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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.194 餅は餅屋(11月15日)

夜の地区別市長候補個人演説会で候補者や応援弁士のお話を聞いた。最初に少しだけ支部長として話をさせてもらったが、その後の弁士たちのお話と比べると見劣りした。弁士の方々は候補者は前市長、応援演説は現職県会議員に市会議員等、いづれも普段から演説を専門とされているだけのことはあって、資料や具体例を効果的に使いながら聴衆に届く言葉で話された。ドクターがいつものように思い付きでざっとした思いを語ったのとは大違いだ。説得力ある資料をもとに根拠のある話をしようとしても記憶力や資料調べを丁寧にする気力がともなわない。さすが「餅は餅屋」と思わされた。実際には篠山市出身の県会議員の家業は「パン屋」だが、ここでは関係ない。プロ「餅屋」の技の凄さを見せつけられ、今回の市名変更に関わる住民投票と市長選の関係でちょこっと人前で話したのが受けたり、街頭で立ち番をして「お願いします」を元気よくやっている間に自分が候補者になったような気分になったりしたことを反省させられた。これからは政治と言う餅には関わらないようにするか餅屋の修行をするかのどちらかだ。ところで現在のドクターの餅は何だろう。菓子パンは相変わらず食べ続けているが、それを餅とは言わないし、百姓は適当だし、冒険教育屋と言いたいところだがそれほど実績があるわけでもない。もう少し模索しながら自分が何屋なのかを探りたい。探っているうちに周りの人が決めてくれるか。

☆池の金魚を見つめながら庭の狸に「私は何屋でしょう」と聞いてみたが、「そんなこと知らん」という顔された。

 

☆夕方の選挙立ち番の時に吉兆の「虹」が出た。この吉兆は「この選挙で市名問題の決着がつく」という報せか、はたまた別の真意か。今後が楽しみだ。

Dr.193 ことを楽しむ(11月14日)

今日は市長選挙の朝立ちに行ってきた。写真は選挙法に抵触したらいけないので撮らなかった。何度か言うようにドクターはバリバリの市名変更派でも前市長親衛隊でもなかったが、いろんなご縁で市名変更集会でしゃべったり、前市長の支部長などをお引き受けするうち、どっぷり市名変更問題や市長選に関わってしまっている現状に驚く。今日もこの後、午後から商業施設で立ち番をし、夜には個人演説会を主催する。成り行きで関わり始めた活動ではあるが、今回の住民投票を成立させ市民の対立状態を終わらせたいという思いは強くある。そのために自分たちが朝立ちなどをして選挙に関心を持ってもらうことが対立の終止符に一定の効果があればやりがいがある。このような思いを根底には持ちながらも立場上始めた今朝の国道沿い朝立ち・手振り運動だったが、やっているうちに通勤の車から会釈を返してくださったり、手を振り返してくださるなどの反応が返ってくるのが嬉しくなり、ただ単純に秋のさわやかな日差しの中で紅葉に包まれた郊外の道路沿いで小鳥の声を聞きながら手を振ったり頭を下げたりする運動が楽しくなってきて、ついノリノリで踊りだすような感じになってきた。通勤途上の車中の皆さんは「何じゃこの道端で朝っぱらから陽気に手を振っている連中(もう一人の陽気な女性と一緒に立ってました)は」と怪訝に思われたかもしれない。「何事もどうせやるなら楽しくやらなくっちゃ」と言うのが今朝の収穫だ。それはともかく市民の皆様、投票には必ず行ってくださいませ。

☆こんな感じのところで、こんな感じで手を振ってきました(写真はイメージです)。

 

Dr.192 生徒ロス校長ロス(11月13日)

ご縁を頂き前任校で校長会研修をさせていただいた。その前後に校内をうろついていると顔見知りの先生や生徒達と出会った。先生方の反応は普通(前に勤めていたおっさんがなんで校内をうろついているねん。こっちは授業の支度や生徒の支援で忙しいんじゃって感じ)だったが、生徒特に女生徒の反応は涙が出るほど嬉しいものだった。「お帰りなさい」「元気でやってます」「先生もお元気そうですね」「今日は光合成やってません」「〇〇に進路決まりました」「今のところ成績大丈夫です」「丹後が来てるっていうから見に来た」「私のことが心配なんやろ」とかなんとか、在籍中と同じように笑顔で話しかけてくれる。やっぱり退職後に時々感じる寂寥感はこの生徒達とこのような触れ合いが無くなったからだと改めて感じた。これを「生徒ロス」とか「校長(職)ロス」とかいうのだろう。ともかく、みんな元気そうで良かった。校長をやっていればやっているでいろんな厄介なことも起こるが、辞めたら辞めたでそうした厄介ごとは無くなるが、「生徒との触れ合い」や「校長やからできること」もなくなる。「とかく世の中二つ良いこと、さて無いものさ」という感じだ。現役校長先生方には、現役中の今だからできる活動を存分に楽しんでほしい。

