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Dr.295 妙は虚実の間(3月16日)

地元の公民館で映画を上映した。NHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公明智光秀を主人公として本能寺の変に至るまでの心模様を描いた50年以上前の古~い映画だ。映画は古く画面が揺れたりして観るのは大変だったが、内容はとても面白かった。地元の高城山や八上城、城主波多野兄弟も登場して興味深かった。何より面白いと思ったのは明智光秀がなぜ主君の織田信長を討ったのかが地元ならだれもが知っている話(母を人質に差し出し、結果的には信長の意向でその母親が殺されることになった話や秀吉との出世争いがからんでいた話など)を盛り込んで分かりやすく描かれていた点だ。歴史学的には諸説あって史実の裏付けのない話も多くあったらしいが(その辺はドクターも昔日本史教えていた割には歴史に疎いので、どれが史実でどれが虚構かわからないのだが)、映画としては一つのストーリーとして描かれており、観客としては分かりやすく、ドクターなどは「そりゃ信長がむちゃやな。こんなことされたら光秀が怒るのも当然やわな」といたく光秀に感情移入したのだった。史実(事実)かどうかは別として、映画(お話)としては面白く、信長や光秀、秀吉や家康など当時の人物に興味を抱いた。もっとこの辺りの映画が見たい、お話が聞きたい、関連の本も読んでみたいと思った。この時突然大学生時代に空手道部歌として何度も声高らかに歌った『六甲台節』の中にあった「妙は虚実の間(かん)にあり・・・」という一節が頭をよぎった。この歌詞自体は空手の極意を説いているのだと思うが、この「虚実の間」というのは映画の見方更に誇大に言えば人生の生き方そのものにも言えるのではないか。学問的には虚(うそ)か実(事実)かは大切だろうが、一般人の普段の生活(映画を見たり衣食住したりする)にはそんなことはどうでもよく、要は面白いかどうか興味が感じられるかどうかが大事だということだ。かと言って全くの嘘と直ぐに分かることでは興味も引かず、やはりポイントは嘘のようなホント、本当のような嘘の間にあるのだろう。「定年後生活の極意も虚実の間にあり」か。
 ☆新調されたのぼりが立つ会館で行われた映画観賞会。特に役割の無かったドクターはゴー〇被告のような格好で交通整理を行ったが、この日の交通整理員がゴーンだったのかドクターだったのか妙は虚実の間にあり、というまでもなくすぐに分かるか。

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