Dr.1869 鈍感(2月16日)
「この頃寒さに強くなった」と言ったら、奥さんから「それは鈍感になっただけや」と言い返された。ドクターとしては、冬の初めはまだ体が寒さに慣れていないので寒く感じることも多かったが、だんだん寒さに体が慣れて、防寒着なんか特に着なくても過ごせるようになったので、寒さに抵抗感が出来て「寒さに強くなった」と思っていたのだが。
奥さんが言うには、齢を取ると何事にも感覚が衰え、感じ取る力が衰えるのだという。だから暑さ寒さにも鈍感になっているのだと言う。
老化を言われるのはちょっと癪だが、「鈍感」そう悪くない。むしろ「鈍感力」と言ってもいいくらい。寒暖だけでなく、人からとやかく言われるのにも鈍感になって、いちいち落ち込まないとしたら、むしろ鋭敏よりも生き易い。齢を重ねることで、無くなるものも多いけれど、生き易くなる面もある(と思いたい)。
その一つがこの「鈍感力」かもしれない。自分の思い通りにならなくても、それにとらわれ過ぎない。自分と合わない人ともそれなりに深入りしないで付き合っていける。こうした「とらわれない力」「こだわらない力」なども味方につけて、より生き易くなることを目指したい。
皆さん何でも完璧には行きませんけど、ボツボツ少しでも生き易いようにして行きましょう。あっ、これって「ボツボツ力」でしょうか。
☆これも昔の写真ですけど、こんなこともあったんですね。「忘却力」か。

Dr.1868 春気分(2月15日)
季節外れの暖かさで、冬だというのに春気分。冬の時期の「春気分」いいもんですね。実際の春だと、農作業やこれからの業務のことなどあれこれ考えて、そんなにゆったり構えていられないと思うけど、この農閑期、本当なら寒くて何もやる気がしない厳寒期に、思わぬ「春日和」「春気分」、寒さの中のぬくもりもあってか、心が理屈抜きで弾みます。
この弾んだ気分も、毎回だとそう弾まないかもしれないけれど、たまにあったたまたまの「春日和」ということで、なんかこう心が浮き立った。
そうですね。何でも、いくら良いことでも、毎回、その状態がずっと続くと、感激が薄れて来ます。感謝の心もそうだと思いますけど、今の状態に慣れてしまうと、その有難さが薄れてしまう。無くして初めて、その本当の価値に気付くということは間々ある。
「春気分」も「感謝」も、それを忘れないように、今あることの有難さ、今感じられることの有難さを噛みしめながら生きられれば、日々の暮らしが心豊かになると思う。
いいこと気付いてもすぐ忘れてしまうというのがドクターの弱点だけど、年齢を重ねた年の功として、今回の気付きは長続きするように努めたい。この決意も嘘ではないけど、こんな決意もこれまで何度かしたような。それも明確に覚えていないという大まかさが自分らしさでもあると思ってますけど。「自分らしさ」にも、そんなにこだわりません。これ最近学んだことです。いつまで覚えてるか自信ないですけど・・・・
☆まだカメラ直ってませんので、5年ほど前の2月の写真ですけど。やはりこの時期、春の訪れ(梅の蕾)を伝えたかったようです。かつては、写真データをパソコンに入れてたようです。いつまで入れてたかよく覚えてませんけど、やってることや考えてることはそんなに変わってないような。

Dr.1867 入れ歯に合わす(2月14日)
作家でもあり武道家でもある方の「入れ歯に口を合わせる」という言葉を知った。普通は削ったり調整したりして口(身体)にあった入れ歯をつくるものだが、それでは又歯茎が痩せたりしたら入れ歯を作り直さなければならない。そうではなくて、入れ歯に口を合わせるようにする。最初は違和感あるかもしれないが、その内馴染むことが出来れば、例え口腔内の条件が変わってもこれまでの入れ歯でやっていけるというのだ。
もちろん、入れ歯の話は一つの例えだが、その時々の状況(条件)に自分が合わせていくというのは一つの生き方(考え方)として大事なことだ。人は年齢や諸状況によって仕事や生活環境が違って来るけど、そんな時「自分らしさ」とか「自分の思い」にこだわらず、その時々の状況に合わせてそれに合った生き方をしていくということだ。
ドクターこれまで、「その時々のご縁や流れによってやってきた状況で自分らしく精一杯でも頑張り過ぎずにやっていく」というようなことを言って来たが、ここでいう「自分らしく」も、その時々の状況の中での自分らしさと言うことで、どんな状況でも変えない「自分のやり方」とは違う。
固定的な自分のやり方・考え方に固執していると、状況が変われば合わなくなりしんどくなる。その時々の置かれた状況で、最適の自分の歩み方を柔軟にみつけていくことの大事さを言っているのがこの「入れ歯」の例えで、ここで今一度柔軟にその時々のベストを生きる生き方の大事さに気付かせてもらった。
これからも、その時々でできる最適な生き方で生きる、これができればどんな状況になろうとも心配はいらない。今日も柔らかく、自分を今の環境に合わせて行きましょう。
☆カメラ修理中の為、新しい写真がありません。これ前にも使ったかもしれませんけど、以前にSDカード不調を訴える写真です。その後カードは買い替えたけど、今度はカメラが故障するとは。人生どんな状況になることもありますが、その状況で出来ることをやりましょう。ということで今日の写真はこんなのです。こんなもんかな、その時々に最適の生き方って。

