Dr.1887 自分を受け入れる(3月8日)
自己肯定感と言うのか自尊感情と言うのか、自分を受け入れるというのを得意としている。いろいろと足りない所を指摘されたり、自分で気付いたりして一時的には落ち込み反省するが、考えて見るとそんな状態でも何とかやっているのだから、「なかなか大したものだ自分は」という考えも出て来る。
そこが図太いというのか、お気楽と言うのか、いい加減と言うのか、自己肯定感が高すぎるというのか、ともかくドクターがこれまでやって来られた一つの大きな要素であるのは間違いない。
しかし、開き直りではないけれど自分を受け入れられるというのは大事なことだし、それが出来るような環境で育った(自分が頑張ってそうなったのではないので)ことは有難い。
自分が自分を受け入れていきいきと生きていると、周りにもいい影響を与える。周りを元気にしなければならないからと言う使命感だと力が入り過ぎで、どこかに無理が出る。
やはり基本は、自分が自分を受け入れて、陽気に元気よく生きるということですね。これはだれにとっても大事なことだと思います。
☆この春の甲子園で審判として初参加する市職員激励会。彼も元気で、応援する人も多いです。

Dr.1886 幸せホルモン(3月7日)
幸せホルモンと呼ばれるものには、セロトニン、オキシトシン、ドーパミン等いろいろとあって、こららがどんな時に出て、どういう効果があるのか詳しく知らないが、好きなことをやっていると幸福感と言うのかワクワク感がわいてくる。
ただこれにもマンネリというのがあって、毎度毎度好きなことが出来ているとそれが常態になって、幸福感は薄らいでくるように思う(実際にはそんなに好きな事ばかりできる状態は経験したことないので想像ですけど)。
たまーにある好きなことが出来る時間と言うのがいい幸福感に浸れるのですね。幸せホルモンが出ていい感じでいられるのも、そんなに長くは続かない。でも、時に幸せを感じる時間は大事で、それで元気を取り戻し、幸せ感はともかくとして、もう少しは頑張れる。
ということで、皆様も時に好きなことに時間を使い、幸せホルモンを浴びて、リフレッシュしましょう。なんか、小心者のドクターなどは幸せ時間に浸っていると、その見返りに今度は大変事態がやってくるのではないかと心配してしまいますが、どんな事態もやってくる時にはやってくるので、それはそれとして、時々しかない幸せ時間はじっくり味わいたいですね。
幸せホルモンが出る幸せ時間、ホントに人によって違うと思いますが、各自の幸せ時間大事に今日もボチボチがんばりましょう。
☆このネクタイ、40年くらい前のかな。その時も幸せなこともあれば、大変なこともありました。どの時代、どの年齢、どの立場でも同じってことですね。今日も幸せ時間少しはありますように。

Dr.1885 出たとこ勝負(3月6日)
前にも書いたと思うけど、人間は基本的に憶病、心配性の遺伝子を持っている。万が一を考えて、備え回避行動をとる。それが原始時代で生き延びることに繋がっていたので、そういう心配性の遺伝子を持った系統が生き延びて今に生きている、だから現代人の多くは基本的に心配性の傾向を持つというのが、ドクター仮説だ。
だけどこれだと現代社会では生きにくい面もある。だから時には開き直りと言うのか、出たとこ勝負の度胸と言うのかお気楽さも必要になる。毎日をビクビクで生きるのではなく、最悪は想定しながらも、後はでもまあ何とかなるだろう、何とかするさという図太さも持ってエネルギーをチャージしながらバランスを保つ。
こんな考え方も必要なように思う。だから無茶をどんどんやれという訳ではないけど、慎重に慎重に生きていても、世の中には思わぬ展開、予期せぬ出来事と言うのは必ずある。そんな時に腹を決めて、流れにお任せするという大きな意思を持っていると、比較的心穏やかに日々を過ごせるのではないでしょうか。
☆慌ただしい中にも大書院の展示見に行ったり、バタバタしています。予期せぬことって予期せぬ時に起こりますよね。備えきれないことには、出たとこ勝負で行くしかないっすね。


Dr.1884 元気に生きる(3月5日)
88歳で筋トレをする写真家の記事を見た。髪型も服装もオシャレでかっこいい。ファッションにはそれほど思い入れがあるわけではないけど、自分の身体をケアしながら、88歳でも元気な生き方にはあこがれる。
別にすこぶる長生きがしたい訳ではないけど(かと言って早く人生を終わらせたい訳ではない)、生きている間は元気で生活できる身体や環境でありたい。
人から憧れられるような高齢期の生き方もいいけど、他人から憧れられるのが主目的ではない。自分が自分らしく元気で活き活きと生きていれば、それが自然と周囲の人からも魅力的に見えるのだと思う。
かっこいい生き方は外見だけではない。内面も、優しく思いやりがあって、感謝や貢献の気持ちを持って心豊かに生きるということも大事だ。
まあ、人からどう見られるかはともかく、身体の機能も中味も充実して自分自身が納得できる日々を送ることが出来るのを目指したい。一番は心を整えて、気持ちの元気を維持しなければ。調子の良い時も考え込むときもあって、心をいつも上機嫌に保つのなかなか難しいけれど、これまでの経験や元気な人の生き方も参考にしながら、難しいけどやり甲斐のあるテーマに挑んで行きます。皆様ご一緒に、元気で陽気な日々を送る道、追い求めて行きましょう。
☆雨の中にたたずむウチの老梅。なかなかカッコよく年月を重ねてます。見習わせてもらいます。

Dr.1883 針小棒大(3月4日)
針小棒大の本来の意味とは違うかもしれないが、昨日の朝マラソン大会の準備のため朝早く出勤していて、車のエンジンあたりから異音が聞こえてくるので、もしここで(マラソンコース途上)止まったら大迷惑やな(大騒ぎになるな)と心配したことを伝える言葉として考えた。
何とか駐車場まで着いてほっとした。そこでホッとしてしまって、マラソン大会閉会式であいさつするのを忘れていたほど(この件とは関係ないかもですけど)。ともかく、しどろもどろのあいさつで何とか終わってホッとしました。
世の中には、ちょっとしたことが大きな結果になることがある。だからといって、日常の一つ一つに神経を使いすぎていたら生活できないというのも困る。要はバランスと言うことだろうか。小さなことも最悪を考えておくことと、それはそれとして「何とかなる」「何とかする」という心構えを持って前へ進んで行くこと、この両方が必要ではないか。
要はここでも、小さな芽にも気を付けながら、どう事態が推移するかは大きな流れに任せて人生を歩んで行く、こういうことになるのでしょう。ともかく、途中の故障はなかったものの異音が続く愛車を整備してもらう日の段取りをしました。皆様、小さなことにも意識しながら大きな流れを信頼して元気に日々を歩んで行きましょう。
☆元気に丹波篠山市を駆け抜けるランナーとそこに登場したネコちゃんと。今日も陽気に頑張ろう―



