Dr.991 立場として(6月25日)
生きてるといろんな立場に立つ。父親母親みたいな家庭での立場もあるが、現役には職場上の立場が難しい。立場が上というのか、ある一定の役割を果たすことが期待される立場になると、難しさが増す。
立場に伴って取らなければいけない責任ややらなければならいことも多くなる。
立場が下の人は言うことを聞いてくれないけど、自分は立場上、責任を取ったり感じたりしなければならない場合は辛い。
全部自分の言う通りに動いて、その結果の責任を取るということならまだ分かるが、相手の資質や事情がある場合も多く、その場合でも責任を取ったり感じたりしなければならないというのは辛い。
どちらにどの程度責任があるか、事故などの場合は裁判所が判断するが、それとて完ぺきではない。裁判が誤っていたり判決がひっくり返る場合も間々ある。
日常生活では裁判まで行かないが、いろんな事案は起こる。こんな場合の対処は、ここでもドクター流「流れに任す」のが良い。自分の良心に照らして精一杯の言行であれば、その後の展開は自分の力の及ぶ所ではない。神や時や流れに任すしかない。
教育長の大役でもいろいろあろうと思うが、自分らしく自分の基準で精一杯(と言っても雑ですけど)やって、上手く行けば有難いし、上手く運ばずどうしようもなくなった時は辞職も含めて流れに従うしかない。
「かたよらない、こだわらない、とらわれない」これ久しぶりに使いますけど、ドクターのもう一つの大事にしている生き方です。あらっ、これよく考えると「流れに従う」と同じようなことですね。
かくして、今日も流れに従い一日を過ごし、立場上いろんなこともやったり言ったりさせてもらったりしながら、一日の納の晩酌を楽しみに精一杯(と言っても出来る範囲でですけど)過ごすとします。
☆昨日の早帰り途上で見かけたアジサイ。いつもここのアジサイ奇麗です。また一年が過ぎたんですね。これ焦りでも悟りでもないです、人生こんなもんでしょうかということですけど、結構面白く過ごさせてい頂いています。感謝。合掌。


Dr.990 甘辛授業(6月24日)
市内S高校1年生の「地域探求」授業に市役所職員が講師として招かれたのに便乗して参加してきた。テーマごとに各課の職員が選ばれたが、ドクターが参加したのは「教育2」のテーマを選んだ班の授業。
13名の生徒たちはさらに4つほどのグループに分かれて、「S高校の活性化や魅力」「校則」「テスト」などについて今後探求を深めていくらしい。
全体的な「丹波篠山市の教育」や、今やっている「丹波篠山の学校へ行こう2022」キャンペーンなどについて説明した後、同行してもらった昨年S高校を卒業して今本市役所職員のF君に後輩たちへのメッセージを語ってもらった。
高校生に話すのは好きだし楽しみにしていた時間だったが、自分としては今一つの出来だった。この頃、急に言われて高校生や小学生の前で話してそこそこ受けたので油断があったのか、高校生の気持ちをつかみきれなかった。
でも考えて見ると、昔毎日授業していた時は毎回うまく子どもの心がつかめた訳ではない。上手く行った時もあれば、大概は「そこそこ」だった。
この頃も人前で話す機会が増えて、「そこそこ」聞いてもらえるのが常態で、たまに上手く聞いてもらえれば良しとする状況に慣れなければいけないと反省した。毎回ヒットを期待してはいけない、と自分に納得させる。
それにしても、最後にあった生徒達の質問に対するドクター答えは情けなかった。
質問1「S高校の昔と今はどう違いますか」
答え「S高校は、有名大学へ進学する人から、やんちゃな世界で生きる人までいろんな人がいるのがいい所です」
質問2「高校にテストはいると思いますか」
答え「自分がテストの意味を感じて主体的に受けるなら良いことです」
質問3「教育長の給料はいくらですか」
答え「十分です」
これでは全然答えになっていない。
「この程度の答えしかようしない人(ドクターのこと)でも楽しそうに暮らしている」と思ってもらえたり、
役所勤めで緊張の続く新人職員を現場からちょっとの間解放したことぐらいが成果かもしれない。
☆今回の授業、自己採点60点。精一杯はやったんやけど、ごめんね高校生。今度は挽回するから。次があったらやけど( ^ω^)・・・


