Dr.428 ただ生きてるだけでも(8月23日)
旧知の知人に会おうと思い立ってその方の職場に立ち寄った。知人には会えたが、前日までは病気で休んでいたという。たまたま出勤してきた日にたまたま会いたくなった暇人ドクターがふらりと立ち寄り再会できたわけだ。たまたまの不思議さにも驚くが、聞けば以前にも生死にかかわる大病を経験されと言う。この頃ドクター周辺では、亡くなった方やうつ病で仕事を休んだり、家に閉じこもったりしている人、足の不調で歩けなくなったりしている人等何かのトラブル・不調・不幸に見舞われたニュースが多く入ってきている。中には人生を活き活き生きるために~にチャレンジしているというような景気の良い話も入ってくるが、釈迦がとっくに喝破された「人生は苦である」という厳しい真実を忘れてはならない。「人生は苦である」を前提にすれば、毎日が生きがいにあふれキラキラしていなくても、「ただ生きているだけ、特に大きな痛みや火急の困りごとがなく生かされている毎日」がどれだけありがたいことか。そうはいっても、生きている限り何も心配事がないという人はいないと思うが、心配事があっても何とか生きていることが出来ていれば、それだけでありがたいことだ。この感謝を忘れずに日々を生きる、まずそこを大事にしたいと再認識したお盆過ぎの蒸し暑い午後だった。
☆暇人ドクターが街をうろうろしていると、ライバルの丹波市で「2020年NHK大河ドラマ」に関するPRが華々しくされていた。丹波篠山市もがんばれと言う声もよく聞くが、こちらは出来る範囲で日々の感謝を忘れずボチボチやって行きたい。




Dr.427 葬儀をどうするか(8月22日)
ご近所のおばあさんが無くなり、村の人が集まり御葬儀の段取りを決めた。近頃はドクターの田舎でも家族葬も見られるようになったが、隣保のものが集まる村葬儀も多い。これを機会にうちの家でも自分たちの葬儀をどうするのかについて話が出た。妻は家族葬で良いと言い、ドクターは村葬でも家族葬でも流れで残った人のやりやすいようにやってもらったら良いと言ったが、妻は「あなたは派手好きだから大勢の人に集まってもらいたいんやろ。伴奏の曲には谷村新司の歌でもかけよか」と反論した。妻の答えにはまだドクターの理解が足りない。ドクターは現役時代何度かマスコミに登場したが、それは自分が目立ちたいからでも派手好きだからでもない、ひとえに自校の宣伝のためだ。かつて谷村新司のマネをし今もその名残のヘアーカットを続けているが、これも特別谷村さんが好きなわけでなく、当時の文化祭を盛り上げるためと惰性のせいだ。流れで葬儀の形を決めてほしいというのは、ドクターの生き方の総決算と言う意味も込めて本音だ。これまで流れで生きて来て、それで結構面白く生きさせてもらっている。できるならもう少しこういう生き方の良さを冒険指導や講演を通じて伝えて行って、最後は流れで死因も臨終の場所も決まればいい、特にこだわりはない。こだわらない生き方がドクター流生き方のこだわりだから。
☆この間の若者応援企画『夏映え』の記事が地方紙に載った。小さい記事をわざわざ取り上げるのはホントは妻の言うように目立ちたがりなのだろうか。

Dr.426 悪戦苦闘(8月21日)
SNSで入ってくる知り合いの情報には景気のいい話が多い。武者修行の指導でベトナムに言っているだの、自分を高めるために俗世間を離れて何日も座禅を組んだだの、朝活が充実しているだの、それら景気のいい話に比べるといつもの家で悪戦苦闘している自分が寂しくなる。野暮用で走り回った後、田んぼの草刈りを2時間して手足がつりそうになったり、夜間にハチの巣を襲撃してこちらも襲われたり、今朝など久しぶりに悪夢で目が覚めたり散々だ。幸いなのは記憶力の低下のお陰か悪夢の内容が思い出せないことぐらいだ。そして今日も何かと忙しいバタバタの一日で一日が終わるだろう。とここまでは自分の日常をマイナス面でとらえた書き方をしたが、自分にも恵まれたところは一杯ある(はずだ)。他人の調子のよい所と比べても仕方がないというのはこれまでの人生修行から得た教訓だ。人は人で大変なところも時期もある。日常はそう変化に富んでいないのが普通だ。ここは一つ日々の悪戦苦闘と格闘しながら時を紡いでいくしかない。また面白いこともやってくる時を信じて。
☆今朝はこんな感じで悪夢にうなされて目が覚めた(ような気がする)。今日も特に何ということがない皆さん、一緒にがんばっていきましょう。

Dr.425 家族(8月20日)
いろんな人のご縁でこの世に生まれ、いろんなご縁に支えられながら生きている。ご縁無くしては生きて行くことはできない。中でも家族の縁は一番濃ゆく、家族は面倒なところもあるが、家族なしでは生きられないほど大きな存在だ。そもそも父や母がいなければ自分はこの世に存在しなかったし、子どもが成長するのを見るのは何よりの生きがいだ。普段は自分のことでバタバタしていることが多いし、ずっと一緒にいられるのも向こうも具合が悪かろう。心の中にはずっとあるが、普段はそれほど意識していない、だけど折に触れて前面に出てきて、いざと言う時にはなくてはならない存在、それが家族だ。何か今回は殊勝なことを書きたくなったが、これはお盆のせいか、4月から下宿していた息子が夏休みで帰ってきているからか、ドクターにお迎えが近いせいだろうか。ともかく家族の大切さについて再認識できてよかった。
☆お盆時期になると家のあちこちに咲きだす百合の花。家の周りにはハチの巣もあって退治しないとあぶないが、ハチにも家族はあるし悩ましい所だ。どっか別のところへ巣を移動してくれるのが一番いいのだが。




Dr.424 友達(8月19日)
公民館企画「夏映え」の進行を担当した。担当職員の方の熱い思いで、20代の若者7名と公民館スタッフ5~6名が集まり、暑い盛りに水玉を使ったゲームとワイワイガヤガヤで熱く盛り上がった。やはり熱い想いは人を動かすことを体感した。様々なしがらみで集まった若者たちだったが、「この夏の思い出は何ですか」と聞くと、口々に友達(郷土の中学校や高校の友達が多い)と〇〇した。△△へ行ったのが楽しかった等と語ってくれた。やっぱり友達って大事なんだなと、友達少数派のドクターは不安を隠しながら思った。友達がいた方が楽しいことは分かっているが、学生時代はともかく、仕事や家庭を持つとそう簡単には合うことが出来なくなって疎遠になることが多い。疎遠のままでも友達関係を維持することはもちろんできるが、その数はだんだん減ってくるのではないだろうか。昔の友達の数は減っても、新たな機会に新たな人と仲良くなって友達に発展する場合もある。ドクター人生を振り返っても、友達は少ない方だが、その時々に相手をしてくれる人はいて助かったという感じだ。特に公職を引退してからは職場の友達はいなくなり、冒険仲間と年に1・2回会う程度の人と昔からの友人一人が残った感じだ。寂しくはあるが友達とまでは呼べなくても、毎日話をする相手はいるし、地域のつながりもある。人は一人では生きていけないというから、これからも人との触れ合いを大事にしながら友達を作っていきたい(なんせ面倒がりなのでそう多くは増えないような予感はしますが)。
☆友達の大切さを改めて教えてくれた公民館若者支援企画『夏映え』。ドクターがかけているのは水遊びの時に目を保護するグラスです。友達募集中で~す。面倒くさがりですけど、よろしくお願いします。


