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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.2333 無功徳 むくどく(7月27日)

 仏教用語で「無功徳」は、善い行いをしても、その結果や見返りを期待しないことを指します。つまり、功徳を積むことを意識したり、それを期待したりするのではなく、無心で良い行いをすることです。

 言葉自体は知っていたし、前にも紹介したかもしれませんが、この頃身辺の整理をしていて、「無功徳」の色紙が出て来て、今このタイミングでこの言葉に触れるとは、何か大きな力の意志かなと思って、皆様にも自分にも改めて紹介します。

 ここからはドクター解釈ですが、「無功徳」をもっと言えば、自分の一日が(まずは今日一日が)、何かの役に立ったかどうか、意味があったかどうか等も、あまり意識し過ぎず、たんたんんと今自分がすべきこと、できることをやって時を過ごすと言うことではないでしょうか。

 人生の意味なども考え過ぎず、今自分が置かれている状態で出来ること、やることを、意味や結果などあまり考え過ぎず、たんたんとやって時間が過ぎ(一日が終わり)、今日も何とか一日を終えられたことをホッとする(感謝する)って感じでしょうか。

 昨日は特に何ということなく、池の水落としがあったので、それに関してしなければならないことはやりながら、田んぼ畑の見回りや、ガソリン購入や、夕食購入など(奥様外出の為)、たんたんうろうろと一日を過ごしました。ちょっと誰かの役に立ったこともあるかもしれませんが(こんなこと書くこと、思うこと自体だめですね)、全体としてたんたんと時を過ごしたって感じです。

 そして、これでいいと言ってくれているのが「無功徳」だと思います。生きて、一日が送れること自体が有難いことです。その有難さを噛みしめながら、たんたんと自分に出来ること、しなければならないこと、やる流れになったことなどをやって行きましょう。「無功徳」から言うと、ドクターの言って来た「感謝と貢献」の貢献もそんなに気張らなくても良いかもしれませんね。生かされ、生きていること自体が貢献と考えることもできますが、そこにあんまりこだわらず行こうというのが「無功徳」の教えですね。

 皆さま、今日もたんたんと無心で、出来れば陽気にボチボチやって行きましょう。

 ☆6年前の今日の日のドクターです。やること、できること、をやってたようです。見た目は今より元気そうですが。

Dr.2332 人生を楽しむ(7月25日)

 中米コスタリカの日本人学校に行っている先生が、休暇で日本戻って来て挨拶に来てくれた。そこで現地の写真で向こうの様子を教えてもらった時に、「プーラ・ビーダ」というスペイン語(コスタリカの公用語)の言葉を教えてもらった。

 プーラ・ビーダは挨拶にも使われ、元気で人生を楽しむ、楽観的に物事を考えるという意味もある、人生の価値観を表すような言葉だという。そして、この言葉の通り、現地の人は優しく陽気でとても生活しやすいと言っておられました。

 いろいろ心配や不安があるじめじめした日本の最近(ドクターの周りだけかも)と比べて、世の中(世界)には、陽気に毎日を送っている人がいると言うことは励みになる。毎日が幸せかどうかは、経済的や人間関係的だけではなく、自分が決める。

 今回教えてもらった言葉や生き方をヒントに、自分の生活にも元気を取り戻したい(かと言ってドクターが徹底的に落ち込んでいる訳ではありませんのでご心配しないでください)。

 人生・物事のプラスの面を見て、明るく陽気に行きたいと思います。どこまで出来るか自信はありませんが、やってみる価値はある。なかなか暑さもあって大変ですが、できる範囲でがんばって行きましょう。

 ☆コスタリカの様子と「プーラ・ビーダ」の言葉を教えてくれた、コスタリカのサンホセ日本人学校に勤めるYさん。人生いろいろあるけど、前向きに行きましょう。ボチボチ「プーラ・ビーダ」

Dr.2331 経年劣化(7月24日)

 昨日はパソコンの立ち上げに時間が掛り過ぎて更新できず、ご心配をおかけしてしまいました。歯医者に行けば、(最近奥歯を一本抜いたのに加えて)前歯の被せがとれかかっていたり、別の前歯が割れているのが分かったりして順次治療をしていくことになった。腰の調子も悪く、長く立っていられなかったり、曲がったりしている。

