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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.1226 一番大切なもの(3月23日)

 ある方が最近のウクライナ情勢見てて、もし子供が街が爆撃されて家から追い出されたら、今の子どもたちは自然の中で生きて行く力があるのかが心配だとおっしゃった。井戸水を組んで飲んだりほ風呂を沸かしたり、木切れを集めて火を起こして調理するなどできるのか、昔(戦中・戦後すぐ)ならそういうことはどこの家でもやっていたのだが、と言われる。

 非常時に対する訓練も大事だが、ここで今一度思い起こされたのが、子どもも含めて一番大事なものは「命」であるということだ。機嫌よく生きる、力を伸ばす、自己実現する、そうしたことも大事だが、その元になるのは生きているということ、命があるということだ。

 命さへ続いていたら、失意や逆境があってもやり直すことが出来る。一番大事な自分の命、周りの人や全ての人の命、これを大切に守るということの大切さ、そして今日も命あるコトの有難さ、そうしたことに気付いて命を大事に生活や仕事をしていこうと改めて思いました。

 ☆提灯の灯りに照らされたお城周辺。戦争や事故で電気がないところもある、当たり前の有難さを大事にしていきたい。

Dr.1225 内にも外にも対処(3月22日)

 毎日を機嫌よく過ごすために内なる心を整える。これちょっと進捗があって、元気で日常が送れることへの感謝をキーに結構心穏やかに過ごせていた、途中までは。

 ところが、午後の後半になって外から(自分以外の方から)不安要素を知らされて、心配になってきた。生きて仕事をしている以上、それにまつわる課題に対処しなければならないのは当然だ。

 つまりは内部(自分の心のありよう)にだけフォーカスして、どう落ち着かせるかだけでは不十分だということだ。自分の外からやってくる難問・諸課題にも対応できるようにも心を配っておかなければならないということ。

 内と外への対処、どちらも難しく、しかも両方しておかなければ心の平穏は保てない。内側への対処は目途が立ってきたように思ったが、外への対処も研究しなければならない。目途が立ったと思っている内への対処にしてもまだまだ改善の余地はある。

 かくして、心穏やかに絶好調に生きるには、まだまだ修行や工夫がいるということです。皆さんとご一緒に取り組んで行きたいと思います。

 ☆ウチの作業小屋近くに咲く紅白梅。この域に達するにはまだまだ修行がいるが、修行自体を楽しみたい。不埒な考えですね。

Dr.1224 感謝を続けられるか(3月21日)

 日常生活を自力で続けられることの有難さは頭(理屈)では理解できるし、本やニュースでホスピス医などの方が、人生の最後に自宅に戻って家族と過ごせる患者さんや高齢者の方がどれだけ感謝と喜びを口にされているか等を語られているのを知ると、心から今自分が元気で過ごさせてもらっていることへの感謝の気持ちは現れる。

 しかし、そういう時が過ぎて、元気だけど殊更心躍らない日や時間を過ごしていると、何も痛みがないことや行動制限がないことへの湧き出るような感謝の心は日常的には出てこない。溢れる感謝の心があれば、日常生活が送れるだけで幸福感や充実感は半端なく出て来ると思われるのだが。だからといって、早くそうした厳しい状況になって、湧き出る幸福感を感じたいと待ち望んでいる訳ではない。

 とすれば、毎日を幸福感をもって生きるには、日々刻刻折に触れ何事もなく日常が遅れていることの有難さを、自分が辛かった時やそういう生活を送りたくても送れない(送れなかった)友人知人の無念さを思い起こして、特に何が無くても平穏な時間を過ごせていることへの感謝、その平穏な時間に少しでも好いことがあろうものなら、そのことが如何に有難いことかを思い知るようにしたい。そのためには、毎朝もしくは時間を見つけて、瞑想というのか自分の恵まれていることへの感謝を述懐する時をもつようにするのが良いのではないか。

 そして、自分の恵まれていることを認識した上での恩返しというのか、自分にできる貢献を精一杯やって行くようにしたい。そんなことを今朝考えましたが、これはまだ自分の習慣にはなっていないので、人様には偉そうに言えたものではないのですけど。

 ☆昨日は村用の後、水利委員として山裾にあるため池を点検しました。今日の思索などから考えれば、このことはものすごく恵まれたことなのだが、正直この時はそんな感謝の気持ちは忘れてました。これから精進していきます。

Dr.1223 何もない日(3月20日)

 予定していた研修会が中止になったので、一日農作業や家での作業などで過ごした。その間、話したのは電話で水利組合の会計の人と話したのと、トラクターで通りかかった村の人と農作業の話をしたのと、妹の家にお米を届けて時に母親のことを話したぐらいだ。

 そのほかは連絡もないし予定もない。全ての用務を退職して農作業だけになったら、大方の日がこのような「何もない日」が続くことになる。気楽と言えば気楽だが、こういう何もない日・時間を機嫌よく過ごすには工夫がいる。

 齢がいってからも溌剌と生活されている人のことが、時折報道されるが、そういう人は趣味なり仕事鳴り必ず打ち込むものを持っておられるように思う。流れ派としては、そういう打ち込むものも流れでやってくると思いたいが、今のところはドクターのところへは流れてこないというのか定着していない。

 いろいろ模索した時期もあったが、これからもどうなることだろう。不安はあるけど、模索も含めて今後の展開はやはり流れに任せることにしよう。流れ道を究めることも何もない日を過ごす一策になったりして。希望ですけど。

 ☆この前立ち寄った陶芸美術館。こういう打ち込むものを持っておられる人もいる。

 

Dr.1222 変化の季節(3月19日)

 年度替わりの4月が近づいて来て、人の異動の話がチラホラ聞こえてきて、新しいチャレンジをする人もいるようで、自分のことではないけど心がソワソワする。

 役職や役割の変化は無くても、2年目3年目とその立場の経験年数は変わり、その年数での1年は初めてということであり、新たな経験年数の4月が始まるのはホントに勤務場所が変わる人と同じ面もあるのかなとも思う。

 前に何度か書いたが(正確には書いたかどうかそんなに覚えていないが)、ドクターにとって一番大きな変化は4年前の校長を辞めた時だ。辞めて1~2週間、長くて1~2か月ほどはホントに解放感があった。でもそれも次第に慣れ、解放感は無くなり、退屈感が増えてきた。

 どうも自分には何かの役があって、バタバタしているのが合っているらしい。しかしまあこれもあまり度が過ぎると、しんどくなって休みたくなる。勝手なものだが、そんな勝手な思いが出て来るだろうということも織り込み済み。何せ自分の性格とは長く付き合ってきたもので。

 ちょっと褒められると調子に乗って図に乗ってやりすぎたり、それをとがめられると落ち込んで意気消沈したり、そんなアップダウンに疲れて、この頃では「流れ哲学」を自他に説き、結構自分には効果があって、少しは波(特に落ち込みの波)を少なくできているかなとこれまた直ぐに自慢げに言う。

 そんなことで、この変化の季節も流れに任せて漂って生きます。これって決して無気力・無関心ってことじゃありませんよ。心が沈みやすい者が精一杯生きて行くための術です。こんな説明(いい訳?)をしないではいられない所がまだまだ弱いですけど。でもそんな弱い自分にも慣れてきて、傲慢よりはいいと思って、自分に対する愛情はしっかりあると思います。

 皆さん、この4月どんな変化がやってくるか分かりませんけど、自分と家族を大事にする気持ちはしっかり持って進んで行きましょう。

 ☆何とか生きてると面白い人たちとも出会える面白い時間にも立ち会えます。昨日のまるいのTV出演者・スタッフと。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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