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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.523 ITと神頼み(12月3日)

知り合いのパソコン関係の仕事をしている人が、自分のパソコンのバッテリーを交換している現場に出くわした。パソコンを分解してバッテリーを交換するのだが、ドクターはパソコンの内部を始めてみた。いろんなネジやパーツを外してやっていたが、なかなかうまく行かないようだ。ついに何度目かには彼は手を合わせて「上手く動きますように」と神頼みをした。洒落もあったと思うが半ば本気の神頼みの結果、上手く作動したらしい。最新のIT関係の仕事をしている人でも(洒落としても)神頼みするのかと面白かった。人間生きて行くには、理屈や理論、科学や技術だけではカバーしきれない部分がある。非科学的や不合理でも、それがある方が生き易ければそれでいいと思う。科学的でも合理的でもないドクターなどは絶えず神頼みと言うのか、天啓というのか、流れやご縁に任せて生きている。少しは意志も働かせてるようにも思うが、それとて大枠は自分の思い以外のところで決まっていてそれに従っているようなものだ。いわば神の掌の上でバタバタしている感じだが、それでいいし、それしかできないし、それで安心なのだ。
 ☆昨日神頼みで組み立てた黒大豆乾燥機を朝見に行ったらお陰様で動いていた。乾燥した黒豆が届けられるのももうすぐだが、作業が終了するまでにはまだまだ神頼みに頼らなければならない。神様仏様よろしくお願いいたします。

Dr.522 起業家のその後(12月2日)

一昨日お話を聞いた市内起業家のうち、コーヒーショップのオーナーのお話が気になり、昨日またそのコーヒーショップへ行った。本でも人の話でも良いなと思うものは心に留めたり、手帳に書き留めたりするが連日そのこと(その言葉)に関わるというのはドクターとしては珍しいことだ。40代か50代前半とおぼしきそのオーナーは、出たとこ勝負で自分の好きなことをやっていけば何とかなる。なまじ変な計算をしない方がいいと言われた。でもその話を聞いた人の中には、オーナーは行き当たりばったりでたまたま上手くいったみたいな話をされるが、実は賢くて一方では着実な計算もされたに違いない。そうでないとたまたまで上手く行くわけがないみたいなことをいう人もいて、実のところはどうなのかを直接聞いてみたくなったのだ。目を見つめながらドクターがその辺のことを尋ねると、オーナーはよどみなく「昨日話したそのままだ。何の成算もなく始めてたまたま上手く行っているが、失敗していたとしても大したことはない。今の日本では餓死することはない」みたいな話をしてくださった。どうもこれは真実だと思うし、違うとしてもドクター的にはオーナーお話のような人がいると思うことは自分に元気を与えてくれる。世の中は広い。まだまだ魅力的な生き方をする人がいっぱいおられる。だからと言って自分がすぐにその仲間入りを出来るわけではないが、自分の生き方を磨きながら行けるところまで行きたい。行けなかったとしても大したことではない。
 ☆連日魅力的なオーナーと美形のバリスタのいるコーヒーショップに通い、その魅力を味わうドクター。ところで自分の味・魅力って何だ。

Dr.521 起業家恐るべし(12月1日)

