Dr.150 ウォール(9月26日)
「冒険教育を指導してます」というと、たいていの人は「自然の中で危ないことをするんでしょう」と言われる。冒険教育を理解してもらうために最適なのが「ウォール」だ。「4mの何もない壁をグループみんなで乗り越える活動です。誰を一番にあげるのか、体の大きい人をどのタイミングであげるのか、最後の一人をどうするのか、怖いという人を置いていくのか、正解はありません。みんなで話し合って課題を解決していく中で、コミュニケーション力や信頼関係が育ち、達成感も得られる学びの多い活動です。指導者は安全面に気を付けて見守り、教えないで参加者の活動や学びが深まるような関りをします」と言うと、多くの方が「冒険教育って良いですね。今、必要な活動だと思います」と理解される。「ウォールのような構造物がない時はどうしますか」という質問に、「例えばフラフープをみんなで下げたり、くぐったりします」と言っても、「それが何なん」という顔をされる。実際やってみると、そこでの学びの多さやみんなで活動することの楽しさあふれる活動なのだが、説明材料としてはウォールに遠く及ばない。ドクター自身もウォールは冒険教育を象徴する活動だと思っているし、一番好きな活動だ。かと言って「ウォール」を指導する機会はそうないが、ウォールで冒険教育を理解する人は多いから、ウォールには活動としての用途のほかに冒険教育説明グッズとして抜群の威力がある。ウォール半端ない。
☆これが半端ないウォールだ。活動目的以外にも冒険説明グッズとして別の用途がある。
☆市役所で職員の方と次の地元就職委員会の打ち合わせを行うドクター。冒険指導者、恐妻家、定年後生活研究家、お気楽生活者以外にも別の用途がある。
Dr.149 ぼーっとした1日(9月25日)
休日の昨日は全体的にはぼーっとした1日だった。出だしは久しぶりに妻と二人でお彼岸のお墓参りに行って、前から気になっていたハーブ園を兼ねた喫茶店で丹波栗のデザートとコーヒー(妻はハーブティー)をいただくゆったりとした時間を過ごせて順調だったが、その後はこれといった盛り上がりの無い平凡な1日で、終いの方には思い通りにならないことも現れ、まあいつものパッとしないダラーっとした1日だった。予定の中には村の先輩退職校長(80代)と一緒にお稲荷さんの当番(境内を掃除して祭りのお供えをする)の業務をするというのがあって、ドクターとしてはその時に「退職後の生きがい」についてお話が聞けると期待していたのだが。お稲荷さんの掃除やお供え物の買い出しはご一緒したが、その時大先輩が話されたのは、「村の歴史を研究してきたが、後はお前がしっかりやるように」という伝言と、「生きがいは週に1回のゴルフ、人との交流はゴルフ打ちっぱなし練習で十分」というものだった。参考になることはなったが、ゴルフをやらないドクターとしてはゴルフの代わりをどうしようかしらん、という感じだ。大先輩も退職後は農業に精を出されていたが、70代に大病をされてからは人に農地を預けられた。病気も含めて人生この先どう展開するのか分からないので、なったらなったでその時どうするか決めよう、病気でない今はそのことに感謝しながら、パッとしないだらっーとした1日の中にもあるちょっとした幸せ(昨日で言えば退職時高校の先生に偶然お会いして、学校の現況が聞けた等)を大切にしながら、向こうからやってくるやらなければならないことにたんたん丹後と取り組んで生きていこうという、いつもの行き当たりばったり人生訓が頭に残った1日だった。
☆ぼっーとしながら久しぶりに勉強の本を読んだが、もちろん頭に入らず数ページで止めた。
☆特に見ていただくほどの写真もないので、家に迷い込んできたおんぶカマキリ。もちろん自然へ返してやりました。
Dr.148 カウントダウン(9月24日)
