Dr.2550 気晴らし(3月12日)
今朝の新聞で、人間は生きているといろいろ不安なことがあるので、それらを直視せず気を紛らわせる気晴らしが必要みたいなことが書いてあった。
いろんな不安には、死とか不幸とか無知とか書いてあって、気を紛らわせるものとしては、遊興や多忙な公務とかが書いてあった。多忙な公務もストレスになるけど、もっと大きな不安や死から、気を紛らすことにはなるというのだ。
何せ、日々ホッとすることもあれば、しんどいことも多い。ドクター的には、先ずは一日を生きることに専念して、そのほかのことはまたの機会に考えるという生き方でやっているが、これも人間の本質的なしんどさを逃れるやり方かもしれない。
人間の本質にしんどさがあるというのは救いがないような気もするが、だから気晴らしが必要、有効という考え方は一理あり、だから遊興や他愛のないこと、やらなければならないことをたんたんとやっていくことにも意味があるということを言いたいのかもしれない。
人間の本質がプラスであろうとマイナスであろうと、気晴らしやいろいろな考え方も使いながら、日々を生きていかなければならない。遊興か公務か、その他かは、自分に合ったものを選びながら、何とか今日一日をできれば機嫌よく生きていきましょう。「ボチボチ精神」もいいと思います。
☆久しぶりに見た丹波篠山を取り囲む山、若い時に冒険教育研修で訪れた信州を思い出します。いい思い出も気晴らしに効くような。

