Dr.2224 励まし(3月13日)
厳しいご指摘を受け精神的にへこむ日が続いている。自分に非があるので言われて当然なのだが、だから余計に落ち込む。救いは周りの人からの励ましで、その中には人型ネコ「ササヤマメリー」さんもいる。
自分が弱っている時の励ましは本当に有難く、心に響き支えになる。「大丈夫ですよ」という言葉は、弱っている時だからこそ余計に励みになった。
自分には足りない所もあるけど、少しは良い所もあるという自己肯定感というのか自尊感情も何とか歩みを止めない原動力となっている。これと励ましが無かったらどうなっていることか。
自分が救われたことやしてもらって嬉しかったことは、人にもやっていきたい。夫々の人の自己肯定感を高めるのと、落ち込んでいる人を励ますこと等。
☆周りの美しい景色・自然からも元気をもらう。励ましや自尊感情、流れとご縁、何やかやから力をもらい何とか進んで行きたいと思います。弱い自分だからこそ、弱っている人の心が見えるところもある。皆さん、力を合わせて何とか行きましょう。お励まし頂いた皆さん、本当にありがとうございます。

Dr.2223 迷惑メール(3月11日)
ケータイに毎日100件くらいの迷惑メールが入る。アマゾンやマイレージクラブ、銀行やマスターカード等からだ。セキュリティーが壊れているのだと思うが、なかなか改善の方法が分からないので、毎日一括選択して、一括消去をしている。
しかし、ごくまれに必要なメール、冒険教育や大学空手道部OB会、消防本部等からのお知らせが混じっているので、毎朝、一括消去の前に全ての迷惑メールに目を通す(タイトルだけですけど)。
毎朝、少々時間はとって面倒くさいが、1パーセントぐらいは、自分と外の世界のつながりと言うことで意味を認めることがある。いくつかのライングループに入っているが、何も連絡がないこともあるので、この迷惑メールがなければ、自分が世間から忘れられているようで寂しい気持ちになることがある。
大概は毎日出勤して人と直接触れ合えているので、世間と接触がないと言うことはないが、それでも極たまーにある、用事のない休みの日なんか、誰からもコンタクトがないと何か世間に取り残されたような気持になる。
所詮、人間は一人なので独りぼっちにもなれないといけないという考えもあるとは思うが、なかなかそうとも思いきれず、迷惑メールと日々付き合っています。
☆毎日削除している迷惑メール。ほんのちょっとだけ役に立ってます。もちろん、こんなの来ない方がいいですけど。結局さびしがりということでしょうか。今日も何とか過ごせますように。

Dr.2222 弱い主体性(3月10日)
今日読んだ新聞に(多分昨日の分ですけど)、「弱い主体性」というタイトルの記事があった。ドクターの言っている、「ご縁や流れ」この頃言っている「風」も、この「弱い主体性」と言ってもいいような気がする。
「弱い主体性」は、消極的、受動的で、積極的な自己はないと書かれていたが、時に(被災時やしんどい精神状況の時など)必要なことがあるということを言いたかったのだと思う。
積極的な主体性を推奨する傾向があって、それはそれで間違っていないと思うが、それが当てはまらない状況、人もいる。そういう場合、そういう人でも、前向きに生きて行くには、消極的でも受動的でも自分で動いていくという弱く小さな主体性が必要である。
さらに言えば、ドクターの場合は「流れとご縁に従って生きる」という生き方を積極的主体的に選び取って生きているという思いもある。こういう生き方を選ぶと言うことが自分にとっては生き易いと思って積極的に選び取っている。
何にせよ、積極的であろうと消極的であろうと、生を紡いでいくには「自分の人生を生きて行く」という思いというのか、ある意味の主体性が必要なことは間違いない。
皆さん、自分にあった主体性で、自分の生を紡いでいきましょう。できれば前向きに。
☆昨日の夕景色。だいぶ明るくなってきました。今日も流れとご縁が良い方向に導いてくれますように。良い風が吹きますように。やっぱ、これって積極的ではないですかね。

Dr.2221 風には突風も(3月9日)
昨日のブログで「人生は紙飛行機」、力まず風に乗って飛んでいこう、みたいな話を書いて、風というのは流れやご縁と共通する所があるのではと言うことも書いた。この風や流れやご縁と言った自分の力ではどうしようもないものを信頼して、飛んでいこう(生きて行こう)というのは、順風満帆の人だから言えることではないかと考える人があるかもしれません。
風には順風だけでなく嵐や突風もあるし、流れやご縁にも「どうしてこんなことが」と思うこともある。人一倍悩みやすいドクターもそう考えて落ち込むこともあります。そうだからこそ、そういう試練の風や流れも、やがてその有難さや必要性が分かる時が来る、その厳しさがあるから人のしんどさも分かるようにとの天の意思だと思うことで、乗り越えるというのか、歩みを止めないで歩み続けることが出来ている。
風や流れやご縁には時に厳しいと感じるものもあるかもしれないが、「大丈夫、自分を生かさしめ、やるべきことを与えている大きな意思を信頼して歩んで行こう」と思い定め、必要以上に思い悩むことはせず、日々の歩みを続けて行く、そんな感じで生きています。
皆さま、今日も風はいろいろあるかもしれませんが、出来れば陽気に風に乗って進んで行きましょう。
☆6年前のサンキューの日の写真です。生きてるといいこともありますよね。もちろん厳しいことも多いですけど。まあボチボチ全力でまいりましょう。

Dr.2220 人生は紙飛行機(3月8日)
先日行った篠山養護学校高等部の卒業式で、卒業式の歌として「人生は紙飛行機 風に乗って飛んでいこう」みたいな歌詞が入った『365日の紙飛行機』を全員で合唱した。紙飛行機は力を入れ過ぎるより、飄々と風に乗ればいろんなところへ飛んでいけるみたいな意味だったと思う。
歌とくに卒業式で歌う歌は感動を呼ぶが、この時は歌詞の意味にも心を打たれ、自然体で手話を入れながら歌う卒業生の巣立ちを応援する気持ちも重なって、余計に心に響いた。
ドクターがいつも言う「流れとご縁」がここで言う「風」に当たると思う。力まないで、紙風船のように風(流れとご縁)に従って、悠々と飛んでいきたい(生きて行きたい)。どこを飛ぶのか、どんな跳び方をするのかは風に任せて、紙飛行機の自分は眺めや飛行を楽しみながら、味わいながら飛んでいきたいものだ。
この歌は、ドクター人生観とも合っていて、流れとご縁を信頼して歩む人生を、風に乗って飛ぶ紙飛行機のようにとらえると、とても分かりやすい。前にも聞いた歌だとは思うけど、いろんな課題を抱える今の自分(と言っても、今が特に大きな課題があると言うことではなく、いつも悩みやすい性格の自分というような感じです)にとって、タイミングも良く、とても勇気づけられた。
何はともあれ、卒業生の未来と悩みやすい自分の未来が、風に乗った紙飛行機のように飛んでいく(進んで行く)ことを願って歌った「卒業式の歌」『365日の紙飛行機』でした。この歌は、折に触れ「こだわらない生き方」の分かりやすいイメージ、応援歌として、口ずさんで行きたい。皆さんも、自分の人生、風のような流れとご縁を信頼し、任せて、安心して飛んで行きましょう。
☆景色も天候や風に任せていろんな絵を見せてくれる。その時々の景色や出会いを楽しんでいきましょう。もうすぐ春です。

