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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.996 同級生(7月1日)

普段あまり同級生に出会わない。出会っていても顔を忘れていたり、お互いに容貌が変わっていて分からないのかもしれない。

同級生は同じ時代環境で生きて来て、思いでも同じくしている場合が多いので一際懐かしい存在だ。一度ゆっくり昔のことを話したいと思うが、なかなかそういう機会はない。

 この間久しぶりに同級生から連絡があり、市に防災用のマットを寄贈したいというので、市の担当者とともにI君が働く倉庫に現物を見に行った。

 寄贈式をしようと提案したが、そんなものはいらないという。「昔の話」をしようと思ったが、どちらも用事があるのでちょっとしか話せなかった。

 もう少し話したかっという思いは残るが、それでも同じ思い出を共有している同級生に会えたのは良かった。昔と今は分かっても、その間の長い時間は別々の道を歩んでいる。

 共通の昔話と、その後の互いの別々の人生の紹介し合い、これはなかなか興味深い時間になるはずだ。I君も含めてこれからまだまだ同級生に再会していろんな話がしたい。

 自分としても、それまでいろんな物語を紡いで、ぼちぼち生きたい。みんなそれぞれの人生を歩んでいて、折に触れて出会い、語る。人生の楽しみの一つだと思う。

 ☆同級生I君が働く倉庫と時間の長さはほぼ同じだが、その間にいろんな人生を歩んできた二人。別々の人生が時折交差する。人生の楽しみの一つです。

Dr.995 ほどほど(6月30日)

自分のことを「お気楽」「上機嫌」「絶こうちょう」などと称しているので、ドクターはいつもマックス上機嫌で楽し過ぎる毎日を送っていると思われる方がいるとしたら間違いです。

 それなりにいろいろあって、調子よく気分良い時もあれば、調子悪く落ち込む時もある。総じてみると「ほどほど」ということだろうか。でも、この「ほどほど」と言えるだけでも有難いことだとは思っている。

 昨日も、調子よく中学生の前で話す機会もあったが、文化財認定書贈呈式のあいさつや県の高校あり方検討委員会での意見表明など緊張する場もあったし、保育保護者説明会ではいろんな課題やご意見も頂いた。それぞれに関係する職員の皆さんの動向や思いも気になる。

 気にはなるが、どうしようもないことはどうしようもない。できることをできるだけ自分らしく(ということは、流れに任せて機嫌よく)やっていくだけだ。それでうまく行けばラッキーだし、上手く行かない場合は仕方がない。「仕方がない」ことは「仕方」が「ない」のだから、それ以上どうしようもなくくよくよしない。

 総じて人生は「ほどほど」が良いと思っていれば、こんなもんだと合点がいく。「上手く行くのが人生」「人生は幸せをめざすべきだ」なんどと気負っていれば、上手く行かない時の落ち込み度が大きくなる。

 「まあこんなもんでしょう」と一日(その積み重ねの一生)が終われれば上出来としよう。「総幸福度」を求めすぎない、諦めというのか、高望みし過ぎない平常心が心の安定には良いように思われる。

 ☆ウロウロしてる時に見つけた、路上の植え込みの下に咲く花。こんな感じで生きて行きたいが( ^ω^)・・・

Dr.994 豊かな心(6月29日)

市教委が管轄する田園交響ホールの運営委員会に出席した。舞台オペレーターやらホールの運営に長年協力して頂いている皆さんに集まっていただいた。メンバーの中には、合唱や楽器演奏やら演劇やらいろんな芸術活動に参加されている方が多い。

 人が生きて行くには体力や知力や人間関係力などがいるが、この芸術の力は直接ではないかもしれないが、豊かな心の育成に関わり、それはそれでとても大事な役割を演じている。

 豊かな心が生きて行く上で必要かどうかは「人生の意味」や「生きがい」と関わってくる。

 そんなものはいらない、自分は芸術なしで生きてきたという人もいるだろうし、芸術のために生きている、芸術をやるために働いているという人もいるだろう。

 どちらが良いとかいうものではないだろうが、ドクター自身はどう生きているだろうか。

 かつては狂言に20年近く関わっていたが、それも流れでやる事になっただけで特に芸術が無くては生きていけないということでもない。かと言って、効率や目的意識ガンガンに生きている訳でもない。

 余裕というのか、フラフラと直線的ではない生き方をしてきたので、芸術に通じる豊かな(ちょっと自分で言うのははずかしいですけど)生き方をしてきたと言えなくもないが、当人にそんな意識はなく、ただやる流れになったことを、芸術だ仕事だと分別せず受け入れて面白くやって来ただけ。

