Dr.1864 ちょっと無沙汰します(2月9日)
昨日も何とか終わり、朝を元気に迎えることができました。いろんな力に助けられ、グダグダではありましたが、何とか昨日を乗り越える(というか何とか終えるというか)ことができました。渦中にいる時は夢中で、終えると後悔や反省はあってももう終わっているので、どうしようもないし、どうしなくても良い。
本当は反省を生かして、明日から(昨日から見れば今日から)の生活を改善していかなければならないのだとは思いますが、これがなかなか難しい。
それにしても世の中には、攻撃的な人もいれば、マイナスオーラの人もいて、この対応がなかなか難しい。無理に付き合う必要もなければ、それに越したことはないが、いろんな関係上必要最低限の付き合いはしなければならないこともある。
反対にプラスオーラの人もいて、こちらは接していても気持ちが良いが、プラス・マイナスオーラが混じっているのが世の中。結局は何をやっても、肯定的な声と批判的な声とがある。精神的健康を守る上でも、自分の健康を維持できる人間関係を保ちたい。自分が元気で笑顔でいることが、周りのためにもなる。
☆昨日せっかく久しぶりに会った優しい教え子とツーショット撮ったのに、データファイル壊れて再生できません。それとは全く関係ありませんが、諸事情によりブログ更新は12日以降になります。ご無沙汰しますけど、元気ですのでご心配なく。いろんなこと起こりますが、いろんなタイプの人、みんな大事にはしていきたいと思っています。またお会いする時まで、皆様お元気で。ボツボツ行きましょう。

Dr.1863 ちょっとマシ(2月8日)
お陰様で昨日はちょっとマシな日だった。少し元気を回復したが、また今日は難航が予想される案件があるので、気が重い。
ちょっとマシな日に元気をちょっと取り戻しながら、その元気で行けるところまで行く。その先は分からないけど、歩ける間は歩みを続ける。それしかないし、それで十分ではないでしょうか。
構えていても、思ったほどでなかったり、大したことないと思っていたら想像以上に大変だったり、なかなか自分の予想とは違う展開になるが、予想通りでないから人生面白いのかも。
これまでの人生がそうだった。全く予想もしない展開だったというのか、元々そんなに先を予測するタイプではない。「人生行き当たりばったり」というのか、実際に起こる人生の展開を受け入れながら進んできたように思う。
根本には、自分を生かさしめている大きな存在への信頼がある。自分を生まれさし、生き続けさせているというという有難い恩恵を受けているのだから、やってくることぐらい受け入れて行かなければならないし、悪い展開ではないはずだ。
正直、時々「何でこんなことが」と思うことが起こってしまうことがあるが、後から振り返ると、その時の自分には必要なこと(試練)だったと思える体験がある(といっても具体的な中身はうろ覚えになってますけど)。
このいい加減さ、「うろ覚え」の不確かさが、ドクターを元気で生かせているのかもしれない。そんなこんなで、今日もどうなるかは分かりませんけど(正直不安もありますけど)、出たとこ勝負(そんなに勝ち負けにこだわりませんけど)で、ぼちぼちいかなしゃあないですね。
☆こんな景色もありました。今日はどんな奇麗な景色が見られるのかな。そんなに気張り過ぎずに、出来る範囲でボチボチ行きましょう。

