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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.1574 退任の思い(3月28日)

 本年度で退任される方々の送別会があって参加した。7名ほどが参加されていたが、それぞれ30年から40年近い勤務を終えられての退任で、募る思いがあられるようだった。初任の頃の思い出を話す方も何名かおられた。

 翻って自分のこれまでで、どのシーンが思い出に残るのか考えて見た。初任の頃ももちろん思い出深いし、転任した学校、大学院への進学、指導主事への転出、冒険教育との出会い、教頭・校長時代、退職後のSAPや議員・教育長時代とそれぞれに思いがいっぱい詰まっている。

 現在進行中のものもあり、考えて見れば死ぬまで現在進行中で、思い出が積み重なっていく。どれも思い出深くどれか一つに絞ることはできない。強いて言えばどれだろう・・・いややっぱり一つには絞れない。

 いろんな思い出がある人生、本当に有難いことだ。この思い出と共に、新たな思いでも積みながら生きて行くんだと思う。退職者の方のあいさつからこんなことを考える。皆さん、退職の日には何を語りますか。良い思い出を紡いでいきましょう。

 ☆カメラのモード設定がよく分からず、こんな写真になってしまいました。いろんな予期せぬことが起こるのが人生で、面白いですね。これを面白いと思えると、結構面白く生きられると思います。

Dr.1573 ITに弱い(3月27日)

 普段使っているケータイが不調で、緊急時の連絡に困るので、機種変更をしたいと思ったが、一人ではお店で話も出来ないので、奥様に同行願った。

 今回は奥様の力を借りて何とか、新しいスマホになったが、これが一人ではどうしようもなかった。こんなIT化が進んだ社会では生きていけない。

 ID設定もパスワードも紙に書いていないとよく分からない派なので、不安になっているが、これも他のことと同じで「まあいいか」「何とかなるやろ」精神で乗り越えるというのか、やって行くしかない感じです。まあボチボチ行きますわ。

 ☆IT弱い人間ドクターの奥様の力で買い替えたスマホ。何とかなるでしょうか。

Dr.1572 つながる(3月26日)

 かつての知り合いから、この4月からどこそこの校長になります、教頭になりますという声が届く。ドクターより十数年から二十数年若い人たちが学校の管理職になって活躍していく。嬉しいことだし心強いことだ。

 こうして学校や社会が続いていく。子どもが先生にあこがれて教職につき、管理職になって後輩を育てる。その姿に感化されて、将来管理職を目指す先生方も出てくるかもしれない。学校だけでなくあらゆる場面でこのようなつながりがあって、人類はこれまで歩んできた。

 そんな大きな歩みにまで意識が向いた。考えて見れば当然のことだが、こうした連綿としたつながり、連鎖の中に自分がいる。夫々の年代に応じた役割を務めながら、年齢とともにその役割を移動していく。しっかりと各年齢でやってくる役割を果たしていきたい。

 できれば楽しく役割を果たし、次につながる人に希望とやる気を与えたい。自分が楽しくやること(あるいは楽しくやれるということ)は、無理なくやれているということで成果にもつながっている。自分のためにも、周囲の人のためにも、後につながる人のためにも、笑顔で楽しく行きましょう。

 ☆スポーツセンターの早咲き桜を見るトレーニング終了後のドクター。トレーニングの利用者どんどん続いて来てます。冒険教育指導者も続いてきているし、ドクターの次の役割は何だ。大きな流れとご縁に任せよう。

Dr.1571 相談・激励役(3月25日)

 自分自身が心配性なのに、時々人の相談にのったり、激励(大勢の前での手を揚げての「オー」ではなく)したりすることがある。頼りない自分を頼りにして頂くのは、嬉しいけれども申しわけないような気持ち。

 役に立つアドバイスが出来ないのではないかと心配する。相談者にはアドバイスなど必要なく、傾聴と言うのか話を聞くだけで良いという話も聞くけど、やはり自分としては相談された以上何らかの参考になる意見とか心が元気になる言葉をかけたいと思ってしまう。

 そういう面では、自分のことを棚に上げ、他人事として冷静に判断し客観的な意見をいうことはできるということはある。そんなことで、精一杯お話を伺い、これまでの経験に照らし合わせて、こうした方が良いのでは、こう考えたら楽になれるよと思うことを話させてもらった。

 他にも、しんどい思いをしている方からお話を聞く機会がある。ドクターが元気そうに見えるのか、相談しやすそうに見えるのか、役職の故か、理由はよくは分からないが、「この人には何を言ってもきつい言葉が返ってくることはない」とは思ってもらえているようだ。

 自分で自分のことは頼りなく不安症なので相談役には不向きと思っているが、これだけ相談者があるということは、もしかしたらドクターには自分が思っている以上にカウンセラー的な資質があるのかもしれない。このように直ぐ自分に都合の良い解釈で自分を甘やかすお気楽さが、相談してみようかなと思わせるのかな。ともかくドクターに相談したからと言って、適格な措置が素早く取れることにはなりませんので、そのあたりはお許しください。こんな言い訳は得意ですけど。

 ☆今回は新SDカードに画像残ってまして、使えました。謝ってるように見える写真ですけど。仕事のブログでもこういう写真を使ってるってことですね。

Dr.1570 力になれてるか(3月24日)

 古くからの知り合いが、「ブログ見てます。元気もらってます」みたいなことをメールしてくれはって、嬉しいのは勿論だが、この頃のブログが読んでくれる方に元気を与えているのか、力になれてるのかちょっと心配している。

 というのは、毎回トッピクスは少しは違うが、行きつくところは「ご縁と大きな力を信頼して、安心してボチボチ行きましょう」みたいな形で終わる形だからだ。

 気にはなってるが、不安症の身で日々を機嫌よく生きて行くには、生かされていることに感謝し、生きてやるべきこと(仕事も含めて)があること、身体が動くこと、人と話が出来ること等、それだけでもすごく恵まれたことであり、この齢になってもこうして過ごせているのは、自分の力と言うより、それこそ自分をこの世に生まれさせ生かせしめている大きな力のお陰によることを忘れないようにすることが一番だと思っているから。

 おかげを頂いている訳だから、自分の出来る貢献(周りの人を笑わせたり、元気になる言葉かけや振る舞いをする、やる流れになった役をやる等)をやらなければならない。これは使命と言うより、これをやれば人も喜ぶし、人に喜んでもらえることは自分も嬉しいからで、結局は自分のためにもなるから続けられる。

 こんなことをグダグダ言っているブログ、少しはお役に立ててるでしょうか。読んでくれる方がおられるから(おられると思うから)続けられている。続けていることが自分のためになっているのは間違いない。時々、読んでますよの言葉をかけてもらうのは何よりうれしい。まあもう少しボチボチ続けますので、よろしければもう少しお付き合いの程よろしくお願いいたします。今日もグダグダになってまいました。

 ☆なんか今日も写真上手く出ませんので、前のやつです。すんません。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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