 道具も身体も長年使って来たからか、(経年劣化で)いろいろ支障が出るボロボロの状態になってきた。それでもまだ、寝込むことはなく、仕事には行けているので、まだましと言うこともできるのだろうか。しかし、最近はメンタル面でもしんどいことが多く、こちらもなかなかストレスがかかっている。

 いろいろ心配事や支障はあっても、今の自分の状態で出来る、あるいはやらなければならない最善の力は絞らなければならないとはと思ってやっているが、どこまで出来ているかは心もとない。しかし、最善の努力をやった後は、それ以上を求められても自分にはできない。

 置かれた場所で咲きなさい(この頃では咲く咲かないにこだわらず、ベストを尽くすに変わって来ていますが)とは以前からドクターが言っていたことばで、覚えていてくれる人もあって嬉しい限りだが、自分にも今一度念を押したい。

 ともかく、今日も何とかおかれた場所や状況でベストやベターで一日を過ごしたいと思います。皆様もお元気で、ご無理をされ過ぎず、ボチボチ自分らしくいきましょう。物事は思い通りには進みませんが、なるようにはなって行くと思います。希望と笑顔を忘れず、陽気に行きたいですね。

Dr.2330 やっぱり油断はできない(7月22日)

 3連休中ほっとする時間もあったが、油断してはいけないという注意を皆さんとともに、自分にも言い聞かせて来たが、やっぱりホッとする時間だけでは終われなかった。人生そういうものだとは思っているが、こうホッとした後に緊張することが続くと、ほっとする時間が心底楽しめなくなる。

 かけがえのないホッとする時間として、余計にその価値が高まるというのであればいいのだが、いつ何時心安らがない問題が起きてくるかと思うと、なかなか大変だ。

 結局大変でも何でも歩みを止めないで、進んで行くしかない。ふらふらになりながらも、行けるところまで行くしかない。ということで、今日も何かと前途が心配されますが、何とか一日が始まっています。

 皆さまも、なかなか心からホッとする時間ってとれないとは思いますが、だましだましでも歩みを止めずに進んで行きましょう。最悪を想定していれば、それ以上には悪化しないとは思います(多分)。

 ☆大変な時間の中にも、ちょっとホッとする時間は見つかります。今日も何とか支え合って、一日を乗り越えましょう。

 

Dr.2329 油断はできないが(7月21日)

 3連休初日は、やっと連休までたどり着いたという安堵感で書いていたら、その途中に緊急連絡が入って、その後の臨時対応が続いた。今日は今のところ、そうした連絡はないが、いつ何時何があるか分からないと言うことで、油断はできない。でも、昨日も含めてちょっとほっとした時間を頂いている。

 昨日は、久しぶりにオーケストラの生演奏を聴いた。音楽に詳しくはないが、すごい迫力と心が安らぐホッとする時間を過ごさせてもらった。時間や心にゆとりがあれば、こうした豊かな時間を過ごすことが出来ると思う反面、ずっとこうしたホッとする時間ばかりでも退屈してしまうのではないかと貧乏性のドクターは思ってしまう。

 今の生活のように、やることがそこそこ(一杯ですけど)あって、そこにふと空きが出来た時にその時間を楽しむというのが性に合っているような気もするし、定年直後に空き時間が一杯の時にはじめは良かったが、そのうち退屈してしまった体験も思い出す。

 しかしまあ、どのような生活を送るかは自分の意思だけでは決められないので、ここはいつものように、自分の根本哲学の通り「流れとご縁に任せて(信頼して)」行くのが良いとも思っている。

 ということで、今日がどのような日になるかは、まだ油断も出来ませんが、流れに任せて、出来るだけ良い時間を過ごしたい。やることやできること、しなければならないことはやるけど、それとて無理はせず(昨日の草刈りで実感しましたけど、だんだん無理が出来なくなってきています)、やれる範囲で精一杯というのか、ボツボツ自分らしくやって行ければと思っています。

 ☆昨日の交響楽団コンサート(撮影可のところです)と、そのテーマ『田園』にちなんだドローンで撮った丹波篠山市の田園風景。ちょっとホッとする良い時間を頂きました。皆様にもちょっとホッとする時間が訪れますように。今日も何とかボチボチやって行きましょう。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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