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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.1965 善意の日(6月2日)

 昨日の6月1日は善意の日に制定されている(らしい)。世の中には様々な地域貢献、人への奉仕等に取り組んでおられる方が多くおられる。

 6月1日生まれのドクターとしては、そのご縁からも、又自分が生かされていることの有難さを感じる身としての貢献と言う意味からも、できるだけ人のために役立つことをして行きたい。

 そのために生きているとも言ってもいい。ただ善意の押し売りになってはいけない。自分がしたいコトと言うよりは、人から求められること、これにできるだけこたえて行きたい。そりゃ、できないこともあると思うが、身の程を知ると言うのか、自分にできる範囲で精一杯、でも自然体で、やっていきたい。

 話は違うが、昨日は多くの国から「誕生日おめでとう」のメッセージが届いた。高校剣道部時代の友達が、世界へ広がっているからだが。一人はアメリカ在住、もう一人は目下オーストラリア在住、別の一人は商用で中南米旅行中でパナマから「おめでとう」を届けてくれた。こんな嬉しいことはない。その意味でも善意の貢献をしなければならない。

 皆さま、今日もそれぞれ大事にするもののために、無理し過ぎずぼちぼちがんばりましょう。

 ☆6月1日で67歳になりました。ボチボチ自分らしく貢献していきたいと思います。

Dr.1964 忙しすぎるのも(6月1日)

 高齢期、定職を辞めてからの生き方として。「きょうよう」「きょういく」が大事と言われ、「きょうよう」は教養と「今日用があること」、「きょういく」は教育と「今日行くところがあること」の掛け言葉で表されている。

 どちらも、「なにもしないでボーっとしている」より、「何かすることがあって、どこかへ出かけ、人と合う」のが良いということだ。ところが昨日お会いした方(元学校教員で定年後いろんなお稽古やいろんな会に顔を出されて精力的に活動されている)のお話しによると、一日に3つも4つも用事があってお忙しくされていたところ、眠れなくなって、1月以上入院されたとのこと。

 そこでリハビリの先生に言われたのが、用事を入れ過ぎないで健康に気を付けて生活することの大事さで、健康のために①体操や散歩をする、②アロマなど癒し系の環境を整える、③昼寝(15分程度)をする、④お茶タイムなどホッとする時間をつくる、⑤時にはぼーっとする時間をつくる等を心掛けるようにとのこと。

酉年生まれでバタバタ性格のドクターも、何もすることが無いよりも、何かすることがある方が良いと思ってやって来たが、このお話を聞くとちょっと用事があり過ぎるのも怖くなってきた。

 今のところは、よく食べよく眠れているが、夕方になると少し元気がない状態が続いている。このお話を参考に、無理し過ぎず、ボツボツ行きたいと思います。

 ☆5年前の今頃、こんな指導やってたんですね。5年前は出来ていても、今は出来ないこともありますね。ボチボチ行きましょう。

Dr.1963 プラス面を見る(5月31日)

 ここ数日夕方になると疲れが出て来る。風邪気味かもしれない。いつもはテレビを見ながら、少し長く飲んで寝るが、ここ数日はサッサと食べて(一杯は飲んでますけど)即寝で睡眠時間をとるように心掛けている。

 気分爽快とはいかないけれど、仕事に行けているし、何とか行事もこなしている。休んでしまうと、いろいろとご迷惑をかけてしまうので、それがないだけ有難い。最近学んだ、「幸せになるのではなく、(今がもう)幸せである」という観点から言えば、寝込まず仕事に行けていることが幸せである。

 物事何でも2面あって、(自分にとって)プラス面とマイナス面がある。できればプラス面を見て、感謝の気持ちを持って、笑顔で進んで行きたい。

 1年に1回か2回ある体調不調(風邪とか)期が、今がピーク(最悪期)で良かった。明日からは又、夜の会合も続くので、今日でしんどい時期を終わらせて、明日から回復期に持っていきたい。まあ、回復が長引けば長引いたで何とかなるだろうと思ってますけど。そういう時には、またそのことのプラス面を探していく好機と考えます。

