Dr.1404 落としどころ(10月15日)
仕事の話なのであんまり詳しくは書けないが、解決すべき課題が起こって、関係者(この場合は3者ぐらいかな)の話を聞いてみると、それぞれおっしゃることは分かるところも多いが、それぞれの思いを尊重すると問題は解決しないということに出くわした。
こんな場合、それぞれに少しづつ折れてもらって、落としどころを見つけたいと思うが。落としどころで解決を図ろうとするのを嫌う人もいる。原則が大事で、それに従って進めるべきだということだろうと思う。
落としどころというのは、まあいえば、妥協で、それは本来の解決ではないというのだ。ドクターがよく使う「とりあえず~しましょう」という言い方も気に入らないようだ。根本的な解決ではないことにつながるのだろう。
言われて初めて気づいたのだが、確かに「とりあえず」はよく使っている。「とりあえず」や「落としどころ」のやり方は、波風をできるだけ避けようという妥協的なやり方だとは思うが、現実的に物事を前へ進める点で悪い面だけではない。
これはもう生き方とも関係している思うが、原則をかたくなに貫き通すというやり方は、自分のやり方ではない。職務上原則を大事にしなければならない場合は勿論あるが、私生活では、流れを大切に柔軟にやって行きたいと思う。
今回の案件もそうだが、原則論で行くのか柔軟路線で行くのか、案件によって違うと思うが、その見極めが難しい。悩ましいが、悩み過ぎたからと言って解決があるわけではないので、ここは人の助けも借りながら、たんたんと進んで行きます。「たんたん」は原則重視か柔軟重視か、どっちやねんという声が聞こえて来そうですけど。まあぼちぼち全力でがんばりますわ。
☆この間の出張の合間に行った興福寺。仕事か私用かどっちやねん。

Dr.1403 想像と現実は違う(10月14日)
出張と言うこともあって、昼食に普段食べない「うな重」を食べた。ドクターとしては普段の外食に使うお金の3倍以上の値段で、本格的なうなぎ屋さんだからと期待して食べたら、そんなに大したことはなかった。
これなら普段時々食べる、庶民価格の「うな牛」の方が美味しいのではないかと思ってしまった。最近滅多に食べられない「焼マツタケ」も作って食べてみると、いま一つだった。作り方がまずかったのかもしれないけど。
そんなこんなで、普段とは違う憧れの世界、憧れているうちが華だということが分かった。こんなことは、他にもあるような気がする。普段の生活に飽き足りなかったり、行き詰ったりした時、別世界ならどんなに素敵な世界が待っているだろうかと夢想するが、現実に体験してみると想像ほどではなかったということ。
日常の生活では、ともすれば課題やしんどい面ばかりが目につきやすいけど、恵まれた点や素晴らしい体験も幾つもある。そこを見失って、別の世界へ行けば(条件が変われば)バラ色な世界が待っていると思うのは甘いということだろう。
うな重体験からの学びを活かして、夢想の世界に期待し過ぎず、現実世界の恵まれている面に気付き、感謝の心を忘れず、ボチボチ行きたいと思います。皆さん、今の恵まれてるところを忘れないように行きましょうね。
☆滅多に食べない「うな重」。普段の「うな牛」の美味さを再確認しました。日ごろの世界の恵まれた点に気付き、感謝していきたいと思います。どちらも美味しいことには変わりなく、どちらも食べる機会があったことに感謝しないといけないですね。

