Dr.1008 最後の一花(7月15日)
知り合いに教育長就任祝いに頂いた胡蝶蘭の花びらがどんどん落ちて行って、ついに最後の一枚となった。「最後の一葉」ならぬ「最後の一花」。
小説のように、最後の一枚が散ってしまえば自分の命(使命)は終わると強く思っていたわけではないが、毎日花びらが散って行くのを見るのは寂しい。丁度その頃自分の元気も無くなって来ていたので、冗談交じりで「この花が散ってしまえば自分の元気も無くなってしまう」みたいなことを言ったりしたこともあった。
今が完全に元気を取り戻したわけではないが、「(花が散ろうと散るまいと)自分の役目が終わるまでは精一杯やる」という思いでいる。
「流れに任す」という人生訓と同じく、周囲のいろんな環境(花的、人的、体調的・・)が変わっても、それを受け入れながら、やること(やる流れになったこと、やる羽目になったこと)をやれる範囲でやるだけだ。
「最後の一花」を前にして、自分の生き方を再確認できたのは意味があった。何事(最後の一花が落ちることも含めて)にも固執せず、たんたんと自分の人生を歩んで行きたいと思ってますので、小説のように「最後の一花」を描かなくても大丈夫です。
小説では、雨の日に「一葉」を描いた人が亡くなってしまうようなことだと思うので、自分の周りの方にはそんなご苦労はかけたくないなとは思う。知らない間にご苦労かけてる人はたくさんいるとは思うけれど。
いろんな人に(これまで元気をくれた花にも)感謝しながら、機嫌よくいきたい。
☆最後の一花を前にいろんな思いのドクター。まあ行けるとこまでがんばります。