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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.2348 なくなっていたかも(8月13日)

 今日はこのブログ更新画面が出るまで30分かかり、もうあまり時間がない。長い間パソコンの真っ黒画面を見つめながら、このままこのパソコンが起動しなければ、このパソコンに入っているデータがすべてパーだな等と思いながら、長い時間を過ごした。

 このデータの中には、これまでの年度ごとに作った文章や冒険教育のデータ、百姓や家の家系、年中行事など大事なものが入っている。予備のデータをバックアップしていなければならないものを何もしないままぼっーと生きてきた。

 このデータが無くなったらこれまで生きてきた大半のデータがなくなってしまうようなものだ。こんなことは人生にも何度かあるのかしらん。これまでの人生が不意に無くなってしまうような経験。

 はかない人生、一瞬で何もかも無くなってしまうような体験、このあの世とこの世の交換があると言われているお盆に、切ない思いを抱く時間でした。お盆だから余計にそう思うのかもしれませんが。

 はかなく何もかも一瞬で無くなってしまうかもしれない人生。だから、生きているうちは大事にやることを淡々と歩んで行きたいと思います。皆様も、ご自分の人生、ご自分のやる事を今日も大事にやって行ってください。

 ☆写真もたくさん入っているパソコンですけど、今日はそれも上手く開かないので写真無しです。すみません。人生何が起ころか分かりませんね。今日も良い一日を、ボチボチ行きましょう。

Dr.2347 はかない人生(8月12日)

 阪神淡路大震災を経験した在日朝鮮人の家族などが描かれる映画を観た。重いテーマで内容も重く、他にも人生の様々な重さを引きずっている人々が登場した。アル中の人もいれば、精神安定の療法に関するシーンも登場して、本当にすごく人生の重さを痛感する映画だった。

 外見からは一見普通の暮らしをしている人にも、その人が抱える重い課題があって、それとともに生きているのだが、ふとした瞬間に辛さに負けて、のたうちまわる時間を味わう。そこからも抜け出す時もあるが、その重荷とどう向き合うかを考えながら、自分の人生を生きて行く。絶えず、何のために生きているのかを問いかけながら。

 というような感じの本当に重い映画だったが、人生の一端は描いているとも考えられ、そういう人もいる中で、自分はどう生きるのかを問うことにつながる内容だった。そこで余計に、食べて寝て活動することが出来ている普段の生活の有難さを思うことになる。

 逆に言うと、食べて寝て活動できていれば、他に何を望むのだろうというようなことまで考えさせられた。感謝と貢献の気持ちは揺るがないが、最後は日々の生活が送れていることに感謝しながら自分のできること、しなければならないことに精一杯取り組んで行くといういつもの気持ちになった。

 重い課題も抱えながらのはかない人生という思いもわいてきて、それだけに力み過ぎず、たんたんと流れとご縁でやる事になったことをやりながら、自分の人生の時間を過ごして行きたい。

 皆さまも、時に人生を振り帰られると思いますが、考え込み過ぎず、たんたんと今の自分にできることをボツボツやって行くしかないと思います。重いけれどもはかない人生、今の自分に出来ることをやりながら進んで行きましょう。

 ☆よく見る電線にとまる鳥たち。考え込み過ぎずに生きているのが良いと思います。

Dr.2346 いつまで生きられる(8月11日)

 81歳でお亡くなりになった著名人のニュースが報じられたり、74歳で亡くなった友人のお兄さんの訃報を知ったり、ドクターより少し上の村の方が入院しておられたり、と人間いつまでも元気でいられるわけではないと言うことを実感する報せが入ってくる。

 もちろん、90歳過ぎてもお元気な方、80歳後半でも新たに運動を始められる方もおられるし、もう数年前に亡くなった友人たちもいて、人がいつまで生きられるのかは個人によって違う。とはいっても、人間寿命は誰にでもあるので、自分の生が終わることは覚悟しておかなければならない。

 よく言われるように、「やり残しがないように、やりたいことは今やっておかなければならない」。それもよく分かるのだが、自分の最期はもう少し先だと思って、なかなか今すぐやりたいことだけに集中することはできていない。

