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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.373 齢と共に無くなるもの(6月21日)

年齢とともに無くなるものはいくつもある。若さ・定職(定食は齢がいっても注文はできるが完食できなくなる)・健康・記憶力・人付き合いの広さ等だ。無くなるものの中には困るものとさほどでもないもの、むしろ無くなった方が調子が良いものがある。記憶力などは判断が難しい。記憶力が無くなると大部分は不便なことの方が多い(人や物の名前が出てこず会話が盛り上がらない、日本語教師試験や宅建試験など記憶力が要る試験に受からないー例示の試験はドクターが狙っていたもの等)が、何とかなるもの(今朝も昨年払った市民税額を調べる必要があるのに昨年度が平成30年度か平成31年度か思い出せなかったが、市役所で聞けば問題はないー昨年度は何年度ですかと聞くちょっとした恥ずかしさは残る等)や無くなった方が具合がいいもの(毎晩ユーモア短編エッセイを読んで寝ているが何回読んでも初めて読むような新鮮さがある等)が混在していて複雑だ。しかし「記憶力は無くなると複雑だ」という問題意識もやがて忘れるし、人から言われた嫌なことも直ぐに忘れることが出来る。こう考えると齢と共に無くなるものが増えるのはどうしようもないことだし、何が良くて何が困るかと言うことを考えるのも面倒になって、その日その日を機嫌よく生きれば良しみたいな感じになるので総じて齢を取るのは良いことだと言えるか。少し強引な気はしますが。
 ☆齢を取ると定職はないが、臨時の仕事は増えていろんな場所でいろんなタイプの指導(仕事)をすることができる。普段触れ合う人の数は減るが、少なくても個性的な人(冒険仲間等)と話す機会は増える。現役時代には巨大かき氷を食べながらとりとめのない話をだらだらするという時間はなかった。やっぱり齢を取るのは良いことだ。

Dr.372 伝説の指導者(6月19日)

一昨日は頼まれて琵琶湖畔の施設で指導をした。いつもは一人でグループを受け持つが、この日は補助スタッフ(女性)がつくという。いざ活動を始めてみると彼女は熱心にドクターの指導をメモしている。そういえばこの頃ドクターの指導をメモしたり見学したりする人が時々いる。どうもドクターは「兵庫で冒険教育を始めたかっこよくて指導の上手な女性にもてる伝説の指導者」(一部盛りました)と一部の人に思われているらしい。かつてドクターの指導を受けた人やその人から勧められた人や伝説を真に受けた人がドクター指導を見に来ているのだ。ドクターは人に指導技術を盗まれたら困ると自分の技やアクティビィティを出し惜しみするような小さな人物ではない。誰が見ていようといつも通り成り行き任せの適当な指導で自分が一番楽しむだけだ。これでは折角伝説の指導者から冒険指導のヒントを得ようと見に来た人に失望を与えるのではないかと若干心配にはなるものの、自分が頼んで来てもらったわけじゃないのでまぁいいかと開き直っている。この日の夜ドクターに指導を依頼した施設管理者と一杯やったが、その時「ドクターに優秀な女性スタッフを付けたのは、ドクターがその場所での活動が初めてなので
施設や道具の使い方に困るといけないと心配しての事」だったのが判明した。決してドクターが伝説の指導者なのでその技を彼女に盗ませようという意図はなかったようだ。これでは「ドクターという人は自分を指導が上手な伝説の指導者と思っていて、周りにいる人はみんな自分の指導を見たがっていると思って、上から目線で今の指導の解説をする困った人」という新たな伝説が生まれそうだ。
 ☆琵琶湖畔の素敵な冒険活動場所で自撮りをしていると、「ドクターという人はどこでも自分の写真を撮りたがるので、撮ってあげるととても喜ぶ」という伝説があるのか、一緒に指導した初顔のファシリテーターの1人がすぐに「撮りましょうか」と言ってくれた。

Dr.371 ブロークン日本語(6月17日)

初めて台湾・モンゴル・ベトナム・タイ・日本の学生からなるインターナショナルな冒険指導をやった。留学生の日本語レベルが分からなかったので、始める前はスピード〇―ニングで磨いたドクターのブロークンイングリッシュ(適当な英語)でやらなければならないかとそれなりに緊張とちょっとやってみたい感じでいたが、ほぼ1年日本にいる彼らの日本語理解はまずまずで、いつもの冒険指導の時と同じくブロークン日本語でやった。ブロークン日本語とは「だいたい、適当な日本語」でドクターが冒険指導の時に得意とする説明の仕方だ。どんな活動でも丁寧な説明をせず(できずと言った方が正解)、安全上の説明と概略をしゃべっただけで「ほな、やりましょか」となる。参加者はよくわからないまま、見よう見まねで活動をはじめ、そのうちどういうことをするのか理解・上達してくる。「習うより慣れろって」感じだが、これが良いのは①参加者同士で教え合いが始まったり、②指導者(ドクター)も予期せぬような活動になったり、③指導者も一緒に自分の最初の言葉や先入観にしばられず「これからこの活動・このグループはどうなっていくのだろう」みたいな感じで参加できる。一見無責任なようだが指導者自身もその活動の成り行きにワクワクドキドキしながら好奇心を持って関わるには、最初のきっちりした説明でその活動を指導者がコントロールするのを防ぐ「ブロークン日本語」による説明が適している。指導者自身も新鮮な気持ちで楽しみながら参加するのがドクターの目指す冒険指導・体験学習だ。その日の指導がたまたま上手く行ったので、以上のようなことをこれから先生・(冒険)指導者を目指す日本の学生にドヤ顔でブロークン日本語で語るおっさんドクターはいつもの通り困ったものだが。
 ☆いろんなアジアの国から集まった学生にブロークン日本語で指導するブロークン生き方のドクター。たまたま上手く行ったら自画自賛し、上手く行かなかったらしょげる。人生も指導も同じだ。