Dr.989 引継ぎ(6月23日)
久しぶりにかつて校長をしていたS高校を訪れた。ドクターが勤めていた頃の人はほとんどいなくなっていたが、学校はあるし、生徒達もドクターの頃と同じように自分らしく学校生活を送っていた。
地域と共にある学校、地域に貢献する学校、農業を学び農業で学ぶ学校、少人数で一人一人を見る学校、
この学校の特色は見事に引き継がれている。
「親は無くても子は育つ」というけど、「初代校長はいなくても地域農業高校は育つ」
これも子育てと同じで、少し寂しい気もするけど、基本的には喜ばしいことだ。
こうして代々その時々の人が自分の思いと時間をかけて関わって来たモノ(人・学校)が、成長して
受け継がれていく。こうやって人間や文化は続いていく。
今の人にできるのは、自分が関わっている時間、自分なりにその場に全力を投じることしかない。
それで十分だし、そうやって代々続いてきたし、生かされてきた。
後、足すとすれば、「全力」と言っても、頑張り過ぎず、自分の楽しみもい入れながら、自分の受け持ち時間を自分も周りの人も楽しく過ごせたらいいな、ということぐらいだ。
☆久しぶりのS高校には、いろんな動物も代が変わっ存在するし、建学の精神を受け継ぐ後輩(先生)もいる。こうやって世の中は回って行く。自分の時代、自分の役割を自分らしく精一杯果たそう(頑張り過ぎませんけど)。



Dr.988 出たがり症(6月22日)
オリンピック・パラリンピックのホストタウン給食で、南米プエルトリコとバハマ、台湾の料理献立が出て、それに関する食育指導や謂れを説明する会がJ小学校で行われて参加してきた。
当初は試食するだけの予定だったのが、会場でよっぽど出たがりオーラが出ていたのか、担当者が気を利かして急遽出番をつくってくれた。
「いただきます」係だ。やる前は急に言われてもとか何とか思っていたが、その番が来ると俄然元気が出て大きな声と「私は小学生の頃の前回東京オリンピックをよく覚えている。皆さんの記憶に今回のオリンピックが残ることを願って」「応援の気持ちを込めて元気な声でいただきま~す」と吠えた。
その後趣向を凝らした給食を頂いていたら、今度は担任の先生が気を利かして、「ごちそうさまもお願いできますか」と言われる。
二つ返事で引き受けて、今度は「みなさ~ん、今食べた給食はどこの国の献立だったか覚えていますか」
みんなで行ってみましょう、先ずは「プエルトリコー」次は・・・・、と続けて、
「私達が応援する国は他にもう一つありますどこでしょう」、さあみんなで、せえの「にほーん」
こんな感じで結構受けた。やっぱドクターは「出たがり症」か「人前好き症」でしょうかのようだ。
後で担当が「急に振ってすみませんでした」と言われたが、「全然大丈夫です。またいつでも言ってください」は完全に本心だった(´;ω;`)ウゥゥ
☆出たがり症が満たされて上機嫌でオリパラ記念献立を頂くドクター

Dr.987 友の力(6月21日)
友達は多い方ではないが、多い方ではないから余計に、高校剣道部友達が大切だ。普段はライングループでやりとりしてるが、年に数回黒豆作業を契機に集まる。昨日は黒前の苗を畑に移植した。ペアで一人で植えるが、その間にもいろいろ話をして盛り上がる。みんなの一挙手一投足に高校時代から変わらぬ個性と何十年の時を経て知る別面が見え隠れして面白い。元気をもらう。場所を提供してくれるYさんはじめ、車を出してくれるYセンセイ等みんなの協力の心が嬉しい。ドクターはこれといった貢献が出来ず申し訳ないけど、一杯喋って一杯笑わしていただいた。後のメールでそれが良かったと言ってくれる心配りもある。
こんな友達に巡り合えたことを感謝しながら、自分の出来ることを精一杯やっていこう。ちょっと元気が出た。
☆元気をもらう高校剣道部時代の仲間との共同作業。




