D.C.2 さよならからの出発
3月30日で3年間務めた三田西陵高校を職員の皆さんに見送られ後にした。同時に37年間の教員人生からも旅立ちだ。校門を出ていつもの通勤路を家路に向かうとき、もう二度とこの道を通勤で通うことはないかと思うと熱いものがこみあげてきた。さよなら(別れや終わり)は悲しいけど、次のステージの始まりでもある。さよならに涙や熱い感慨は自然に出てくるし大事なものだと思う。これが人生を豊かにし人間も豊かにする。でもいつかは涙や熱い思いを消化し、笑顔でお気楽な日々へと移っていきたい。こんなことを考えながら運転してると、以前から知り合いの楽しく熱い後輩校長のいる中学校前に来た。退職のあいさつが未だだったのを思い出し立ち寄った。話の中で「教えすぎの授業を変えて、生徒の主体性を引き出す教育への転換が求められている」という話題になって、「それこそ私が『ささやま冒険教育』で伝えたいことだ。職員研修は私に任せてくれ」と力説した。涙の乾かないうちから営業に入るとは、ドクター(丹後のこと)のさよならからの出発は早そうだ。
☆職員に見送られて職場を後にするドクター 涙の帰路の途中から笑顔で次の営業へ 切り替えの早さはさすがお気楽
D.C.1 ドクターとは
今日から『ささやま冒険教育』(SAP)のホームページでブログ更新をはじめます。これまで『校長先生絶こうちょう』というブログを校長生活7年間で1150回(適当ですけど)ほど更新してきた続編です。引き続きご愛読頂ければ嬉しいです。タイトルを「校長先生前こうちょう」としようとも思いましたが、いつまでも校長を引きずっているようで好ましくないので、「ドクターのお気楽な毎日」としました。『ドクター』は私の冒険ネームです。私はもちろん医者でも博士でもドクダミでもないのですが、冒険活動を始めたとき仲間の皆さんが「キャット」とか「コニタン」とか「すずめ」とか好き好きな名前を名乗られていたので、私も最初は「だんご三兄弟」とか「恐妻同盟」とか「丹波の丹後」とか名乗ってましたがいま一つしっくりこないなと思っていたところに、以前勤めていたフリースクールの生徒達が私のことを陰では「毒だんご」(食えないやつという意味らしい)、表に漏れるかもしれないときには「ドクター」(正直に「毒だんご」と言えば叱られるので隠語として使っていたらしい)と呼んでいたことを思い出し、「ドクター」を使わせてもらうことにしました。「ドクター」は呼びやすく(正確には呼ばれやすく)何か深みのある人のような印象もあり(実際には何の深みもないことはすぐにばれるとしても)とても気に入っている。生徒たちがマイナスのイメージで使っていたものを、それから逃げるのではなく逆にプラスのものにして使ってやるぞという意気込みをもって名乗ったものなので、そのマイナスをプラスに変えるという気概が自分には珍しく、今後も続いてほしいという意味で特に気に入っている。SAPも代表とはいいながら、固定メンバーがいるわけではなく、指導や講演の依頼も中島先生や生涯サポのようにあるわけではないが、0から一人というマイナスをお気楽で自由というプラスに変えていきたい。皆様にもその様子を見守っていただきたいと思います。今日からよろしくお願いします。
☆『ドクターのお気楽な毎日』更新中のドクターこと丹後です