 でも委員会の場を心地よく感じるのだから、どちらかと言えば芸術系かもしれない(特別の分野はないですけど)。

 世の中には驚くべき才能に恵まれた凄い人がたくさんおられる、自分にはそんなものは何一つないが、特に何の才能が無くても何とかやっているというというのは一つの才能か。単に偶然に恵まれているというだけのようにも思うが、特に何の才能が無くても何とかなるということを知ってもらい、多くの皆さんに元気を与えられればとは思う(´;ω;`)ウゥゥ

 ☆コツコツと校務に励まれている市内高校の教頭先生方と。自分にもそんな時代があったことはあったのだが、コツコツというよりはフラフラと過ぎた気がする。これを芸術系というのだろうか。

Dr.993 効いているのかいないのか(6月28日)

物忘れ防止サプリを飲んでいる。以前から物忘れが進んでいる自覚はあったが、今の仕事に就いて物忘れが続きすぎると支障が出るだろうと購入した。

 一緒についている脳力活性プログラムもやっているが、足し算や引き算、パズルみたいなのが毎週繰り返される。計算時間は速くなっているが、これはサプリが効いたのか演習になれたのか定かでない。

 日常生活が何とか送れるなら、加齢に伴う脳力低下は、他の能力や体力などと一緒で仕方がないと思うが、生涯現役(ピンピンコロリ)を理想とする身としては、加齢による諸力低下はゆっくりなほど良い。

 若い頃の学びや成長は早く早くと考えていたものとしては、自分勝手な人生都合だとは思う。

まあ確かに至る所に加齢の影響は感じるが、加齢によって得たものもあるはず(直ぐには思いつかないけれど)で、流れに順じて生きる身としては、抗えないものはあらがえない。それを無理して焦るよりは、仕方ないと割り切ってまだできることを機嫌よくやって行きたい。

 それにしてもこの脳力低下の話し、前にも書いたのではないかと気になる。気にはなるがまあいいか。

 ☆脳力活性ドリルに取り組むドクター。こんな写真も前に撮ったような気もするが、加齢ある(華麗なる)ドクターで行きます。

Dr.992 至福の時(6月26日)

この間教育長室に、丹波市の元新聞記者のUさんと、狛犬を中心としたさまざまな研究をされている女性Yさんが、丹波市の郷土史の冊子で丹波篠山の波多野氏についての研究をとりあげたからと言って、その記事が載った冊子を寄贈するからと言ってやって来られた。

 そして、ひと時その記事に関することに加えて、共通の知人や共通の話題で盛り上がった。

 成り行きで、高校教師時代に日本史を教えていたが、素養がないので授業中に「仏像の真似」をした話を披露したら、「それは子どもたちは喜んだでしょう」と好評価してくださったことに気を良くして、自分の半生の概略を話した。

 お二人は何かの要望に来られたのではなく(強いて言えば「丹波市と丹波篠山市仲良くやりましょう」というお話は出た)、何かの課題を与えに来られたわけでもない。

 こんな何のしがらみも何の駆け引きもない訪問や会話は久しぶりで、相手の話を聞いて、自分の思いを語る。こんな無邪気なやりとりは至福の時だった。

 お二人の博識ぶりや、損得抜きに社会(地域)貢献されている姿、自分の興味のあるコトをする楽しさなどが伝わってきて、学びや気付きも多かった。

 翻って、自分のしたいコト、やりたいことって何だろうと考えて見た。いろいろあったけど、どれもちょいかじりはさせてもらったので、今やりたいことは、今やらせてもらっている教育委員会の仕事が自分のやりたいことかもしれない。

 至福の時を過ごさせてもらっていることに感謝しながら、今しばらく時を紡いでいこう。

 それにしても「仏像の真似授業」の話し、若き高校教師時代の一コマだが、こんなに人生の後半で語るとは思ってもみなかった。よく考えて見ると自分の軽薄さや面白好きという本質を表す絶好のエピソードかもしれない。

 どっちみちなら自分の人生の象徴は「〇〇の研究」みたいなのが良かったが、そんな深みもないのでまあこんなもんでしょう。もしかしたら、軽薄さや「お気楽ブログ」が「仏像の真似」とともに自分の生きた証となるかも。

 どっちにしても軽い(´;ω;`)ウゥゥ

 ☆至福の時を過ごさせていただいたお二人と。お元気でまたお会いしたいです。

  皆さんも、私に至福の時を与えにお越し頂けませんか。お待ちしております。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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