Dr.2041 若い力(8月22日)
若い大学生、大学院生と話す機会があった。これから人生が始まる初々しさを感じた。自分もこの頃はこうだったのだろうか。あんまり覚えていないが、何せ彼らの素直さ、純粋さのようなものにつよい印象を感じた。
こんなおっさん達の話を真剣(そうに)に聞いてくれる。これから人生がどう展開していくかは分からないが、自分の個性を大事に進んで行ってほしい。
また、別の観点からは、職場では市内の訃報の情報が回ってくるが、80代90代の人が多いが、中には60代やそれより若い方の場合もある。人生はいつ終わるか分からない。あってほしくないが、若い時に人生が終わってしまう場合もある。
そう考えると、若者たちには、自分の人生の最善を日々歩んでほしい。これは若者だけでなく、自分達60代にも当てはまる。誰もが平均寿命まで生きられるとは限らない、今を精一杯生きる。焦れと言っているわけではないが、人生の有限さも忘れないように、日々ベストを尽くす。そんな感じで行きたいですね。
☆窓から見つけた電線にとまる小鳥。今を全力で、しかもゆとりを持って生きている。こんな感じで行きましょう。明日のブログは諸事情によりお休みします。また明後日お会いしましょう。皆さん、お元気で、自分のペースで、をお祈りしています。

Dr.2040 すべては比較の問題(8月21日)
今が幸せなのかどうなのか、健康なのかどうなのか、経済的仕事的に安定しているのかどうなのか等、すべてのことは比較の問題であるという言葉をある本で学んだ。
幸福かどうかは自分の心決めるということも書いてあった。確かに一理ある。欲を言えばきりがないし、欲の通りそれを達成したとしても、さらに上の人はいる。自分が「今が幸せ」と決めれば、今が幸せなのだ。不都合があったとしても、もっと不都合になるよりはしのぎやすいだけ今が幸せといえる。
そう考えれば、毎日を不安なく生きる、幸せに生きるポイントは、自分が今の幸せに気付くことだと言える。
この間、以前勤めていた訪問学級を訪ねて、現在の教頭先生と話す機会があったが、これから受ける校長試験とか、学校(学級)運営とかいろいろ心配はあるようだ。自分も当時は同じような心配を抱えていた。今はそういう心配はないという幸せな状態にいることに気が付いた。
人は自分の不幸には敏感だが、幸福には鈍感だという言葉も学んだ。自分の幸せに気付き、今の幸福を大事にして行きたい。
☆ドクターが以前に教頭として勤めていた訪問学級で現在の教頭先生と。いろいろ心配はあると思いますが、恵まれたところもいっぱいあります。元気に行きましょう、お互いですけど。


Dr.2039 帯状疱疹(8月20日)
2~3日前から、腹の周りや太ももの辺りに帯状に赤い発疹ができてかゆみがあるので、よく分からないけど「帯状疱疹」ではないかと心配になった。
「帯状疱疹」を検索すると、原因に加齢・疲労・ストレス等で免疫力が落ちると発病するとあったので、この前からの不安な気持ちが、病気に繋がるほど大きなものだったのかと心配になり病院に行ったら、「汗をかくとでるもので、かゆみがなければほっておいてもいいものです」と診断してもらった。
「それって汗もってことですか」と尋ねたものの、ストレスから来た病気ではないことが分かりほっとした。処方してもらった塗り薬を塗ったら、今朝はだいぶよくなった。さらに、待ち時間に仏教関係の本を読み、「心労になるのは自分の思いを持つからだ」「思いにとらわれることなく、縁を大事に生きなさい」みたいなことを学び、心も楽になり、お陰で身体的にも精神的にも快調になった。
今日も、自分の思いにこだわらず、あるもの、やってくるものをたんたんとやっていきたいと思います。皆様、考え過ぎはよくないです。
☆電線にとまったツバメです。「食べて寝る」を中心に余計なことは考えずに生きているように見えます。

Dr.2038 小欲知足(8月19日)
欲を減らし、足るを知ることが不安や苦しみを減らして、満足して生きられる。改めて「小欲知足」という考え方の大事さを噛みしめている。
いろんな心配や不安が出て来るというのは、充実した人生、満ち足りた毎日を送りたいという、いわば高望みから起こるのではないか。「充実した人生」を望むのは悪いことではないが、生きていたり、老化を感じる年ごろになると、いろいろと出来ないことが増えて来る。それを仕方のないコト、まだこれだけのことが出来ているだけ有難いと思えれば、比較的穏やかに生きられるのではないか。
毎日、夜寝られて、ご飯が食べられ、身体が動くだけでも有難いことだ。そりゃ他にも社会的な使命を果たすなど大事なこともあるけれど、あんまりまり日々の目標を高く設定すると、それができていない、出来なくなるかもしれない自分に、不安や心配が高まってくる。
若い時は、それでも目指す人生向かってあがいていくのもアリかもしれないが、人生の後半に差し掛かっては、あんまり高望みすることなく、「小欲知足」で穏やかに生きるのも大事なように思う。
☆家の庭に咲くユリの花。誰かに見てもらうためではなく、ひっそりと咲いていました。ただ咲く、それだけで満ち足りているそんな風情を感じました。

Dr.2037 どうする時間(8月18日
昨日は早朝より、市役所に泊めていた車を取りに行ったり、水利組合の巡検をしたりした後、稲刈りに備えてコンバインや乾燥機の点検をした後、田んぼの周りの草刈りをした(ここまでで14時頃までかかる)。
それから夜に息子と近くの飲み屋さんに行く約束の時間までの4~5時間が、「どうする時間」という感じになった。体力や暑さの加減もあって、さらに農作業を続けることはできない。かと言ってトレーニングをするには長すぎる。結局は職場で仕事をしてからとレーニングと言うことになったけれど、どちらも周りには誰もおらず、集中は出来ても寂しい感じはした。
こんな時、他の人はどうしているんだろうかと思う。特に同じ年代の人で、農業もせず、仕事もしていないという方々だ。生活は年金と貯えで何とかなったとしても、趣味や何か打ち込むものがなければどうして時間を過ごしているのだろう。
大きな時間軸から見れば、あっという間の人生。どう過ごそうと大した差はないと言えばそうなのかもしれないが、生きている間は充実感を感じて生きていたい。充実感とまではいかないとしても、常に何かやる事があるという感じではいたい。
そう考えれば、平日や何かやる予定が入っている休日は、バタバタはするけれど、「時間をどうする」と悩まなくても良いとはいえる。何も予定が無くても、上手に時間を使っている人もいる。自分に合った、空いた時間の過ごし方を探っていきたい。
☆農作業中、こんな小さな花を見つけました。身の回りのいろんなところに、美しいもの、面白いことは隠れている。よおく見つめて行きたい。



