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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.2072 何のために生きる(9月24日)

 トレーニング中にラジオを聞いていると、「何のために生きる」という質問を小学生にしていた。そこでの答えは、「いろんなことにチャレンジするため」「人のために」「遊ぶために」みたいなのが出ていた。

 この根源的な答えに、定型の正解があるわけではなく、各自が自分で答えを見つけなければならない。「そんなこと考えても仕方ない」というのも一つの答えかもしれないが、この問いを考えることによって、自分の人生の生き方を見つめ直し、より充実した人生に繋がるかもしれない。

 ドクターもいつもいつもこの問いを考えている訳ではなく、日々のしなければならないことに追われてバタバタと毎日を過ごしているというのが実態だが、答えるとすれば、今の答えは「流れとご縁でやらなければならないことに全力であたり、日々の感謝と貢献を心掛ける(そのために生きている)」と言うところだろうか。

 結局いつも言っていること(書いていること)と変わらない。ということは、いつもこの問いに答えて生きているということになるのかな。そんなに意識していなかったけれど、この生き方で良かったんだと分かって、よかったような気がします。

 ☆昨日の村の慰霊祭の帰りに見た風景。戦死したおじいちゃんたちもこの景色を見ていたと思うと、生かされていることへの感謝と、しっかり役目を果たさなければならないという気持ちに改めてなります。

Dr.2071 幽玄の世界(9月23日)

 春日能の舞台を見て幽玄の世界に浸った。狂言の方は、今日にも通じる笑いの世界で、よく分かるし面白い。その分、現在とそれほど離れていないように思う。

 それに比べて、「能」の世界は、時間がとまったように見え、雅楽や謡でストリーを説明しているのだろうが、それがすんなりとは聞き取れないし、所作も分かったようで分からない。優美さや気品があるのは感じるが、能面を付けているのもあって、俗世界から離れている。

 これらを総称して幽玄の世界というのだろう。時間がとまったように思えた数時間。ボーっとした感覚のままその世界にいた。たまにはこういうこともありだと思う。いつもの現実は、効率とか人間関係とか世知辛い要素が強くて、しんどい場面もあるが、幽玄の世界はそれらを超越している。

 かと言って、常に「幽玄の世界」に生きるわけにも行かず、ここはやはり、時に幽玄の世界で俗世の塵を払いながら、現実の世界を淡々と生きて行く、そんな感じでいくのが良いように思います。皆さん、時に現実の世界で行き詰まりを感じられたら、能狂言をはじめいろんな世界(音楽・芸術・スポーツ等)でリフレッシュして、元気をちょっと取り戻して、又現世をボツボツ行きましょう。

 ☆いつもは春先に行われる春日能。能舞台修繕の為、今年は秋になりました。桜の代わりに落ち葉が待ってましたが、幽玄の世界は変わりません。

Dr.2070 地域の力(9月22日)

 市内東部地域の運動会に参加した。昔ながらの隣保を中心とした班対抗の競技に多くの地域住民の方が参加されていた。高齢者はもちろん、中年からPTA、小中学生まで多くの方が集まっていた。皆さん、自分の出られる種目に一生懸命で、事前準備(走る練習など)までやっておられる方もいた。

 東部地域は、かつて勤務地があったこともあり、顔見知りの方も多い。競技中も多くのお顔を拝見した。これだけ多くの方が、昔ながらの行事に、昔のように参加される。これが伝統、これが地域の力と思わされた。

 少子化や高齢化で行事や組織の見直しは続くが、跡を継ぐ人もいて、行事や人事が受け継がれているところもある。全てがこれまで通りとはいかないかもしれないが、良き伝統や精神は続けながら、身の丈に合った行事や伝統を維持したい。これは個人の生き方にも通じるかもしれない。何でもかんでも以前のようにはできないし、する必要もないが、良い所や自分らしさは残しながら、自分らしい歳の重ね方をして行きたい。

 ☆5年前の今頃。何してるんでしょうね。よくは覚えていませんが、できること、しなければならないいことに全力であたっていたと思います。良き伝統をこれからも。

Dr.2069 青春が懐かしい(9月21日)

 市内高校の体育祭を見に行った。暑い天気だったが、暑さの中でも生徒たちは懸命に競技に放送などの役割にがんばっていた。今から見ると、そんなに頑張らなくても、そんなにクラスで盛り上がらなくても等と思ってしまうが、渦中にいる高校生だからできること、損得関係なく仲間と一緒になって全力を尽くす、精一杯応援する、そんな時間は、そのときだからできること。それが青春だ。

 青春をずっと以前にすぎてしまった身から見ると、当時が懐かしく、当時だからできたこと、それを送れて良かったと思う。何も考えず、目の前の課題や行事に打ち込んでいたあの頃、当時は当時の悩みも一杯あったと思うが、今から思うと良い思い出ばかりが思い出される。

 年取ってから懐かしく思い出される体験があるというのも有難いもの。それを思い出して、しばしあの頃にもどって、思い出を楽しみながら、現実の年齢を生きて行く。

 ☆当時熱い青春を送った校舎。いろいろあったな、懐かしいな。懐かしみから又もどって、現実もがんばります。皆様も時々懐かしい思い出を思い出して、青春に戻ってください。元気出てきます。

Dr.2068 元気を与える人(9月20日)

 今朝も散歩風のランニングをやっていると、同じ村の先輩(70歳くらい)に出会った。少し離れていたので、手を揚げてあいさつしてもらっただけだが、ちょっと元気をもらった。この先輩はいつでも前向きで、農作業や村の役を積極的にこなしておられる。

 世の中には人に元気をあたえる人とそうでない人がいる。ちょっとした声掛けや、素振り、笑顔だけでも、もらった人は元気をもらえるし、オーラと言うのか、そこにいるだけで元気をもらえる人もいる。

 ドクターもそういう人に元気を与えられる人を目指しているが、どうだろうか。自分自身のエネルギーが元気満々だったり、元気少々だったりするので、いつもいつも元気噴出という訳にはいかないが、できれば作り元気も含めて人に元気を与えられる人を目指したい。

 人に元気を与えられれば、自分自身も元気になれるしね。

 ☆見る人に元気を与えるお隣の畑の花。見る人、出会う人に元気を与えられる人を目指して、今日もボチボチ頑張るぞー。「オー」

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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