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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.1135 柔らかすぎ(12月15日)

 ある人から「あなたは人によって、場によって一貫していない」みたいなことを言われた。

 確かにドクターは、人とできるだけ衝突はしたくないので、それほど自分の主張は貫かないほうだ。どうしても譲れないものはあるだろうが(他人事みたいですね)、大体は固執しない。

 信念がないと言われればそうかもしれないと、こう言われることにも無理に反論はしないが、自分としては信念らしきもので言えば、「固執しない、偏らない、こだわらない、とらわれない」だと思っている。

 人と衝突したくないというのも、そんなに考えている訳ではなく、自然と対決的・強硬的な発言はしないという感じだ。そんな感じで生きてきたが、時々はドクターのこのようなスタイルが気に入らない方が現れる。

 万人と上手くやっていくのは中々難しいものだ。自分の思いと違って相手が怒ったり、ストレスを感じたりする場合が起こりえる。これからも出来るだけ穏やかに生きて行きたいし、無理に言い争いがないことを祈っているが、どうしてもそうなる場合は仕方がない。自分にできる最善の配慮で周りの人と機嫌よく接することを心掛けながら、

時折やってくる思いと違う事態も時折はやってくることを覚悟しながら、ボツボツ淡々丹後と生きて行きたい。

 ☆これで淡々と行けてますかね。

Dr.1134 熱心な学び(12月14日)

 市内にある外国人の介護福祉士養成校を見せてもらった。ベトナムをはじめ世界各国から来た100名余の若者(20代女性がほとんど)が日本語で朝から晩まで90分の授業を熱心に受けていた。週に3日はこの学校で学び、後3日は介護施設等で実習を兼ねたアルバイトをして生活費を稼いでいるという。

 1クラスは40人ほどだが、1年生はコロナの関係で来日できない生徒が多く半数ほどだという。2年生(卒業年次)の授業の集中度といったらなかった。全員が食い入るように先生の話に集中し反応する。

 先生の質問に誰彼となく反応し発言する。板書もノートも日本語だが、彼女たちは難しい感じも含めて流暢な日本語を書いていた。自分が外国に行って外国語の授業を受けて2年間でこんなことができるとは到底考えられない。

 それだけ生徒たちの目的意識、学ぶ意欲が強いということだ。卒業後は日本人と同じ国家試験(介護福祉士)を受けて合格するという。そして市内外の介護施設や病院で勤務して在学中に受けた奨学金を返還するという。

 高齢化を迎え介護人材が不足する日本にこれだけの若い意欲ある人が来てくれるのは本当に有難い。彼ら(1年生には10月から数名の男子生徒も入ったらしい)彼女らは、自国では親や祖父母と同居することが普通で、高齢者のケアにも違和感がないという。

 みんな熱心で明るくよく挨拶をしてくれる。教室退出時にドクターが言ったうろ覚えの「カムーン」(ベトナム語でありがとう)にもちょっと反応してくれた。

 この食い入るような勉強熱、久しぶりに見た。というよりこんな熱心な授業風景は初めてかもしれない。自分も何か知らんけどしっかりしなければと思わされた。

 ☆日本人先生の日本語での専門的な授業に食い入るように学ぶ外国人留学生。熱いものを感じました。

Dr.1133 毎日ですね(12月13日)

 いつも利用しているスポーツセンターで受け付けの方がトレーニング記録表を見て、「毎日ですね」と言われたので、ここぞとばかりに「ここ見てください。記録表に通算回数書いてるんですけど、今日で2503回になります」と得意そうに答えた。

 「いつからですか」と言われるので利用許可書の発行日付を見ると平成8年3月となっている。25年ほど利用していることに今更ながら気付いた。

 何でも飽き性で長続きしない方なのに、このトレーニングは数少ない例外だ。「身体鍛えられましたか」と聞かれたので、「いやあ、運動した後の一杯目当てにやってるだけですよ」と答えたが、そうすると運動した後の一杯を楽しみに生きる人生も長く続いていることになることにも気づいた。

 最近では栄養指導で体重減を約束しているので、トレーニング前後に図る体重をチェックするために来ている感もある。汗流したり、体重図ったりするのは他でもできるやろと思われるかもしれないが、そこにちょっとしたこだわりを入れることが生きるアクセントになっていることに、それを大事にしなければいけないことに、この頃気が付いてきました。

 ☆もう2500回以上通ったトレーニング室入り口。ブログ用にも結構ここで写真を撮っている。そういえばブログ人生も結構続いている。もしかしたらドクターは飽き性じゃないのかな。

Dr.1132 栄養指導(12月12日)

 職場で栄養士による栄養指導を受けた。やはり問題は毎日2個以上通算1万個以上食べ続けてきた菓子パンだった。

 間食に菓子パンを食べると急激に血糖値が上がり血管を傷つけるということだ。その前に野菜を食べたり、一緒に卵などのたんぱく質を採った方が体には良いらしい。カロリーを気にして昼食などはおにぎりだけにしていたが、それも野菜やたんぱく質を一緒に採った方が良いらしい。

 夜の一杯はそれで寿命を縮めることになっても止められない、生きがいだと強く主張したので、何とか認めてもらったが、即寝が良くないので事前に(午後6時か午後7時頃)何かお腹に入れておいて、その分夜はお酒と少量のおつまみだけにしなさいとのことだが、現実的には難しそうだ。

 ともかく、3ケ月で3㎏の原料を約束させられたので、何か取り組まなければならない。とりあえず、起きてすぐの新聞タイムに食べる菓子パンをやめてサンドイッチやコーンフレークにしてみるが、こんなんでうまく行くのだろうか。

 でもやってみると、まだ2日ほどだが、何とか朝の菓子パンを食べないで過ごせた。朝新聞タイムにコーヒーと菓子パンは絶対やめられないだろうと思っていたが、菓子パンなしでいけるかもしれない。

 ここでもやはり人に言って来た「固定観念を疑え」「無理無理と言わない」が自分にかえってきた感じ。「人の世に何でも絶対はない」でしょうか。

 ☆人権フェスタでの子どもたちの作品表彰式。会場で聞いた中学生の人権作文は素晴らしい出来でした。子どもたちがここまで書けるとは、ここでも固定観念を打ち破られました。

Dr.1131 母の入院(12月11日)

 母が急に入院した。黄疸が出て、胆嚢や胆管が詰まっているのでそれを取り除かなければならないらしい。簡単に取り除ければいいけど、状況によっては手間がかかる場合もあるということだ。

 その病院はコロナの影響で面会禁止で病室に入ることはできない。幸い検査が終わって病室に入る寸前に待合室で顔を見ることはできた。

母の場合は又直って退院してくれると思っているので何だが、もしこれが永遠の別れの場合は何とあっけないものかと思わされた。長い間話したからと言ってそれで心が落ち着くという訳ではないけれど、人の人生・生存の儚さを考えるきっかけになった。

 いつも合っている人はそれが普通で又いつでも会えると思っているが、高齢や病気になったら一瞬のうちに別れがやってくる。だからと言って根本的にはどうすることもできないが、人間の生の儚さを忘れず、生かされている時を、共に過ごせている時間のかけがえのなさを自覚して大事に過ごしていきたい。

 母の一日も早い元気な退院を待ちわびながら、人生の一瞬一瞬の大事さを噛みしめながら過ごしたい。

 ☆まちをウロウロしている一瞬に見た景色。何でもない景色何でもないことでもいつでもあるとは限らない。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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