Dr.1862 勇気100%(2月7日)
中々辛い状況になっている。自分に批判的な言葉に遭うのが続いた。こんな時、朝のランニング(ウォーキング)で自然と歌ってたのが、アニメソングの「そうさ100%勇気、でもがんばるしかないさ」だった。
調べてみると正しい歌詞は、「そうさ、100%勇気、もうがんばるしかないさ」で、「でも」と「もう」が違っていた。ドクターとしては、「もう」の方が覚悟があって良いと思うが、自分の心境としては「でも」で、いっぱいいっぱい追い込まれてる感じがあって、こっちの方が今の心境に合ってる。
「でも」でも「もう」でも、「がんばるしかないさ」なのだが、「あんまり頑張り過ぎないで自分らしく」を信条としているドクターとしては、あんまりよい状態でないのは確か。
でも、奥様の「そんなにしんどかったら、いつでも辞めたらいいやん」という言葉に力をもらい、子どもたちによくいってた「〇〇にもかかわらず笑顔」を思い出し、辛い状況にも関わらず笑顔でいけるところまで行ってみたい。
こういったからと言って心配される方があるといけないので、申しておきますが、ドクター弱気癖がありますが、おおまかな性格なので、弱気にもいい加減なところがあって、弱気で一日押し通すこともないと思います。これまでも何度か辛いことはありましたが(他から見ると何やそれぐらいって感じかもしれませんけど)、何とかやってきましたので、今回も「何とかなる」と思ってます。
というか、それほど落ち込んでいる状況ではないです。今朝の「100%勇気」の歌の話を書こうと思って書いてたら、深刻そうな話になってちょっと困ってます。なんせドクターのことは心配ありませんので、皆さん、生きてると晴れもあれば雨もあるので、雨の日には「100%勇気」を歌いながら、陽気と笑顔を忘れず前へ進んで行きましょう。
☆奇麗な風景だと思って撮りましたが、けっこう怪しげな絵ですね。現実の世界も、見方によって捉え方違ってくるかも。良い面も忘れず、元気出して行きましょう。

Dr.1861 強さと優しさ(2月6日)
ある会合で、ある人の発言を強い口調で注意する発言があった。別の人も同じ論理で強く相手の人を批判された。ドクターはその人たちの強い発言を聞いて、「おっしゃる通り。なぜそこに気付かず、相手の言い分を受け入れようとした」自分を反省した。
どんな時でも、論点を冷静に整理して、どの相手に対してもおかしいことにはおかしいと言える強さを持たなければならない。その時は本当にそのように考えたし、そのような強い生き方にも一理はあると思う。
しかし、その後、ある本を読んでいて、「優しさ」や「柔らかさ」の大切さに改めて気付かされた。ドクター的には、こちらのほうが馴染みがある。
間違いを鋭く指摘して誰に対しても注意する強い生き方も公平公正という点で立派だと思うが、自分にはなかなかできそうにない。それよりも、柔らかく、摩擦を避け、優しさを持って自分から謝ることも辞さない生き方。これって、無難を第一とする軟弱な考え方だと思っていたが、この本によると、「優しさ」は生命の原点で、どの宗教の根底にある考え方で、決して強さに劣るものではないということだ。
良いタイミングで良い本(文)に出会った。これからは、冷静に自分にない強さや論理さは認めながらも、自分の持ち味である、柔らかさや優しさに自信を持って、こういう生き方・考え方で自分は行くんだということを忘れないようにして行きたい。
☆昨日は冷たい雪交じりの雨が降ってました。厳しい寒さを溶かす、あたたかい優しさや柔らかさを大事にして行きたい。何事も徹底しないのがドクターなので、ちょっと不安ですけど。これもまあ柔らかさと言うことで大目に見て行きますか。いい加減ですね。でもいい加減は良い加減だよーン。

Dr.1860 ご縁(2月5日)
以前から科学的には証明できない、人生を進めていくつながりを「ご縁」として大事にしてきた。もともとが、科学的根拠とかエビデンスというものよりも、「直観」とか「ひらめき」「思い付き」「大きな流れ」「思し召し」とかいったものに親和性がある。
たかが人間、たかが自分(卑下ではなく)が、こうして生かされているのは、大きな力の「おかげ」という思いがある。自分の意志とか自分の努力を軽視するわけではないけど、がんばれば何でも叶う、何にでもなれるという思いはない。
謙虚に自分の役割を果たしていくには、「ご縁」や「流れ」を信頼して、自分に与えられた役割を自分らしく出来る範囲で精一杯やっていくというのが良い。
中には「自分の意思や力だけでここまで来た」と思っている人もいるかもしれないし、生き方考え方は個人の自由なのでとやかく言えないが、ドクター的には「生かされている自分」「大きな(自分の意思や理屈を超えた)流れやご縁で生かされている自分」というのがすっと入ってくる。
「ご縁や大きな意思に支えられている」という思いが、将来の不安や迷いを解消してくれる。これからどうなっていくのだろうというワクワク感(ご縁や流れへの信頼感がなければ不安感と言うことになる)を持って生きられるというのは幸せなことだ。
皆さまも、今日がワクワク感を持って過ごせますように。
☆この週末には、こんなんもやらせて頂きました。ありがたいことです。