市内で起業した人を回るツアーに参加した。彫金師・コーヒーショップオーナー・IT会社社長などから現地でお話を聞いた。市内アンテナショップで自分の作品を売る店を出すところから始められたが、半年間は客が来ず、メディアで取り上げられてからは忙しくなり作品が作れないので店を閉めて今では市内田舎家アトリエで作品作りに専念され、月に何回かは百貨店などでの作品展に出品される彫金師。大阪で店をやっていたコーヒーショップオーナーは古民家を改装した店を始めに市内田舎に定住された。彼はなまじこれでやって行けるだろうかどうかなどの計算が出来なかったのが良かった。マーケティングも必要ない。大事なことは自分のやりたいことをすることだと話された。Uターンして25歳で市内でIT会社を設立した若者は、故郷が消滅しないように発信のお手伝いをする仕事がしたいと話された。どの人も将来の見通しがあったわけではなかったが、自分の腕前(彫金技術・自分が入れるコーヒーの味・IT技術)には自信があったと話された。そして一人でも根強いファンがあればやっていける。失敗したってやり直せばいいだけの事という度胸というのか思い切りの良さも共通して感じた。起業家恐るべし、すごい人たちだ。ささやま冒険教育代表を名乗るドクターも起業家と言えば言えなくもないが、彼らほど思い切りも自分の腕に対する自信もない。あるのは天啓・成り行きが大事と言う哲学と一部のドクターファンがいてくださることぐらいだ。恐るべき起業家のマネはできないが自分のペースでボツボツいくしかない。これで何とかなれば今度はツアーのみなさんに熱くなくても大丈夫と発言できる立場になれるのだが。世の中の成り行き派の代表になりたいという熱い思いはある。
 ☆それぞれの熱い思いを語られた丹波篠山市内で起業されたユニークな人たち。皆さん凄い人たちだった。
















Dr.520 同じことの繰り返し(11月30日)

高校時代の同級生がドクターと同じく長年勤めていた職場を定年退職して、ご縁があった新たな職場(建設会社)でドクターとは違ってフルタイムで勤務している。その彼がグループラインで「ダンプで川の土砂を搬出する作業をしていて、一日に同じ道を数十回往復する仕事を来年まですることになっているが、同じことの繰り返しで飽きてきた」と書いていた。ドクターも最近は黒豆の葉取り・乾燥準備という農作業をずっとやっていて、少々飽きてきた時だっただけに彼の気持ちがよく分かった。誰でも同じことの繰り返しには飽きが来る。同じことを繰り返すと飽きがくる本性は、好奇心と同じく新しいことを試みて進歩しなさいと言う天啓かもしれない。だから同じことの繰り返しは天啓に反するが、人間には同じことを繰り返さなければならない時もある。こうなりゃ同じことを繰り返しても機嫌よくやる方法・考え方を見つけてやる。いい方法が見つかれば人生全体にも応用でき人生の退屈を防ぐ大発見になるかもしれないと勇んだが、ドクターが昨日発見したのは「同じ作業も運動と思ってやる」という作戦で、まだ皆さんにお勧めできるほどのものではない。
 ☆この写真は妹の家の近くの畑で黒豆の枝を切る作業に入る前のドクター。決して家宅侵入の準備をしているところではない。作業の合間に研修会にも参加し、同じことの繰り返しを防ぐ効果はあったが、作業に戻ったら時間が足りなくなった。やはり同じことの繰り返しもやらなければならない時にはやらなければならない。後は飽きを防ぐ工夫だ。

Dr.519 見落としているモノ(11月29日)

市内の商店街を自転車で走っていると、ビルの屋上の写真を撮ってる人がいた。そのビルの屋上には巨大な猪の飾り物がある。もう何年も前からある装飾でかなりくたびれている感じで、地元ではその風景が当たり前すぎて今更写真を撮る人はいない。ドクターも何度もその前を行き来しているが最近では気に留めることはなくなっていた。今回は観光客(多分)の方が写真を撮られていたので、そういえば初めて見る人は驚くよなこのデカさはって思い当たった。事程左様に、初めは珍しかったり感動があったモノでも、慣れてくると当たり前になって見落としているモノって他にもいっぱいある。結婚生活、子どもがいること、百姓仕事、家の周りの景色等何でもそうだ。最近毎日のように行くトレーニングでも、月に1~2回行く人にとっては毎回が新鮮だという話を聞いた。そもそも人間生活も当たり前のように送っているが、動物や他の惑星の生き物から見れば新鮮だろう。これからは時々立ち止まりいつもの当たり前の生活で見落としている大事なものを今一度見つめなおしたい。
 ☆観光客の方がしきりにシャッターを押していた丹波篠山では見慣れた猪の飾り物。これをきっかけに日常の大切なものを見落とさないようにしたい。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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