Dr.434 ちょきん(8月29日)
定年後生活に必要なものとして、「きょういく」「きょうよう」は有名だが、同じような感じで「ちょきん」というのもあるらしい。ご存知のようにこれらは、これらの言葉を聞いてまず思い浮かぶ「教育」「教養」「貯金」ではなく、「今日行く」「今日用」「貯筋」のことだと言ってその意外性でまず関心を引き、後者がそれぞれ定年後生活充実のために必要だという一理ある説明で多くの人を納得させる。今日行くところがある「今日行く」と今日やる用事がある「今日用」は、定年退職後の居場所の必要性を言ったもので、居場所もなく家に引きこもっていると自己の存在意義(自己肯定感)が感じられなくなって精神的に不安定になりうつ病になったり不健康になったりする危険性があるので、それを取り除くためにも、その日に行くところややる事があるように心がけようということだ。そして、その場所に行ったり用事をやったりするためにも健康で筋肉が必要と言うことで、筋肉を蓄える「貯筋」が出てくるという説明だ。定年後生活2年目に入るドクターとしては、何もしないで家にいることの虚しさや危険性を身をもって感じ、「今日行く」「今日用」の大切さを実感したので、積極的に何でも引き受け手帳が毎日予定で真っ黒になるように心掛けているが、今日行くところや趣味も含めた用事を入れるためにも「教育」や「教養」と言った知識や素養はあった方が良いので、本来の意味での「きょういく」「きょうよう」も大事だと思う。同じように「ちょきん」も老後生活の経済的安定のために本来の意味の「貯金」も大事だ。さらに思うのは「今日行く」「今日用」はなくても自分はゆっくりしたいので大丈夫という人はいるかもしれないが、老後生活を維持する貯金と健康を維持する筋肉が要らないという人はいないと思うので、「ちょきん」は他にも増して大事だということだ。
☆今日の用事で言った場所で見かけた検診の車と筋肉の貯筋のために言ったトレーニングセンター前のドクター。定年の前でも後でも健康は大事ですね。



Dr.433 雨が心配(8月28日)
雨が続く日が続き、九州などでは特別警報も出て心配だ。兵庫県ではそれほどでもないが雨が続いている。百姓ドクターとしては刈り入れ時が近づいている米が、雨で田んぼが乾かないとコンバインを入れることが出来ないので、刈る時期がどんどんずれ込み心配だ。元気に立っている稲なら少々時期がずれても問題ないが、ドクター米のように軟弱な米は倒れだしているので心配だ。完全に倒れて稲穂が水に浸かると芽が出たりして米の品質低下につながる。主人と同じくドクター米は中途半端で完全にこけてもいないが元気いっぱいで真っすぐ立っている訳でもない。中途半端な状態でよろけている。これで雨が続けばこけてしまうかもしれない。ここは何とか根性を見せてほしいが、主人と同じならあまり期待はできない。というわけで降り続く雨に心痛む状態が続いているが、心痛む状態を続けているのは心理衛生上よくない。こういう時にはこれまでの人生経験から学んだ教訓⑬「どうしようもないことは諦め、できることをしたなら後は心配しないで受け入れる」というのが生きてくる。これを発揮して心配連鎖から脱出しようとするが、そこはまだ悟りに達しきれていない悲しさで、時折心配が頭をもたげてくるが、これも教訓通り、どうしようもないので諦めよう。
☆雨が続く状態で稲刈りが心配だがどうしようもないので、お気に入りの茶店でコーヒーを飲むドクター。茶店でモーニングを食べるのが雨の日にできる最善のこととは思えないが、こういう時には「細部にこだわらないで大体で大まかに生きる」という教訓⑰が生きてくる。

