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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.1834 今年の目標(1月10日)

 今年の目標を一人づつ語る機会があって、ドクターが語ったのは、「いつも同じなんですが、自分のところにやってきた役や仕事を大事にしながら、自分らしくやって行くことです」ということ。

 それはその通りなんだが、これでは変わり映えしないので、も少し足して考えて見ると、最近(と言ってもこれも前からですけど)特に思うのが、「心の安定。毎日毎時間毎秒を落ち込まないで過ごせる考え方、心の整え方」を見つけるということ。

 そのためには、いろいろ本を読んだり、人の話を聞いたり、実践してみたりして、自分にあった日々上機嫌な心の持ち方を身に着けたい。この頃は、調子の良い時もあれば、落ち込みかけの時もある。沈み込んではいないので、まだましか(このように最悪と比べて、それよりはまだマシと考えるやり方も、これまでに見つけた気分を上向ける一つのやり方です)。

 他には、よく寝る。身体を動かす。何か楽しいコト(食事や旅行など)をしているその瞬間より、それを楽しみにして過ごす間(それまでの時間)が結構良いことも体感してきている。未来の嫌な事より、楽しいことを想像する。このように、こうした方が気分が上向くという事例を集める。…

 まだまだ集めないと、日々上機嫌まで行かないので、今年の(も)目標は、日々を機嫌よく生きられるネタを増やすこと、これを実践していきたいと思います。これを目標にすと決めたら何か心がワクワクしてきました。いいぞ、この感じでいきたいですね。

 ☆子どもたちの前で話すこと、何かやって子どもたちに喜んでもらうこと、これも自分にとって嬉しいことです。

Dr.1833 先は分からない(1月9日)

 村隣保の新年会があった。10人ほどが集まったのだが、ほとんどみんな小さい頃からの幼馴染か、長い間の付き合いの人の子どもか、いずれにしてもどこのだれかよく知っている間柄。

 結果的には6時間ほど飲み食いしていたが、これといって話題があるわけではないが、話があちらこちらに言って、ぐだぐだ時間が過ぎた。

 それでも、こんな時間を顔見知りの人と過ごせるのは幸せなことだ。お互いに歳をとったので、これからの農業や村の維持が心配な面もあるが、先のことは分からないけど何とかなるでしょうという感じで、やってきた。これからもこんな感じで進んで行くのだろう。

 こうして、生まれた村に住んで、ここで齢を取っていく、こんな人生も幸せなことだ。これからもみんなで協力して、何とかあれやこれやとやって行きたい。

 ☆村の飲み会の前に、池のチェックにやってきました。腹減らしも兼ねてですけど。これからも、この村でボチボチ行きますわ。

Dr.1832 はたちのつどい(1月8日)

 旧成人式、成人年齢が18歳に引き下げられてからは、各自治体では20歳を対象に「二十歳の集い」という名称で式典を行うところが多い。要するに、その人が大人の仲間入りをする儀礼の日だ。

 もちろん、一つの儀礼でいきなり、すっかり子どもから大人に変わるわけではないが、一つのけじめと言うのか、覚悟を新たにする節目としては大切な日(式)だと思う。

 ドクターの人生を振り返っても、いきなり大人になったわけではないし、今でも子供じみたところも多々あると思うけど、大人と言うのか、自分の人生を自分の意思で歩んで行くようになるというのは大事で、やりがいのある(それだけにその結果は自分で引き受けなければならないけど)ことだと思う。

 ドクターが丹波篠山市の「はたちのつどい」で伝えたかったことは、「人生の岐路(決断点)に立った時、不安やリスクはあったとしても、自分の心がワクワクする方を選んでいこう」ということ。もちろんこれは自分にも言っている。

 さらに言えば(これは式典では言わなかったが)、その選択も自分で選ぶというよりは、大きな流れで示されている(導かれている)ように思うので、安心して(大きな流れを信頼して)その道を歩んで、自分の役割を果たしていけば良い。それが結果的には、自分の人生の充実や面白さに繋がる。と思っている。

 いろいろ悩みや不安もあると思うけど、それは成長のために必要なこと。一緒に慰め合い励まし合って人生を歩んで行きましょう。20歳も40歳も60歳80歳代もご一緒に、各自の人生、周りの人の人生を陽気に歩んで行きましょう。

 ☆誰にもこんな日がありましたね(ドクターは大学空手道部の練習で成人式イケてませんけど)、これからの人生ワクワク楽しんでください。

Dr.1831 限りある命(1月7日)

 年末に亡くなった大学空手道部の友人にお別れをするため、同期3人と故人の家を訪れた。奥様が対応してくださって、お別れをすることができた。

 奥さんの話によると、彼は数年前から癌は患っていたが、治療を続けて、昨年末に新たな薬を試すために検査入院することになっていたらしい。ところがその前に趣味のテニス中に体調が悪いと診察を受けたら、脳に血栓が見つかり入院となったが、そこは回復して退院と言う時に今度は心臓が詰まって急に亡くなったという。入院から10日ほどのことだったらしい。

 こういう話を聞くと、元気にしていてもいつ逝くかわからない。永遠に生きられない人間の限りある命を実感する。自分だって誰だっていつ寿命が尽きるか分からない。

 だからどうしたら良いかと言うことは難しい。身構えていたからと言って、逝く時には逝く。悔いのないようにといって、いつ逝っても悔いは残るだろう。

 こういう身近な人の死が教えてくれることを大事にしながら、覚悟は持って、だけど自分らしく日々を生きるしかない。感謝と貢献を忘れないようにしながら、毎日を精一杯生きたいと思います。皆様、ご自分の人生、周りの人を大事にしながら、大切に歩んで行きましょう。

 ☆昨日は空き時間を利用して、神戸の海岸線を歩きました。貴重な時間を過ごすことが出来ました。これからも日々の時間を大事にして行きたいですね。

Dr.1830 勇気を持って試す(1月6日)

 明日、丹波篠山市の「はたちの集い」(旧成人式)がある。ドクターがそこで伝えたいのは、若者の将来、未知な世界へ挑戦するのだから不安もあると思うが、勇気を持って一歩踏み出そうということだ。

 失敗を恐れて、何もしなければ安全かもしれないが、面白みも進歩もない。リスクは悪いものではなく、勇気を持って試せば得るものも大きい。語源はイタリア語(ラテン語)のリズカーレから来ている。リズカーレは船乗りという意味で、中世の困難を伴う航海に勇気を持って挑戦して、戻ってくれば大きな収穫が得られた。

 何事にも、何が何でも挑戦せよというつもりはない。やはりエネルギーが溜まらないと、一歩踏み出せない場合もある。休息も必要だ。ただ、ずっと休息、ずっと安全の中にいるのではなく、時に未知の世界に踏み出し、自己を成長せてほしいということを話したい。

 しかも、無理に挑戦しなくても、いろんな流れやご縁でチャンスがやってくる。その時に、勇気を出してその流れにのってみようということだ。きっとやっただけのことはある。日々自分の力を貯めて、その時に備えてほしい。そんなことを伝えたい。そのためには、ドクター自身も流れが来たら、それにのって挑戦しなければ説得力がない。

 人に語るということは、自分に帰ってくる。まあ、そんなに頑張り過ぎずに、流れとご縁を信頼して自分らしい挑戦をしようと言うことです。

 ☆昨日聞いた、若き経営者のお話し。チャレンジに満ちてました。ここまででなくても、自分にあったチャレンジを。レッツゴー。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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