Dr.370 日々変化(6月16日)

若者も年寄りも身体や能力は日々変化している。上り坂の若い頃はその変化が肯定的な場合が多いが(出来なかったことが出来るようになる、以前よりも考え方が柔軟になり、取れる選択肢が増える等)、ドクター期(60代)の変化はあんまり歓迎しないものが多くなる(物忘れが多い、皺や白髪が増える、耳鳴りの音がだんだんうるさくなる、歯が抜ける、短気になる、気力や根気がなくなる等他にも7~800はあるが今日はこれぐらいにしといてあげよう)。昨日もいつまでも元気に百姓や村の役を勤めるおっさん(70代後半)が「この頃田んぼに行っても疲れてじょうし(たくさんの方言)休憩せなあかんし、良い作物を作ろうという気力がなくなってきた」と吐かれた。村の先輩として生き方の目標にしていた人でいつまでも変わらず元気だと思っていただけにショックだった。そういえば高校同級生剣道部仲間のラインでも「腰が痛い」だの「整体に行ってきた」など身体の不調を訴える書き込みが多い。かくいうドクターも今のところ何とか常用薬なく普段の生活が送れているが、一つ間違えば医療ケアが必要なギリギリだということを随所に感じる。齢をとれば誰にも訪れる日々の変化を嘆いていても仕方がない、前向きに良い所を見つけてご機嫌よく毎日を生きなければとは思うものの、この加齢による日々の衰えをプラスに見る視点は無理をしないと簡単には見つからない。そうはいってもこのブログは加齢や定年による変化をプラスに乗り切るヒントを発信するのがねらいの一つ(他のは加齢で直ぐには思い出せないが)なので、何とか良い報告をしたいとは思うものの妙案がない。加齢による日々の変化、嘆いても一時的に肯定的に捉えられても来るものは来る。進むものは進むのである。止めようのない変化は仕方ない。仕方のないことは仕方がない。こんな頼りないまとめですみません。でもまあしょうないか。

 ☆この間、体力も作業時間もギリギリで定食した黒豆苗も雨上がりの畑で元気に根付いていた。村の先輩おっさんも「農作業の気力は衰えても村旅行(ドクターの村では海外です)には行きたい」とおっしゃる。日々変化はするが作物も人間もなかなかしぶとい。

Dr.369 最初の一ヶ月だけ(6月15日)

定年後の生き方についていろんな本が出ている。実際に定年後を生きるドクターとしてはこれから定年を迎える皆さんのの参考になればと思い、定年後生活者の生の声をお届けする。最も欧米のように定年制度自体が年齢による差別だとして定年自体がない国もあり日本もそうなる可能性も無きにしも非ずらしいが。いずれにしてもいつかはそれまで勤めていた定職を辞める時は誰にでも訪れる。アドバイスとして最も言いたいのは、それまでフルタイムで働いていた仕事を辞めて「毎日が何て自由なんだ」という解放感を味わえるのはせいぜい最初の一ヶ月だけだということだ。定年しても何らかの仕事はしていたとしても、ドクターの場合はその仕事が不定期で勤務時間に縛られるものでなかったので余計に解放感を感じた。平日の昼間など移動中に河川敷など走るのに適した場所を見つけると、近くに車を止めていつも積んでいる運動着と運動靴に着替え小一時間ほど景色を楽しみながらゆっくり走ることができる(定年頃にはゆっくりしか走れなくなりますが)。この解放感自由度は最高だった。でもそれも一ヶ月ほどその生活に慣れると、曜日に関係なく時間に縛られないけどしなければならない仕事や雑務はそれなりにあるという日常が当たり前になって、新鮮味や解放感はなくなり、こういう生活が定年後の日常となり、フルタイム勤務の頃とすることは違えど、いつもの日常が続くという点では同じと感じるようになる。海外旅行にしても滅多に行けない人が何年かに一度1・2週間ほど風景も習慣も違う国に行くから新鮮だが、業務で海外へ行くのが日常の人にとっては海外や日々移動の生活に目新しさはなくなってくるという。「だからどうなの」と言われても困るが、定年にしても海外にしてもそれがいつもの生活になればワクワク感はない。ワクワク感どきどき感、新鮮な感じが欲しいならやはり何か新たなことをするしかない。まあしかし、そんなものはそれほど要らないという人もいるだろう。結局生き方、人生に何を求めるかは人それぞれと言うことか。この結論もまあいつも通りの新鮮味のないものになってしまいました。
 ☆黒豆の苗が大きくなってきたので、畑に定植しました。いつもやってることなので新鮮味はないけど、雨降り前にほとんどの苗を植えることが出来て良かった。毎日・毎年やることを地味にやりながら時々心弾む新鮮な出来事がやってくる、こんなところでしょうか大方の方が求める人生は。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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