Dr.1866 宿命(2月13日)
今年の市民ミュージカルを2度観た。配役がA組とB組で違うので両方見なければ、違いが分からないということで今回初めて二日にわたって2回同じ演目のミュージカルを観た。
今回の演目ノートルダム:ド:パリで描かれている世界は、いろいろなテーマが交錯するが、ドクター的には「宿命」というのが心に残った。自分の意思だけでなく、人生が自分が生まれる前から決まっている大きな意思によって展開していく(今回の舞台では翻弄されていく、といっても良いと思うが)。
なかなかの悲劇だが、こういうこともあるのかと感じさせられた。ただ、宿命には「悲劇」だけでなく、明るい展開のものもあるとは思いたい。
日頃から大きな流れとか、ご縁とか言っているドクターとしては、宿命のような大きな枠組みはあるようには思うが、それを悲劇だけと捉えず、自分の想像を超える思わぬ展開、それが必ずしも悪いものではないということもあると思いたい。
何事にもプラスマイナス両面あるので、宿命にも勿論マイナスというのか悲しい面もあると思うし、今回の舞台ではそこしか見えなかったようにも思うが、作家は敢えて描かなかったかもしれないが、きっとプラスの面もあるはずだ。
いづれにしても、「宿命」の大きさから言えば、誰もそこから逃れられないように思わされた。ただそれをマイナスだけにとらえず、その枠の中でも自分が出来る最善の営みはして行きたい。何も宿命は人を不幸にすることを目指している訳ではない。プラスマイナス、幸不幸を超えた大きな流れが宿命だと思うが、与えられた命、生かされている命を信じ、明るい面を見ながら生きて行きたい。
それにしても今回の舞台は大きなテーマを与えてくれた。こんな大きなテーマを考えさせてくれた舞台を演技には素人の市民が演じる。すごいパワーです。これから少しづつ咀嚼しながらさらに宿命考えて行きたいと思います。
☆特に今回の舞台とは関係ありませんけど、こんな写真が残ってました。これもご縁でしょうか。

Dr.1865 ラスト・タンゴは一度だけ(2月12日)
ブログ更新できなかった(外泊していた)一つの理由に、大学空手道部の70周年記念式典に参加したというのがある。初代主将93歳(ことらは後に部が合体した神戸商船大学の方です)をはじめ、多くの先輩後輩、現役とお出会いでき、合同稽古にも参加し、何十年ぶりかに懐かしい練習をした。
祝宴もあって話も弾んだが、先輩方とあの時はこんな厳しい練習したり、裸足で山道走ったり、一日中拳立て(拳を握って腕立てをする)やったりしてしごかれました、みたいな話をしていると、後輩たちから「丹後先輩は(ドクターのことです、当時は先輩からは『丹後』、後輩からは『丹後先輩』と呼ばれてました)、『これがラストの突きや』『この移動練習もこれがラスト』といいながら、何回もラストが続いたので困って、ある時練習前に当時流行っていた『ラスト・タンゴは一度だけ』という曲を流して、ラストの掛け声は一回だけにしてもらおうとしたけど、先輩は気付かれませんでした」と打ち明けられた。そんな曲が本当にあるかどうかは知らないけど、これは良くできたおもろい話ですね。
自分は優しい人間だと思っていたけど、自分も知らない間に先輩と同じように後輩たちに厳しい指導をしていたとは。でも全員スピーチを聞いていると、どの先輩・後輩も「自分達も先輩から厳しい指導を受けた。空手道部の経験は今後の人生に生きるから、がんばって4年間練習を続けてくれ」みたいな話が出ていた。
歴史は繰り返され、今に続いている。伝統の重みを感じるとともに、自分もその伝統の一ページを飾らせてもらったことを嬉しく誇りに思う。
皆さん、それぞれが自分では気付かないかもしれませんが、伝統の一部となり歴史をつないできているということです。それは大事なことですが、先ずはそんなに気張らず、自分らしく自分のやり方、自分のペースボチボチ行きましょう。ラスト・タンゴの後輩のようにユーモアを入れながら。
☆懐かしい大学の正門。その後カメラ故障のため、合同練習以降の写真はなく、今もカメラは修理修理中です。明日からの映像どうなるかしらん。『タンゴ・カメラは修理中』こんな曲はないですね。