Dr.432 第2の人生の仕事(8月27日)
50歳からか60歳からか65歳からかはともかく、第2の人生をほとんどの人が経験する時代となった。第2の人生は、主に結婚・子育て・主生産を目的とする第1の人生とは違う心持が要る。第2の人生を第1の人生と同じようにやろうとすると無理があるし、それでは折角の第2の人生の意味がない。第1の人生では社会の主構成員としてバリバリ働き、時に休憩・休暇を楽しむ。ところが第2の人生を生きる者はそんなにバリバリ働けないし、働く目的も働き方も金稼ぎやバリバリだけでなく多様性があった方が良い。趣味や社会貢献や地域貢献、友との触れ合い(人間関係の充実)なども入れていくと生活が充実し生きがいも湧いてくる。とはいっても年金だけでは食っていけないので、生活費を稼ぐ仕事もやらなければならない。こんな第2の人生では生活費を稼ぐ仕事だけを仕事と言わずに、趣味の活動や地域のための活動も自分の人生を支える仕事と考えた方が良い。第2の人生の仕事にはお金が入ってくる仕事と入ってこない仕事(むしろ出ていく仕事)があるわけだ。ここまでの大筋はある本の受け売りだが、その著者に言わせるとドクターが昨日書いたボランティアもボランティアと考えず(金は入ってこないが人から喜ばれる)仕事と考えた方が良いという。なるほどなるほど等と読んでいたが、今のドクター人生も結構いろんなタイプの仕事にあふれていることに気付いた。お金のための仕事もあるが生きがいのための仕事(冒険指導等)や人から頼まれたことは何でも断らない主義で引き受けた仕事(お金をもらえる場合ももらえない場合もある)、家族や自分のための仕事もあって、第2の人生の仕事としては理想的なことがわかった。意を強くしてこれからもいろんな仕事をして行きたい。
☆一昨日の小学校ボランティアの写真。実はこれも第2の人生の大切な仕事だった。昨日は人に喜んでいただける写真を撮る仕事をさぼってしまったのでこれで勘弁してください。仕事をさぼって謝るのは第1の人生の仕事でも第2の人生の仕事でも変わらない。

Dr.431 ボランティア(8月26日)
小学校の美化作業にボランティアとして参加した。小学校5・6年生やPTAに交じって草刈りやグランド整備を行った。定年後生活の充実のためには地域デビューが大切で、地域での自分の特技を生かしたボランティアなどが最適だと勧める本や論説は多い。現役時代ボランティアだからと軽く考え、障碍児のプール指導を引き受け勝手に休んで責任者の方から「ボランティアと言えどもいったん引き受けた以上責任が伴う」ということを教わった。その教えは教訓にしているが、そんなに気楽に参加できないボランティアということでボランティア参加のハードルが上がったことは確かである。地域の役や市から頼まれるいろんな委員会参加もボランティアと思って引き受けているが、厳密にはボランティアとは違う。今回も9月に地域と小学校合同の運動会をするので、この日の美化作業に地域の人も参加できる人は参加してくださいという呼びかけに応じてのもので、何もない所を自分から進んでというものではない。どうもドクター的には何かないとボランティアに参加できない症候群のようで困ったものだ。でも、純粋のボランティア精神からであろうとなかろうと、参加すると参加した人と顔見知りになったり声を掛け合ったりと何かしら得るものはある。これからも純粋ボランティア精神でないかもしれないが、いろんな機会には積極的に顔を出していきたい。
☆地域自慢の木造校舎であった小学校美化作業にボランティア参加(純粋ではないが)したドクター。




Dr.430 ちょっとした差(8月25日)
ぽっかり空いた予定なしの日、この過ごし方で定年後人生の過ごし方が決まると気合を入れていたが、最初楽しい予定があってそれが急になくなった日だっただけに、だらだら過ごすだけの嫌な予感一杯だった。それが結果的には息子と二人で今度のNHK大河ドラマの舞台になるであろう地元の高城山に登って、その後牛丼の昼飯を食べ、夕方関東へ帰る息子を見送って、夜は母と二人でいろいろ話しながらの夕食を食べるという結構充実した一日となった。これもその日の朝にSNSで見た冒険友人の「息子を山へ誘ったら乗ってきたので二人で山へ行く予定だ」という投稿がきっかけだった。その投稿に背中を押されて、NHK大河ドラマ推進委員長として前から気になっていた高城山の現状を見ておく登山に息子を誘ったら、さっと乗ってきて二人であたふたと準備して登った。登山自体は往復で2時間ほどのものだったが、環境が変われば会話も変わるという格言(丹吉師曰く)の通り、会話も弾んで良い夏の思い出になった。だらだらした嫌な感じの日になるか、ちょっと充実したすがすがしい日になるかの境目は、ちょとした切っ掛け(友人のSNS投稿を見た)と思いっきり(息子を登山に誘う)だった。それをするかどうかはちょっとした差だが結果として大きな差を生むことになった。そのちょっとした差を生むきっかけのSNS投稿をスマホで見たというのはたまたまだった。一日の流れの中でたまたまであった一コマが一日を決めたと言ってもいい。やっぱり流れとちょっとした思いっきりは大事だ。ちょっとした思いっきりをするかどうかも流れかもしれないし、その日偶然「息子を山へ誘う」投稿を見たのは天啓かもしれない。
☆息子と高城山へ登るという流れと天啓に従った行動で思わぬ好い日になった一日。山頂は森林組合による樹木伐採も進み眺望もよくなりつつあった。これも良い流れだ。関係者の皆様、天啓の方に感謝申し上げます。




