ささやま冒険教育

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Sasayama Adventure Project

丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.367 同じようにはならない(6月13日)

ひょうご冒険教育(HAP)の指導に嬉野台生涯教育センターに行き、この日は珍しく午前と午後が同じ学校の別のクラス(班)を担当し、センターの方からは同じ場所を割り当てていますから「どちらの班も同じように指導してください」と言われた。最初は全く同じ活動を別のグループでやったらどうなるのか興味があったので言われたとおりにやってみようかと思ったが、いざ午後の活動を始めてみると、①(同じ学校であっても)午前中のグループとはメンバーの個性や関係性が違う、②同じ活動場所でも午前と午後では気温・日陰のでき方・風の吹き方等自然環境が違う、③午前と午後では参加者もファシリテーターも元気さや気分が違う、④1日に同じことを2回やると指導している方が飽きる、⑤世の中同じように見えても全く同じことはない等、自然的・個人的・哲学的理由、特に飽き性のドクターの場合は④の理由が大きく関係して、午後のグループでは彼らの今の状況にあった指導者も楽しくできる活動に変更した。どちらのグループも終わった時に「楽しかった」「何でも諦めなければ出来るということが分かりました」みたいな感想を言ってくれたのでこの変更は正解だった(ドクターの場合、参加者が楽しかったかどうか、ついでに指導者も楽しんだかどうかがその日の指導の成否判断基準だ)。ともかく何事でも同じようにはならない、同じようにはできない、同じようにはしない方が良いことが学べたこの日のHAPだった。帰って、毎日やることがあって、時々は好きな冒険指導ができる「これって幸せやな」と言ったら、妻から「当たり前やろ、今頃気付いたん」と一刀両断された。
 ☆冒険指導で学び「同じようにはならない等」と充実感を得た後、きれいな花と帰り道の温泉、これで幸せでないと言ったら罰が当たる。感謝して自分のできることにベストを尽くします。たいしたことはできませんけど。

Dr.366 しんどいけど面白い(6月12日)

但馬神鍋高原へ冒険指導に行った。生憎の天気で室内での活動だったが、担当の中一男子と仲良く活動することができた。想定していた屋外での活動ではなく、初めての室内活動場所で予想以上に元気で人数が多いグループだったが、彼らがやりたがっている身体を動かす活動を中心に組み立てた。「みんなオニ」という全員がオニでタッチされたら座る(最後まで立って逃げた人が勝ち)というオニゴッコの復活バージョン(一度座ってもまた立っている人にタッチすれば復活できると言うルール)が思いの外はまって長い間やった。途中からは座っている人がタッチを求めたら立っている人が積極的に助けに行ったりして、単に勝ちにこだわるのではなく、友達とタッチされたり復活したりみんなでドタバタするのがおもしろかったようだ。こんな展開になるとは想定外だったが、最後の感想ではみんなこのオニゴッコが楽しかったと言っていた。そこですかさずドクターはこれからも学校に帰ってもみんなで復活助け合って学校生活を楽しんでほしいと話した。想定外の事態を臨機応変にとらえる進行はさすがとまた得意の自画自賛。帰りの車中で、「やっぱり面白さや達成感はしんどいこと・がんばったことの後に味わえるのだな」と改めて思った。熱い中での想定外の展開への対処は結構エネルギーがいるが、それだけに上手く行った(と自分が勝手に思った)後は達成感がある。この達成感はいいが、そのためのしんどさや不安(うまく行かなかったらどうしようなど)は避けれるものならさけたい。しんどさとやりがい、どっちをとるのか今日も葛藤の日々が続く。
 ☆元気者の中学生が課題解決型アクティビィティにも目を見張るような解決策を見せてくれて、この日の活動に「しんどかったけど面白かった」と笑顔のドクター。でも、しんどさと人生の満足度、どっちとると贅沢な悩みは簡単には解消できない。

Dr.365 日々機嫌よく(6月11日) 

