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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.2122 届いてますか(11月19日)

 今日のドクターブログは皆さんに届くだろうか。今のところは作成画面が立ち上がっているので、文章は打っているが、これが皆さんのところに届くまでにはまだまだ不安がある。なんせ、機械オンチ(音楽音痴もありますけど)なので、少しパソコンやカメラの不具合があると、お手上げ状態です。

 昨日は、ログイン画面が出てこなくなって、知り合いのパソコン屋さんにこのパソコン本体を持って行って見てもらった。直ったのは直ったのだが、未だにどこが問題だったのか理解できていない。

 その前は、SDカード異常でカメラ映像がアップできなかった。このような機械オンチが、2000回以上ブログを更新しているということで、パソコン屋さんは驚いておられた。これもいろんな方に助けてもらっているお陰だと思うし、何より見て頂いている方がおられるからこそと感謝しています。

 今回は、ここまで打った文章がアップできるかどうか、皆様に届くかどうか分からないので、特段のメッセージは入れてませんが、敢えて入れるとすると、当たり前と思っている日常(この場合なら、ブログ更新)が如何に有難いことか、多くの方に支えられていることが改めて分かったということです。

 でも、今日の何よりのポイントは、この画面が皆様に届くかどうかです。どうです、届いてますか?

 ☆昨日、いくつかの場所で虹を見ましたが、これも届いてますか。届けば、また明日から人生に対する思いも載せて行きます。多分、流れとご縁を大切にしようというようなことになるとは思いますけど。まあ、ボチボチ行きましょう(なんか調子戻ってきました)。

Dr.2121 潜在的可能性(11月17日)

 今日の新聞に定年後の人生が充実しているという人の話が載っていた。定年前の仕事とは全く違う仕事に従事して、若い層の人との付き合いもあって、日々が面白いらしい。

 60代や70代になって、絵や音楽の才能に目覚めたという人の話も読んだことがある。定年までは、生活費も稼がなくてはならないから、そういう可能性がまだ表には表れていないけど、割と自由な時間が出来た時、潜在的可能性が花開くという。

 でも、何かを花開かそうと準備するのは又違うらしい。花開くときには花開くし、無理に開かそうとしてもダメと言うことらしい。

 結局自然体で、その年齢や環境に合ったというのか、沿ったというのか、巡って来た生活をやっていれば、花開くときには開くし、開かなければ全てが終わりと言うことでもない。

 ドクター人生といえば、何かが花開きそうな感じはないが、いろんな先人いるので、希望を持って、何が起こるか楽しみにしていきたい。ただ、可能性には良い可能性だけでなく、悪い可能性もあるので、そちらの方は開かないように気は付けます。

 ☆いつも見る庁舎前の樹木ですけど、いろんな顔(可能性)を見せてくれます。当人はそんなに意識してないかもしれませんけど。自然木のように自然体、これですかね。

Dr.2120 やるかやらないか(11月16日)

 いろんなイベントで挨拶することがあるが、派手にやるか静かにやるか、やらないかで迷う。何か面白いことを期待されている場合や、やったら喜んでもらえるような場合はやってもいいが、後の人がやりにくそうな場合は気になったりする。

 静かに普通の挨拶だけする場合は、聞いた方もやった方も印象に残らず直ぐに忘れてしまうので無難と言える。

 自分の存在意義はみんなに喜んでもらうことだし、いつでも何らかのメッセージは伝えたいと思っているので、何かやる事は意義があると思っている。

 一番難しいのが、やったらやれそうだが、やらなければやらなかったで済んでしまうような場合だ。この場合、何もやらなかったとしても誰からも文句は出ないが、自分がそこにいる意味がない。別に目立ちたい訳ではないが、関わった人に喜んでもらえたり何らかのメッセージを伝えたりする機会を逃してしまったことになる。

 一般的には、「迷うのならやった方が良い」と言えそうだが、それがなかなか簡単ではない。やったらやったでやり過ぎたのではと悩み、やらなかったらやらなかったでやっときゃよかたのかなと悩み、結局悩みやすい性格で正解があるわけではない。この場合、結局やるかやらないかは流れに任せて、流れの結果にくよくよ悩まないという、他の場面にも応用できるいつもの結論になるのです。

 ☆やったらやったで悩み、やらなかったらやらなかったで悩む、そして結論は「流れ」に任せろとなるドクター。結局皆様、大きな流れを信頼して、任せて参りましょう。

Dr.2119 減量(11月15日)

 人間ドックを前に、つけ焼き刃の原料を2~3日前から始めた。トレーニング時に体重計に乗るが、最近なかなか下がらないので気にはなっていた。今の減量は3度の食事を減らすというよりは、たらふく食べていた間食を減らすということから始めている。

 間食を食べる量を少し減らすというのでは、曖昧になると思い、間食を完全に断つという作戦でやっている。しきりに口が寂しいことはあるが、何とか耐えて全く間食をしない日を作ることが出来た。

 しかし、その後の体重計では体重が増えていてショックだった。「何で食べないのに体重が増えるの」と嘆いたが、考えて見れば三度の食事は変わらず食べているので減らないこともあるか。

 まだ始めたばかりで成果はあんまり感じられないが、間食を止める、控えるというのは減量以外にも身体によさそうなので、しばらく(少なくとも人間ドックまでは)続けたい。

 でも、コーヒーと甘いものというこれまでの習慣はなかなか改まらない。今はまだ甘いものに手を出しそうになるのを我慢するのに結構エネルギーがいって、ストレスたまりそうですけど、今度体重計に乗った時に成果が見られるのを楽しみに少なくとももう一日は(さっきよりも目標日数減ってますけど、まずは一日ですね何事も)頑張ってみます。

 何事も少しずつ、心の落ち着け方も少しずつ、良い方向に向けて進めて行きたいと思います。行ったり来たりもあると思いますが、長い目でボツボツまいりましょう。

 ☆紅葉が進んできた、ウチの村のお寺のもみじ。その下がドクター田んぼです。

Dr.2118 普通に生きる(11月14日)

 いろんな生き方の本や新聞投稿など見ていると、「生きている以上楽しくないといけない」派と「生きているだけで有難い」派があるように思う。

 そりゃ、「楽しく毎日を生きる」ことができれば最高だが、そんなに充実感一杯で日々を送れるモノかしらん。後から振り返って、「あの頃は楽しかったな」ということはあるが(ドクター絶こうちょう時代のように)、詳しく思い出してみると当時の日々には楽しいこともしんどいこともあったように思う。

 人からはよく「元気をもらいました」「あなたの元気には負けますわ」みたいなことを言われるし、人に元気をあたえることは意識して心掛けていることではあるが、毎日がルンルンの楽しいことだらけと言うことはない。

 落ち込んでもうダメということもない分有難いと思うが、言わば毎日普通の状態だ。日々ルンルンでもないし、日々真っ暗でもない、普通にやるべきことを「たんたん丹後」とやっている感じ。エンドルフィンかドーパミンか知らないが、幸せホルモンが年齢とともに減るのかしらん。

 例え減ったとしても、歳を重ねて生きて行かなければならない。まずは規則正しい生活で、やらなければならないこと、やるながれになったことをやって行きながら、人に喜んでもらえることや自分が楽しいことをできるだけやって行きたいと思います。

 また、カード異常が出たので、一月ほど前の写真です。撮るものは今もあんまり変わりませんけど。異常が出ても不調があっても、できることをやりながら、歩み続けて行くしかないですよね。そのうちいいコトありますよ、きっと。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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