクター(丹後のニックネーム:ドクター丹後『どくだんご』から来ている。決して医者でも何かの専門家でもないが、自分のことを「ドクター」と呼ぶと少し気持ちがいい)は、最近、前校長経験を活かして地域の絶こうちょう化に取り組んでいる。前校長経験を活かすと言っても、「いつも校内をウロウロして生徒と遊んでいる」「前例や常識にとらわれない言動で職員から注意される」経験ではなく、「学校や生徒の良さを内外に発信して、生徒の自信と学校の入学希望者を増やす」等、市の活性化にも応用できそうな経験の方だ。ともかく昨日の朝も交差点で朝のあいさつ運動をやったが、通る車や自転車に「おはようございま~す」を連呼していると、しだいに「おざ~す」のような発音になるのが面白かった。途中から「おざ~す」では心が伝わらないのではと「おはようございます」に戻そうとしたが、どうしても数多く言っていると「おざ~す」が勝ってくる。そんな時どこからか小さな声で「お・は・よ・う・ご・ざ・い・ます」が聞こえてきた。探してみると、対向車の車の中から小さな子供がドクターにあいさつを返してくれていた。心が伝わる言葉で嬉しかった。やっぱり言葉は省略せず心を載せて発しなければいけないことを子どもに教えてもらった。あれっ、子どもから学ぶ経験は校長時代もたくさんあった、これも市の絶こうちょう化に活かせる前校長経験だな。

 ☆昨日は市内中学校の入学式で新中学生が学校に向かっていた。やっぱり子供姿を見ると元気になる。いつも子どもが行き交う「絶こうちょう」のまちを目指したい。

Dr.636 元気回復のために(4月9日)

丹波篠山市の絶こうちょう(超元気)化をめざして動き回りすぎたのかチョット元気を無くしかけていたが、少し休んだり弱音を吐いたのが良かったのかまた元気が回復してきた。「そんなに簡単に回復するんかい」というツッコミは聞こえてきそうだが、大丈夫またすぐまた何かの拍子に落ち込むと思います。単純かつデリケート(自分勝手にデリケートと呼ぶ人あり)がドクターの特徴だ。元気無くし中にもいろんな用事ででかけた折に、まちのいろんな方から元気をいただけたのも大きい。ちょうどその時、ラジオから狭い空間で長い間隔離生活を送る宇宙飛行士の健康維持メニューが紹介されていたが、それによると①ルーチン(いつもやること)を守る、②体を動かす、③家族や知人の声を聞く、④目的意識(使命感)を持つ、の4つが大事らしい。新型コロナで外出が制限されている人たちに向けての放送だったようだが、どれも落ち込み中のドクターには効いた。特に家族や知人の声を聞く(接する)というのは良かった。やはり人間は一人では生きていないということだ。

☆まちの本屋さんからはドクターが好きな作家の本が入ったと連絡をいただいたし、まち協などで一緒に活動していたみなさんからも「元気出さなあかんよ」と激励をいただいた。 やっぱまちの人は暖かい。今日もボチボチがんばっていきましょう。

Dr.635 元気が出ない(4月8日)

緊急事態宣言が出されたからというわけではないが、丹波篠山市の絶こうちょう化に向けて4月から続けている朝のあいさつ運動と自転車まちかどウロウロを今日はお休みすることにした。ドクターの毎日は7~8割は絶好調だが、1~2割は弱気と言うのか元気が出ない時がある。風邪とかで身体に異常があって寝込む日は年に1~2日もあるかないかなので、その他の元気が出ない日は主として精神的なものだ。元気が出ない日は無理をしないで静かに過ごして元気の回復を待つことにしている。1年中元気一杯がいいだろうが、それはごく一部の超人で、多くの人は元気な日もあれば不調の日もあるというのが普通ではないだろうか。元気者ドクターも時々元気が無かったり、弱気になったりするが、それだからこそ弱い気持ちの人や心弾まない人の切ない気持ちが理解できるのではないかと思っている。SNSを含め巷では笑顔や元気な情報が溢れているが、そればっかりでは自分が元気が無かったり落ち込んだりしている時には辛い。自分と同じようにうまく事が運ばなかったり、ウジウジしている人もいるかと思うとチョット安心してもらえる面もあるのではないだろうか。緊急事態宣言も辛いが、国外でも国内でも多くの人が同じような思いをしながら耐えている。人間生きてると不調のときや上手く行かない時はある。ここは我慢しながら元気が戻ってくる日を待ちましょう。

 ☆いま一つ元気が出ないドクターだが、去年手に入れた机の上の枝垂れ桜の鉢植えも元気がなく枯れたのかなと思っていたが、長い元気ない時期を超えて若芽を出してきた。じっと耐えてるとこの桜のようにやがて芽が出る日が来ることを信じよう。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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