毎日を機嫌よく生きるのは難しい。生きてるといろんなことがある。自己啓発本なんかでよく言われるように(それを受け売りしてドクターもよく言うように)本来物事事態に善悪はなく、原因と結果の法則によって事は起き進み、そしていつかは終わるだけだ。それだけのことだが、人はそれに意味を持たし、それが良ければ喜び、良くないと落ち込む。まだ起きないことも予期して心配し、毎日不安と心労にかられて生きている。が時々ラッキーが重なり有頂天になって幸せを感じる。でもその調子のよいハイテンションは決して長続きはしない。世の中には調子のよい状態がずっと続いているように見えるうらやましそうな人もいるが、これもドクターが時々言うように、他所からは上手く行っているように見えても内実はいろいろ(困りごとが)あるのが人生だ。ドクターはこれまで会ったことはないが、もし仮に全く悩んだことなどない人がいたらそれはめでたいことだが、その方々はドクターブログの読者ではなく、人生をあれこれ考える必要もない。このブログが対象にしているのは、ドクターと同じく「日々を機嫌よくお気楽に暮らしたいけど、油断してると悩みが襲ってくるので、常に油断なくどうすれば(どう考えれば)自分が機嫌よく生きられるのかを追求している人たち」だ。そういう人は結構多く、大変な面もあるけど自分の人生を自分の力で作っているというやりがいも自負もある。やりがいも自負もいらない、ただお気楽に生きたいだけという本音も聞こえてきそうだが、手を抜くとしんどくなってしまうのだからしかたがない、出来る範囲で自分が居心地よくなる生き方・考え方を模索していきましょう。ご一緒いたします。
 ☆庭に出した黒豆の苗を見ながら、「(私の土の入れ方が悪かったので)出ない芽がぎょうさん(たくさんの意)ある」という母に、「こんだけ発芽したら上出来やろ」とプラス思考学習を積んできたドクターはその成果を披露した。でもそのマイナス思考を基本とする母が結構機嫌よく毎日を生き、プラス思考提唱者のドクターが落ち込むことが多いのは皮肉で面白い。もしかしたらマイナス思考にも利点があるのかも。

Dr.364 いろいろあって(6月10日)

久しぶりにというのか恐らく初めて母と妻と娘と一緒に息子のいる横浜を訪ねた。宿泊は息子も含めて浦安の東京ディズニーランドに近いホテルに泊まった。そしてその様子を最近頻繁にやりとりしている高校剣道部仲間グループラインに「一見幸せそうな絵ですが、いろいろあります。それが人生ですね」と投稿したら、仲間の1人から「そのいろいろが知りたい」と反応があった。ドクターとしてはみんないろいろ人生の大変がある中、たまたま上手くいろんな条件が重なって実現した「何年振りかの家族旅行」をこんなに幸せです見たいには報告したくなかったし、ホントにいろいろあるといえばいろいろあるのも事実だしということであげたが、やはり人は他人のいろいろに興味があるらしい(別に悪気と言うわけではないだろうが)。振り返ってみると一見すると他人からは幸せな家族と思えるかもしれないが、あるいは順調な人生と見えるかもしれないけど、実はいろいろ大変な点もあるということはこれまでの人生で一杯経験した。だから他人の外見と比べることの無意味さや、たまたま訪れるささやかな幸せな時間の大事さなどをしみじみと感じることが出来るようになった。まあみなさん、いろいろあるけどいいこともちょっとはあるのが人生なので、それを信じてお気楽に行きましょう。
 ☆一見幸せな家族TDL旅行だが、ドクターは一人ホテルの部屋でランドを自撮りしている。これがいろいろある人生を物語っている。そんなに大したことではないですけど。

Dr.363 あいまいな記憶の利点(6月8日)

かつては抜群だったドクターの記憶力(かつてといってもどれぐらい前にどんだけ抜群だったのか正確には思い出せないが)もこの頃では大分にあいまいになってきた。人の名前が思い出せないなどあいまいな記憶は悪い所ばかりかと思っていたが、最近正確な記憶が人の幸せに直結するとは限らないという主張の本を読んだ。そもそも記憶は何のためにあるかから論じ、幸せな人生だったと言えるには「(人生の)ピーク」と「ラスト(人生の晩年)」の記憶が大事で、過去の出来事は変わらないとしても、それをどのように思い出すかという記憶はあいまいなので、その時楽観的というのかプラス思考と言うのか自分に都合の良いところは覚えていて都合の悪い嫌な記憶は忘れてしまうようなあいまいで適当な(適当はドクターが勝手に付け加えました)記憶がその人を幸せにするということだ。細部まで具体的にいつまでも変わらず覚えている正確な記憶は、必ずしもその人を幸せにしないらしい。自分に都合の良いあいまいな記憶ならドクターの得意とするところだ。この間の大河ドラマの会議も、その場では厳しい意見もいくつか出たはずだが、今覚えているのは「その会議で市当局ががんばって撮影誘致に向けて練っている方針を否定するという結論にならなくて良かった。これには議長の自分も相当貢献した」という記憶だし、昨日のHAP冒険指導でも「雨で予定が急に変更になったり、活動場所が制限される中、臨機応変にその場でできるベストのアクティビィティを選択したのは流石だ」という記憶で、地面が滑って何人かの生徒のズボンのおしりを汚してしまったという指導者としてやってはいけない不注意の記憶は薄れかけているぐらいだ。記憶力の弱ってきたみなさん、希望を持ってこの説を信じて元気に行きましょう。この説をいつまで覚えていられるかが心配ですけど。
 ☆あいまいな記憶の方が幸福な人生に適しているという説を知って喜ぶドクター

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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