 日々のするべきことに追われ、なかなか自分のやりたいことだけに集中できないし、何がやりたいことなのかも、そう簡単には決められない。というわけで目先のやらなければならないことに時間を取られ(これはこれで時間を持て余さず有難いことでもあるのだが)、バタバタの毎日を送っている。

 それでも、自分の人生の有限さは意識して、悔いのないように日々を送りたい。ドクターにとっては、日々の些細なことも大事な時間だと思っているが、もう一つや二つは気合を入れて新たなことにも挑戦したい気持ちはあるが、これも「流れとご縁」を信頼して、いまやってくる日常を精一杯自分らしく生きて行きたいと思います。

 ☆皆様もお元気で今日をお過ごしください。他所の田は元気なのに、うちの田の稲だけ何故か最早こけだしまして、心配しています。気がかりではありますが、どうしようもないことは大きな力にお任せするしかないですね。ボチボチ行きましょう。

Dr.2345 事態と心情(8月10日)

 休日と言うこともあって特に痛い事態は起こらず有難がったが、心は快調かと言えばそうでもない。特に落ち込んでいるわけでもないので有難いのだが、事態と心情の間は微妙だ。しんどい事態が起こっても、その後の見通しが明るければ、ようやく最悪を脱したという安堵と今後は良い方向に向かって行くという希望感から、心には元気が出て来るように思う。

 それに比べて、その日は特にしんどいことはなかったとしても、今後の展開に不安があれば心は晴れない。つまりは、起こった事態で心情が浮き沈みする割合よりも、今後の見通しが心の状態に及ぼす影響が大きいということでしょうか。

 旅行や何か楽しいことでも、当日以前のワクワク感から元気が出て、当日はそれほどでもなく、その後の見通しの方が、信条に大きな影響を及ぼすようなものです。これは勿論性格にもよると思うが、ドクターのような心配性のものには、今の事態よりも将来の心配の方が大きな影響を持つようだ。

 というわけで、この連休中にはとりわけ大きな懸案事項があるわけではないが(これはあくまでも予想で、実際には何が起きるか分かりませんーこんなこと思うこと自体やっぱり心配性ですね)、週明けからのいろいろな懸案事項を考えれば、なかなか心は晴れやかとはいきません。

 でも、最後は「なるようにしかならない」という開き直りというのか、人生諦観というものも持っているのが強みで(そんなに確かなものではないですけど)、ここまで何とか来れたのですから、今後もなるようにはなっていくだろうという、思いはあります。

 まあ、皆さん、今日もできることをやりながら。何とかボチボチ過ごしていきましょう。

 ☆これまでにない天候が続きますが、できることをやりながら歩んで行きましょう。今日が最高ではなくても、ボツボツできることをやっていきましょう。

Dr.2344 自分に合った言葉を(8月9日)

 人前で話す機会があって、「人生を生きるヒント」みたいなことで、「自分に合った言葉、自分が楽になる生き方」を身に着けようと話させてもらって、ドクターの場合は「まあいいか」「だいたいで生きる」を口癖、生きる指針にしています、みたいなことを話した。

 完璧を目指す方には合わない言葉だと思うので、そういう方はそういう方で自分に合った言葉を選ばれるのが良い。ただ、ドクターのような大雑把というのか雑な生き方の人は(言い方を変えれば柔らかく生きるヒトですけど)、気張り過ぎない、自分が楽になる前記のような言葉が性に合う。他にも「かたよらない、こだわらない、とらわれない」を生き方にしています、みたいなことも話した。

 今なら(昨日話したのは昔から使ってるレジメに基づいての話でした)、これに「ボチボチ行こか」を付け足して、「流れとご縁に従って、置かれた場所で自分らしく」みたいなことで〆ると思いますし、そのようなことも言ったとは思いますが。

 何にしても自分が楽になる言葉、生き方でいきましょう。人と比べることではないし、人からとやかく言われることでもないと思います。要は、自分が楽に、自分らしく行ける道で行きましょう。ボチボチですけど。

 ☆今日も皆様、身の回りの良いこと見つけながら、流れを信頼して歩んで行きましょう。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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