☆こんな写真を毎日撮ってたあの頃を思い出す。「生徒ロス」「校長職ロス」だ。特に心配なこの子(たち)が卒業するまで「ロス」は続くような気がする。

 

☆現役バリバリの真面目な校長先生方に「雑でいい加減な生き方の話」は参考にならなかったかも。それでもこんな講師にお付き合いいただきありがとうございました。お預かりの生徒たちのためによろしくお願いいたします。現役時代大したこともしてないのによく言うよっていう声が聞こえてきそうだ。

 

Dr.191 熱くなる(11月12日)

珍しくブログ更新を二日続けて休んでしまってすみません。ドクターの住む篠山市が市名変更で揺れていて、、住民投票や市長選が行われバタバタしている。市名変更に関しては「変更派(丹波篠山市派)」と「反対派(篠山市派)」それに「中立派(住民投票の多い方派)」が入り乱れ、ビラ配布や朝立ち、のぼり立てなど騒がしい。ドクターはいずれの派でもなくいわば「穏健派」であり、市長選にも立候補しないが、頼まれて「変更派」の集会で話したり、前市長の後援会支部長をしたりしてバタバタしているのだ。「穏健派」で「流れに任せる派」のドクターも、このような活動に参加している間に熱くなってきているのではないかと心配している。何事でも熱くなりすぎるのは性に合わない。みんなが笑顔でにこやかに暮らせるのが一番だ。でも一番思っていることは、この問題で市民が割れ、住民同士が疑心暗鬼、敵味方に分かれ、市の他の重要課題がとまっている状態は一日も早く終わらせたいということだ。もともと穏やかな人が多い篠山市民の多くが、市名の問題はどっちでも良いけど早くごたごたは終わらせてほしいと思っている。早く終わらせるためには、市民一人一人が投票に行って自分の意志を表示しなければならない。決してどっちでもいいからと投票や演説会にも行かず人任せにするのは良くない。あれっ、またいつのまにか熱くなってしまった。

☆のどかな山里でゆっくり黒豆の葉取りなどをしながら穏やかに暮らすドクターが、いつの間にか住民投票・市長選の熱い戦いに巻き込まれていく。プリーズカムバックお気楽な毎日。

 

 

Dr.190 寝て起きても今日(11月9日)

市内中学生の弁論大会を聴きに行った。10数名の各中学校代表者が話すテーマは平和から、部活から、AI時代の生き方から、自分の悩みを克服した話までいろいろだった。その中に「過去と他人は変えられない。未来と自分を変える」みたいな、日ごろからドクターが言っているようなことを話す生徒がいて、もしかしたら彼女はドクターブログの愛読者ではないかとドキドキしたが違った。自分の辛い体験からこの教訓を導き出したようだ。ドクターが誰かの本に書いてあったことを気楽に拝借して言うのとは大違いだ。ドクターがもしこの弁論大会に出るなら発表のテーマは「寝て起きても今日」にしたい。これも最近読んだ本のパクリだが、普通には「寝て起きたら明日」と言うが、寝て起きても起きた時点でその瞬間は「明日(未来)ではなく「今(現在)」になっている。結局人間は「今を生きることしかできず」、またそれだけに「今をしっかりと生きることが大切だ」という主張だ。いつまでも「過去」の後悔を引きずらず、「未来」の心配もほどほどにして、大切な「今(今日、この時間、この瞬間)」を充実させるさせることに集中しよう。ただし「今を充実させる」と言っても、ひたすら頑張るだけでなく、「ゆったり過ごしたり」「無為を楽しむ余裕」もあって良いと付け足す、そして最後に「私が今述べたことは、〇〇さんの本に書いてあったことの丸写し出すが、所謂他人のふんどしで相撲を取るタイプの私でも学校の代表として大勢の前で話すという面白い体験ができるのです、みなさんも肩ひじ張らずお気楽に毎日を楽しみましょう」と言って笑いを取るつもりだ。「心配は大勢の前で話すのを面白いと考える人は少ないのではないかと言うことですが、未来のことは心配しないで今を大事生きるというのが私の主張でしたから、この心配は矛盾してますね」と言ったら又笑いがとれるかも。結局ドクターの主張は「笑いを取ろう」か。

☆だいぶ紅葉が進む畑で黒豆の葉っぱ取りをするドクター。未来にはしなけれなならないことは多いが、今は「黒豆の葉取り(乾燥機に入れるため)」を楽しむ。

 

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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