昨日は慌ててタイトルをつけ忘れた。タイトルをつけ忘れたブログを大慌てで書いた後、地域学校合同運動会の準備で小学校へ行き、副大会長としてそのまま運動会の進行を行い、午後からは運動会を欠席して、村の慰霊祭へ参加(ドクター家は祖父が戦死している遺族)、その後衝動買いしたコンバインが届いたので倉庫に受け入れ、日課のトレセントレーニングをして夜は月1の定例隣保集会参加と、例によってバタバタした1日だった。忙しすぎて「小人閑居して不善をなす」の書を書く間もなかった。小人ドクターとしてはその方が閑居する間がなくて良いか。ともかく昨日一番うれしかったことは、合同運動会で「みんな集まれ」というロープで作った輪の中に3分間で地域の人が何人入れるかという種目の進行をしている時に、「それでは後10秒で3分です。10・9・8・7・6・・・」とカウントダウンしてたら、応援していた小学生が声をそろえて「・・・5・4・3・2・1」と合唱してくれたことだ。それまでの小学校演技に夢中で取り組む姿といい、合同演技で地域の人を応援する姿と言い地域の小学生(後輩)も、前回の中学生に負けず劣らずグッドだ。地域活動の良さを痛感する日が続く。
☆初の開催、地域・学校合同運動会。こんな絵になるシーンが随所に。ドクターが校長なら新聞社に売り込むところだが。
☆運動会で自撮りしてたら、地域の人が「撮りましょうか」。地域でもブログのおっさんが浸透してくるか。
☆届いたばかりの新車コンバインを試乗。いい感じ。来年が楽しみです。
Dr.147
また物好きにもドクター米を注文してくれる人が現れた。ありがたいことだが、冒険指導の注文もお願いしたいのだが、こちらの方はさっぱりだ。でも世の中はままならないものだから、自分の思った通りに行かないのは想定済みだ。自分はこうあってほしいと願っていても、世間が求めているのは違う役割かもしれない。ここであまり自分の思いにこだわりすぎると生きにくくなる。今日「小人閑居して不善をなす」という言葉に出会った。小人に閑があるとろくなことをしない(考えない)ので、小人は忙しくしている方が良いということだ。これも言えてるなと、ヒマなドクターは考えるのであった。やはり小人は生きにくい。
☆昔書いた「忙中閑あり」の書、今度は「小人閑居して不善をなす」を書き足さなければならないが、あまり書が多くなるのも大変だ。
☆また頂いた新米注文のため精米に精を出すドクター。これ結構いい仕事です。ありがとうございました。
Dr.146 時間はあるのにバタバタ(9月21日)
時間はたっぷりあり、ゆったりと過ごせるはずの日にもバタバタ慌ただしくせわしないのがドクターの一日。これは最早物理的な時間の問題ではなく、性格の問題だ。「忙中閑あり」という諺もある通り、いくら忙しくても心の持ち方次第でゆったりと過ごせる。この諺は心の持ち方で主観的な時間の流れ方は違うということを言っているので、いつも急かされている感の人には「閑中忙あり」ということもあり得る、アリエール。どうせなら「忙中閑あり」派で行きたかったが、貧乏性の性格と酉年生まれ(この干支の人はバタバタ鶏のイメージらしい)のため、根っからの「閑中忙あり」派のようだ。それが証拠に30年ほど前に自分で書いた「忙中閑あり」の書が昔の自分の部屋に貼ってある(明日写真あり)。昨日も朝からブログを書いて、パソコンで事務処理をして、菓子パンをあてに1年前にスタバ本店で買ったコーヒーを飲むと田んぼの畔の草刈りに行って、as soon as 戻るや否や最近はまっているスポセントレーニングをして、その足で地域の小学校で運動会の準備、その後も食うわ飲むわ寝るわであっという間に一日が終わった。忙しいけれども、この年齢になると草刈りの途中で軽トラの荷台に腰掛け周囲の自然を眺めながら「せわしいけどこれが自分の人生やな~」と自分の人生を振り返ったり、「変わらんものは仕方ない。これとうまく付き合っていくしかないなあ」という諦念を噛みしめる余裕があったりする。というわけで時間はあるけどバタバタな毎日が今日も続く。まあ悩んでる暇がなくていいか。
☆時間はあるけどバタバタな一日の1コマ。バタバタ草刈り中に閑あり。
☆地域・学校合同の運動会準備であいさつする校長先生の裏で写真を撮る変なおっさん。
☆多くの地域の方がテント建てをしている中、「私は冒険教育指導で高いとこ得意やからと、器具庫の屋根に上って万国旗を張る役を買って出ながら写真を撮る変なおっさん。