 そんなこんなで、皆様も、いろいろと不調期あると思いますが、そういう時こそプラス面探しの腕を磨くチャンスです。プラス見つけて、元気出して、日々を生きて行きましょう。もちろん、ぼつぼつでいいんですよ。

 ☆朝方はこんな写真撮るぐらい元気ですけど、夕方は元気少なくなりますけど、まだまだよく食べ、一杯飲んで、よく眠れてます。ご心配いりませんので、ご安心ください。ちょっと不調の時も、元気に生きる秘訣探るチャンスと考え、又報告させてもらいます。

Dr.1962 やっぱり子どもと一緒がいい(5月30日)

 市内の中学校で高校の説明会をしている。中学3年生相手に、高校の先生方が説明する前に最初のあいさつをする。昨日の中学生は20名ほどだったが、とても仲良しで元気がよく、かつて勤めていた高校の生徒に似ている感じ。

 ドクターが何か言っても、何かしても、すこぶる反応が良い。かつて校長の時に生徒達とやりとりしていた感じだ。担任の先生からも、この子たちは元気で「(ドクターと)相性いいですね」と言ってもらった。

 懐かしい。当時も良いことばかりではなかったはずだが、今となって思い出すのは楽しかったことばかりだ。最初のつかみで、空手の型や拳を突き上げて笑いを取って、「私もしんどいこともあるけど、しんどい時にしんどい顔をしていたからと言って事態は改善しない。そんな時こそ、敢えて笑顔で、作り笑顔でもいいから元気を出して、自分も周りの人も元気にしていこうと、元気を装っている。皆さんも、笑顔を出して行こう」と呼びかけた。

 あいさつの最後は「今日の説明をしっかり聞いて、自分の高校生活、丹波篠山市、盛り上げて行こう」と言ったら、「オー」と大きな声で唱和してくれた。やっぱり元気な子ど達と触れ合うのは、こちらも元気をもらう。ドクターの天性は、やっぱり学校の先生だろうか。

 ☆快晴の青空に生える新緑の山。(カラ元気でもいいから)元気出して行きましょう。何とか一日が無事終えますように。それだけでもすこぶる有難く幸せなことです。明日のことは明日考えましょう。

Dr.1961 「幸福になる」ではなく(5月29日)

 「幸福になる」ではなく、「幸福である」ことに気付くのが大事と言うことを知った。何か好きなことや、社会的に価値あることに打ち込んで、「幸福になる」のを目指して生きるのが人生の目標と思っていたが、人間は生きているだけで価値があり、生きているだけで幸福なのだということを教えてもらった。

 何かをやっているから、働いているから、友達が多いから尊い、幸せであるという考え方では、働けない人や友だちがない人は不幸せと言うことになり、何かをやる事や人間関係をつくることを強制することになる。

 もちろん、何かをやっている方が、友達が多い方が良い、落ち着くという人はそれでいいが、そうでない人がダメと言うことにはならない。人は生きているだけで十分幸せである、後はそのことに気付くことが大事と言うことだ。

 この考え方は、幸福になるために何かしなければと焦る人や、人との関係が乏しいと悩んでいる人にとっては朗報というのか、元気が出るのではないだろうか。この考え方に賛同するし、生きているだけで尊いという考え方は大事だと思う。

 この考え方に出会えたのを嬉しく思うし、この考え方で元気をもらいながら、自分も周囲の人も大事にしていければ嬉しい。皆さん、幸福は追い求める、探し回るものではなく、もうすでにここにある。後はそのことに気付いて、感謝しながら幸福感を感じて日々を送って、自分にできる貢献をしていく(貢献と言っても何か特別なことをするのではなく、感謝しながら自分の生を生きることも貢献だと思います)、こんな感じで今日も幸せにいきましょう。

 ☆こんな景色が見られるのもウグイスのさえずりが聞こえるのも幸せです。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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