Dr.1402 一人に少し慣れる(10月13日)
昨夜から今朝にかけて、奥様がいなかったので、一人で過ごした。この頃、時々こういう日があって、帰宅してから出勤まで誰とも話さない生活、寂しいけれど少し慣れてきた感じ。
その分、独り言や鼻歌が多い。駄洒落も口に出して言っている自分。夕食のおかずも買ってくれていたし、朝食の汁物も作ってあるし、自分でしたのは、冷凍ご飯のチンと自分の衣類を洗うことぐらい。
やることは大したことしてないが、一人でいるのがこれまではなかなかしんどかった。今回は少し慣れたか。もちろん、一人生活は嫌だが、人生思い通りには行かないものので、何が起こるか分からない。いろんな状況に対応できるように、いろんな体験をしておくことは無駄ではないか。自分からあんまり進んでやりたくはないが、これも流れでやることになったことは、前向きに考えて、やるしかない。
これからもどんな試練と言うのか、厳しい状況がやってくるのか、自分では分かりませんが、やってくることには前向きに取り組んで行きたい。周囲を見ても、いろんなことで悩んでいたり、しんどかったりする人がおられます。自分が出来ること、力になれることはやらせてもらいながら、自分の生活はできれば笑顔で進んでというのか、ともかく先へ生きて行きたいと思います。
こんあこと一人生活を送りながら考えました。まあ皆さん、今日もボチボチ行きましょう。
☆昨日ご縁でうちにやってきたマツタケを嗅ぎながら、一人生活を送るドクター。おっさん化が進んでますね。


Dr.1401 心配の種(10月12日)
自分が幸せに暮らせる考え方や生き方を研究しているが、自分の心が整うことだけを考えていても上手く行かない。息子が財布を盗られたと妻にラインしてきたが、中に入っていたお金もさることながら、保険証や新幹線何とか乗車券も入っていたというのでそちらも心配。さらに妻の心配は拡大して、そもそもどうやって盗られたのか、何か悪いことに巻き込まれていないか等とどんどん心配は膨らんで、あまり寝られなかったという。
朝になってこの話を聞いて、自分も心配にはなってきたが、もう20歳も超えているので自分で何とかするだろうという思いもあるけど、いつまでたっても子どもは子どもなので心配心は残る。
そんなことも含めて、日々を調子よく生きるためには、やってくる自他のいろんな事態に備えなければならない。あらかじめ完璧に備えるのは無理だし、ドクター的にはなるようにしかならない(決して投げやりという意味ではなく、それを超えてもと言う意味です)と思っているののだが。全く平然とというわけにはいかない。
そういうわけで、日々を機嫌よく生きるためには、自分を整え、自分に降りかかってくるあらゆる事態にも落ち着いて対応する術も身につけなければならない。道は遠そうだが、あきらめるわけにはいかない。生きてる以上立ち止まるわけにも行かない。まあ、ぼちぼち研鑽を積みながら、進んでというのか、過ごしていきたいと思います。皆さん、何かを抱えてはります。
☆昨日見つけた、青空の白い雲。この頃自然の美しさが染みて来ます。どうかしたのかな。

Dr.1400 お気楽なはずが(10月11日)
ある方から、「ドクター人生は定年後は、悠々自適のお気楽なはずがいろんなことやって忙しそうですね」とご心配を頂いた。確かにいろいろ用事が入ってバタバタしていて、お気楽とは見えないかもしれない。
しかし、本人的には、やることがあって(百姓以外にも)、バタバタしている方が性に合っているのか、何もやることが無くて(百姓以外)いろいろ考えすぎるよりもいいと感じている。
お気楽、上機嫌は、人生の目標ではあるが、人生そう思い通りには行かないし、また、思い通りに行き過ぎるのも面白みがないようにも思う(自分が思うとおりに人生が進むなら、もはや生きて見なくても想像がつく人生なので、生きてみてもやっぱり想像通りの人生だったの感想で終わるだけだから)。
バタバタいいのか、ゆったりがいいのかも人によって違うと思われる。やる事があるのと、ゆとりもあるのの両立が良いとは思うが、何事も「二つ良いコトさてないものよ」(河合隼雄)なので、どちらが良いと言われれば、ドクター的にはバタバタの方が性に合ってるように、これまで生きて来て思う。
ということで、人生は思い通りには行かないものだという覚悟のうえで、生かされている間は、流れでやってくるいろんなことを受け入れながら、バタバタかゆったりか自分に合ったやり方で、機嫌よく日々を過ごして行きましょう。
幸せかどうかは自分が決めます。自分に優しく、周囲の人にも優しく、行けば、より幸せに近づくように思います。まあ、今日もボチボチ行きましょう。
☆昨日の夕方に見た夕日。こんな景色を味わえるの有難いことです。


